騙死す~だます~ その弐
小室が煙草を吸っていると、安田が思い出したように話し始めた。
「前回の密室殺人で捕まった佐原信二、覚えてるだろ?」
「ああ、覚えている」
「佐原が畑田を殺した動機がわかった」
「ほお? 話してみろ」
「恋愛感情のもつれだった」
「なるほど」
「動機といえば...今回は動機まで推理してもらいたい」
「何だ? いつも密室殺人のトリックを解いているのは僕だぞ。僕がいなかったら安田警部は警部にすらなれていなかったぞ」
「まあ、そうだな。ただ、今回は大会社の社長が殺されたんだ。そして、容疑者は二人とも会社の中枢を担っている。動機がないと逮捕を上が許可しないんだ」
「一理はあるか」
「頼むよ」
小室は椅子に再度座ると、足を組んだ。
「だが、今回の密室は非常に難解だ。前回みたいに扉に外から鍵を掛けなくとも密室になるなら別だが、今回はそうはいかないと思う。もしそれができるなら、すでに数個のトリックは浮かんでいるんだがな」
「やはり、お前でも難しいか?」
「ああ、すこしばかりだがな」
小室はため息をついた。
「俺はそろそろ警視庁に戻る」
「ああ」
「しゃあな、小室君、井草君」
「ええ、どうも」
安田は事務所を出ると、下に停めてあった車に乗りこんだ。
車はすぐに警視庁本庁に到着し到着し、安田はそそくさと一課まで上がっていった。
「安田! 遅いぞ」
「すみません、一課長」
「まったくだ」
彼が安田の上司の捜査一課長である平平悟だ。
「一課長...」
「なんだ?」
「これからまた出ます」
「どこにだ?」
「ガレージ・柊です」
「あそこか」
「ええ」
「行ってこい」
安田は平平に頭を下げて、ガレージ・柊に向かった。
ガレージ・柊は千葉県千葉市に位置していて、かなりの大会社だ。ビル二十階建て丸々ガレージ・柊のものだ。ビルの前に車を停めた安田は車を降りた。すると、職員が近寄ってきた。
「お客様...ここは当社の会社員専用の入り口ですよ...」
「何だよ...ほら」
安田は胸ポケットから警察手帳を出して、身分を証した。
「警察の...副社長は上です」
「ああ、あんがと」
ビルに入ると、すぐにエレベーターが見えた。ボタンを押して、乗りこんだ。
「あ、警部さん!」
安田が振り返ると、エレベーターの中に高島泰蔵が乗っていた。どうやら、地下にいたようだ。
「どうも、社長さん」
「副社長ですよ」
「いえ。社長が亡くなった今は副社長が社長ですよ」
「父が亡くなってしまって...」
「高岡さんとの結婚はどうするんですか?」
「母は高岡さんとの結婚を認めているので、もちろん結婚しますよ」
「それは良かった」
「それより、何か用事ですか?」
「高島さんと畠山さんからもう一度お話を聞こうかと思いまして」
「なるほど。わかりました。畠山さんには今から伝えます。応接室で待っていてください」
「わかりました」
安田は最上階でエレベーターを降りて、応接室に入った。
「ふぁー」
安田はあくびをしてから、ソファに腰を下ろした。
十分後、高島と畠山が応接室に入ってきた。
「警部さん。お話を」
「わかりました...。高島泰治さんを深く憎んでいた人物がいなかった聞きたいです」
畠山は憔悴していた。五年ほど秘書をやっていたようで、死んでしまったからにはショックも大きいようだった。
「しゃ、社長は情が深く、優しい方でした。憎んでいた人はいないと思います...」
「そうですか...。それより、もう一つ尋ねたいことがあります」
「な、何でしょう?」
「社長が亡くなられた当日、畠山さんは誕生日だったんですよね?」
「え、ええ」
「なるほど」
安田はそれから十分ほど質問をして、ガレージ・柊を出た。
次の日。私は朝の八時に事務所に来た。いつもより三時間早い。なぜかと言うと、小室から朝ご飯をつくるようにお願いされていたからだ。
「小室さん、来ましたよ!」
三階の事務所に入ると、すごく静かだった。寝てるのかと思って、寝室を覗くと、案の定眠っていた。
「まあ、いいですか」
