使蛇う~つかう~ その参
安田が蛇を鑑識に回すと、早速現場を調べ始めた。
「井草君。ここはロックされていたんだな?」
「ええ」
「密室か...。このビルの一階二階三階はある会社のフロアで、遺体もその会社員で間違いないと思うよ」
「あの、安田さん」
「なんだ?」
「即効性の毒が蛇の歯に塗られていたとしたら、蛇もすぐに死にますよね?」
「そうだろうな」
「なら、歯に毒が塗られていた状態で蛇は遺体には噛みつけませんよね?」
「そうだろうな」
「なら......この人は──」
「自殺の可能性が高い。ただ、蛇の体内から解毒剤が見つからなかったらの話しだがな」
「見つかるはずです。犯人はいますよ。それより、蛇が侵入出来そうな程度の穴はこの部屋にはありましたか?」
「井草君の言う『まだらの紐』と同様に隣りの部屋と通気孔で繋がっていた」
「隣りの部屋は何ですか?」
「この部屋と同じく会議室だ。だが、隣りの会議室はこの会議室と違って電子ロックは付いていなかった。つまり、誰がいつ入室したかわからない。犯人に繋がる証拠は少ない」
「なるほど」
「小室君はどこにいるんだね」
「車を出しています」
「まったく...」
次は遺体の持ち物を観察した。服はスーツ。バックには重要そうな書類が詰まっていた。他には財布や携帯電話、眼鏡ケースまで見つかった。
発見した遺体の財布を開けて、身分がわかるものを探した。車の免許証はないから、電車で来ているのか近くに住んでいるのだろう。
中に入っていたお金は合計で五万八千円。少し豪華すぎる。
尚も遺体を調べていると、身分がわかるものが出てきた。この会社の社員証のようだ。
「安田さん。遺体はこの会社の社員で松方修さんです」
「身分が証明できたな」
「ですが、不思議です」
「何がだ?」
「なぜ、まだらの紐と類似した事件を起こしたんでしょう」
「そりゃ...わからんな」
「ですよね。それにわざわざ蛇を使った毒殺じゃなくても、『刺毒す』事件のような方法でも密室殺人は可能性ですし...」
「確かにそうだな...。『騙死す』事件とかも意外と楽に密室殺人が行えるな」
「ええ。...即効性の毒が何かわかりましたか?」
「唐突だな。まだだ」
「そうですか...」
「ただ、腕のある鑑識を知っていて、そいつに回したからもうすぐだろ」
四十分経って、安田の携帯電話が鳴った。
「もしもし? 本当か? さすがだな、田治見君は」
安田は電話を切ってから話し始めた。
「蛇の歯に塗られていた即効性の毒の正体は『アニコチン』。トリカブトの根などから採取できる毒らしい」
「体内からは何か検出されましたか?」
「現在しらべているようだが、解毒剤は確実にないそうだよ。つまり、自殺で決まりだ」
「ほ、本当に自殺なんでしょうか?」
「今更何を...?」
「これは殺人です」
「そうか。まあ、いい。警察側は自殺で処理する。殺人だとわかってからトリックと犯人までわかってからなら話しは聞いてやるよ」
安田は部下の刑事と一緒に本庁に戻った。残ったのは下っ端の刑事数人だ。
「井草さん、どうするの?」
桂家ちゃんが聞いてきた。正直、どうすればいいか全然わからなかった。助手程度の限界はすくだ。なら、小室に電話して聞いた方がいいだろう。なにせ、小室は安楽椅子探偵という名で通っているからな。
「うん。これから小室さんに連絡して聞いてみるつもりですね。私じゃこれ以上は...」
「じゃあ、携帯電話を貸すわね」
「ありがとう」
「うん、大丈夫だよ」
桂家ちゃんから携帯電話を受け取って、小室に電話をした。しかし、小室には繋がらなかった。
「あれ?」
「もしかして、おにいちゃんに電話繋がらない?」
「そうみたいです...」
「あら」
「なら、小室さんが電話を掛けてくるまで捜査しますか」
「いいじゃない」
私は通気孔が繋がっている隣りの会議室に入った。桂家ちゃんも着いてきた。会議室といってもこちらは二人用で狭かった。通気孔の周辺を調べれば、蛇のうろこの一枚二枚出てくるかと思って探し始めた。結局、なかった。
さて、次は何をすればいいんだ。......! アニコチンの作用を遅らせる方法は他に何かないか。その時、桂家ちゃんの携帯電話が鳴った。
「井草さん、おにいちゃんよ」
「ありがとう。...もしもし」
「もしもし、小室だ」
「あ、小室さん。助けてください」
「どうしたんだ」
「偶然、密室殺人に遭遇しました」
「まじか」
「私だけでは解決できないので...」
「なら、話してみろ」
「まだらの紐と類似した密室殺人事件です。遺体の松方修さんの横にまだらの蛇・クサリヘビ科の蛇が死んでいました。松方さんの足には蛇の噛み跡がありましたが、クサリヘビ科は即効性の毒ではないと聞いたので蛇の歯に即効性の毒が塗られていると推理しました。そして、アニコチンが塗られていることがわかりました。ですが、蛇の体内に解毒剤はなく、自殺である可能性が高いそうです」
「その密室内には蛇が通れるくらいの外部に繋がる穴はないか?」
「あります。隣りの部屋に通じていました」
「なるほど。簡単な事件じゃないか。安田警部に替わってくれ。トリックはわかった」
「本当ですか!」
「ああ」
小室の声には自信が感じられた。