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恋とはきっと、 1

「鳴海、魔女に何を頼んだんだ」


 呆然とするわたしに、陸くんが一歩近づく。


「な、んで、魔女に頼んだって、知って、」


 声が出る。声が震える。

 おかしい、おかしいおかしい、なんで、なんで魔法が解けた? どうして泡になって消えない? 何が起きてる?


「だって鳴海、変だったから。絶対魔女のせいだと思って、あいつに訊きにいったんだよ」


 ……魔女に、訊きに。それは、どこまでだろう。どこまでばれているんだろう。どうしたらごまかせるんだろう。

 それより何より、この気持ちを、どうしよう。

 一週間ぶりの感情は、何の覚悟もなしに取り戻していいようなものではなかった。気持ち悪い、吐きそうだ。どれだけこの一週間が幸せだったのか痛感する。

 さっき止めたはずの涙が、ぽろぽろ零れてしまう。


「……条件を満たせなきゃ、泡になって消えるところだったんだろ。そんなの絶対やだよ」


 そこまで、知られてたんだ。嫌だと思ってもらえたことが、こんなときなのに嬉しい。だけどそんな自分が嫌でたまらない。

 涙でぼやけた視界の中、陸くんが真剣な表情で訊いてくる。


「魔女は『条件は最初から満たされていた』って言ってたけど、なんだったんだ?」


 条件。条件って、なんだっけ。

 鈍い頭を動かす。もう何もかも考えたくなかったけど、陸くんの質問に答えないわけにもいかなかった。


 条件――一週間以内に、陸くんと両思いになる、こと?


「…………いや。満たしてないから、たぶん言われてたことと違うんじゃないかな」

「言われた条件は、俺には言えない?」

「い、言えないわけではない、けど、でも、だってそれじゃあ、」


 両思いだということになってしまう。陸くんも、わたしのことを好きだということになってしまう。好きになってもらえるようなことを、わたしは何一つしていないのに。


「それじゃあ、何? ……ごまかさないで、鳴海」


 真摯な声で言われてしまったら、もう嘘もつけない。

 でも、これ、これを言うのは恥ずかしすぎる。心配も迷惑もかけてしまったし、ここで全部打ち明けるのが筋なんだろうけど、そう簡単にできることではなかった。


 気づけば陸くんは、わたしのすぐ目の前にいた。小さく一歩踏み出してしまえば、それだけで体がふれてしまうような。

 至近距離で目が合って、耐えられずに視線を逸らした拍子に、目からまた涙が落ちる。もうそれを気にすることもできなかった。


「あの、え、っと。あのね。絶対ありえないことで、口に出すの自体恥ずかしいから、何も言いたくない、んだけど、駄目、かな……」


 顔に熱が上っていく。期待と羞恥と気持ち悪さで、頭がぐるぐるした。自分の混乱をはっきり自覚できるって相当だ。


「……あー、駄目だなぁ。くそっ、無理だろこんなの、可愛い」


 心底まいったような顔で、陸くんがよくわからない悪態をつく。


「うん、願いの方向性は想像ついた。魔女の性格からして、条件っていうのもなんとなくわかった。俺が推測で言うのと、自分から言うの、どっちがいい?」


 第三の選択肢が欲しかった。今この場からわたしが逃げ出す、とか。

 答えられないうちに、陸くんは勝手に話を進めていく。


「外れてたらめちゃくちゃ恥ずかしいけど、鳴海は俺のこと……好き、で、それを態度に出したかった? みたいのが願いだったのかなって思うんだけど、」

「へっ!?」

「えっ、外れ!?」


 願いとしては外れだ、が。……態度に出したかった? それが願いと思われた? つまりこの一週間……わたしが陸くんのことを好きだっていうのは態度でもろばれだった? それが願いだと思われるほど、あからさまだった?


「な、何それ……うわぁ……」


 羞恥が限界だった。呻き声を上げながら顔を覆う。彼のとてつもなく焦った声が、耳を打つ。


「待って待って引かないで、ごめんっ、浮かれた、ごめん……! そうだよな、鳴海が俺のこと好きとかないよな!?」

「いや、ううん、ごめんね、こうなったらもう全部言わなきゃいけないんだろうけど、ちょっとだけ覚悟の時間が欲しいかな……引いてるわけじゃないよ……」


 引いていると言えば引いている。恋に浮かれまくった、この一週間のわたしに対して。

 わたしは一体どれだけの恥をさらしたんだろう。……まず、距離が近かったよね。無駄に近かった。いつもより陸くんを見ている時間も長かったし、傍にいるとすぐにやけてしまった。

 それらは、陸くんの目にどう映っていたんだろうか。


 ……恥ずかしい、恥ずかしすぎる、無理無理無理。


 顔も体も熱すぎた。涙目になりつつ、小さく深呼吸をする。

 覚悟を決めろ。命を捨てる覚悟に比べればこんなもの、簡単なはずでしょう。いける。大丈夫だ。いけ。


「わ、たし、」


 みっともないほどに震えた声だった。それでもそのまま、言葉を吐き出す。


「……恋してる人のことを馬鹿だと思っちゃうの。恋っていう気持ちそのものが受け入れられないっていうか……どうしてそんな無駄なことするんだろう、って」

「う、うん」


 なぜだかちょっと傷ついたような顔で、けれど陸くんは相槌を打ってくれた。


「それでね。……陸くんを好きになって、ちょっとしたことで陸くんを可愛いと思ったり、かっこいいと思ったり、好きだなぁって思うのが本当に嫌で、気持ち悪くて、でもそう思い続けるのにも疲れちゃって……普通の人みたいに恋がしたい、ってお願い、したんだ」


 ぐっと手に力を入れる。視線は逸らしたまま、動かせなかった。


「で、でね……? その、制約、が」


 声を絞り出す。



「………………一週間以内に陸くんと両思いになれなかったら、泡になって消えちゃうっていうの、でした。いやでもほんと口で言われただけだしほんとはもっと違うことが条件だったのかもしれないしあんまりそこは気にしないで、ほんと気にしないで」



 スカートのプリーツを無駄に綺麗にならしてしまう。端っこを引っ張りつつ、顔を隠すように前髪を指でいじる。つい今さっきまで動かせなかった視線は、そわそわあちこちに動いてしまった。「まあ、そういうわけだったんだ」と早口で言う。


「心配かけてごめん、よくわからないけど魔法は解けたみたいだし、わたしは泡にもならなかった。だから、あの、もう帰っていい?」

「駄目」


 即答だった。あー、ですよね。陸くんが今の告白に返事をしないはずがない。

 心配かけたうえに、わたしを振らせることでこれからさらに心労をかけると思うと、本当に申し訳なかった。わたしが血迷って魔法になんて頼ってしまったばっかりに。


「……鳴海が話してくれたから、俺も話すよ。俺の話、聞いてくれる?」

「……うん、それはもちろん」


 それなら、と頑張って視線を陸くんに向ける。陸くんの話を聞くなら、できるだけ視線を合わせておきたい。

「ありがと」とふっと笑った彼は、何かに迷っているような目をしていた。それでも彼はちゃんと、口を動かす。



「俺は鳴海のことが好きだよ」


「…………はい?」





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