キッチンに向って歩き始めた。その時、扉が開いて、そとから誰かが入ってきた。
「おにいちゃーん!」
「あ、ちょっと! まだ事務所は開店前ですよ」
「ええ、知ってるわよ。それより、あなたがおにいちゃんの助手さん?」
「おにいちゃん?」
「そう、おにいちゃん」
「おにいちゃんって、もしかして...」
「おにいちゃんは錠家だよー」
「はあ!」
「んだよ...」
すると、あくびをしながら小室が寝室から出てきた。
「桂家...来てんのか」
「うん」
「小室さん、この人は?」
「僕の妹の小室桂家だよ」
「い、妹!」
「なんだ、話してなかったっけ? 一階の賃貸に住んでんのがこいつ」
「どうも、小室錠家の妹の小室桂家です」
小室桂家は私より少し身長が低く、小室と似つかず美人だった。
「んで? 今日はどうして事務所に来てんだ?」
「おにいちゃん、聞いて。明日から、私は社会人です!」
「なんだ、会社の面接うかったんだ」
「うん!」
「えっ? 社会人ってことは小室さんと結構歳が離れてるんじゃ」
「私は新卒の二十一歳です」
「僕は二十八歳だ」
「!」
「会社に合格したから、おにいちゃんに伝えに来たの」
「それより、何で実家に帰らないんだ?」
「だって、お母さんうるさいんだもん」
「確かにな」
まさか、小室にこんな美人の妹がいるとは思わなかった。ため息をついていると、また扉が開いた。
「おっ! 桂家ちゃん、久しぶり」
「安田さん!」
「どうした、安田」
「一応、状況報告に来た」
「なるほど。桂家はあっち行ってろ」
「私も聞きたい」
「殺人事件だぞ」
「うっ...」
桂家は奥の寝室に入った。
「安田警部。説明してみろ」
「わかった。容疑者二人ともで動機はなかった」
「いや、あるだろ?」
「なんだって?」
「高島泰蔵は高岡優芽と結婚したかったんだろ?」
「ああ。ただ、それだけで肉親を殺すか?」
「何年刑事やってんだよ」
「ああ。...それにしても気の毒だ」
「誰が?」
「畠山さんだ」
「何で?」
「誕生日に高島泰治は死んだんだよ」
「おい、安田。今なんて言った?」
「誕生日に高島泰治が死んだと言った」
「誕生日...」
小室は顎に手を当てて、腕を組んだ。
「なんで、重要なことを先に言わないんだ」
「ってことは、解けたのか?」
「もちろんだ」
「教えてくれ」
「わかった。まず、犯人だが、高島泰蔵だ」
「あいつはどの別荘に社長がいるか知らなかったんだぞ」
「いや、知る方法はある。それが、畠山の誕生日に隠されている。高島泰蔵は高島泰治にこう言ったんだろう。
『明日は畠山さんの誕生日だから、サプライズをしよう』
とね。サプライズというのは、高島泰治が死んだふりをして畠山を驚かせようというものだ。そして、高島泰蔵は準備のために別荘にも入れた」
「だからって、自ら自分の首を絞めたのか?」
「違う。脈がなく、瞳孔が開いていたんだろ? それが死んだふりだ」
「いや、脈を消すのは無理だ」
「できる。ジョン・ディクスン・カーのある短編で使われたトリックを使用したんだ。脇にゴルフボールをはさんで圧迫すると、腕の脈は消える。高島泰治は両脇にゴルフボールを挟んでいたんだ。瞳孔が開いていたのはアトロピンでも点眼したんだろ。それを高島泰蔵が発見して、脈がなくて瞳孔が開いているのを畠山に確認させた。畠山が警察に電話をするために部屋を出たときに高島泰治を縄で絞殺したんだ。心理的密室だ。つまり、あのときは生きていたんだ」
「なるほど...動機は結婚か?」
「だろうな」
「現場にはゴルフボールもあったし、間違いないな。高島泰蔵を逮捕しに行く!」
安田は事務所を飛び出していった。
「桂家! もういいぞ」
「うん」
桂家が寝室から出てきた。
「それにしても、おにいちゃんと同じくらい格好いい男の人を見たのは井草さんが初めてよ。それに、長身ね」
「へっ?」
「仁。可愛がってやってくれ。僕は寝るから」
「小室さん、朝ご飯!」
「あら。なら、私が食べるわよ」
桂家は椅子に座って、ご飯を食べ始めた。