操人る~あやつる~ その弐
「おや、おや。井草様もいますね」
「どうも、お久しぶりでございます」
「こいつは今回の事件で僕の助手をしてもらう」
「かしこまりました。では、中へお入りください」
小室と私は大志の案内で会食の行う広間に通された。
「やあ、待っていたよ」
彼がこの三笠家現当主の三笠宗司だ。
「これ、宗司。小室さんに失礼じゃ」
彼が三笠家前当主で宗司の実の父である三笠宗二だ。
「兄さん、ちゃんと前を見ないと駄目ですよ...」
彼が宗司の弟の三笠司だ。三笠家では代々、長男にしか『宗』という漢字をつけないという風習があった。
「では、お前ら自己紹介しろ」
「かしこまりました。わたくしは三方大志でございます」
「わたくしは三方康成です。大志の次男でございます」
「私は康成の弟の康治と申します」
「以上だ。では...! 井草さんじゃないか?」
「はい、そうです。井草仁です」
宗司は私に目を向けてから、私達に椅子を勧めた。
「小室探偵を呼んだのは他でもない。連続殺人事件を解決してほしい。もちろん、報酬は...千万でどうだろう」
「報酬などどうでもいい。それより、僕は密室殺人を専門にしているとは知っているのかな?」
「もちろん。しかも、腕は確かなようだ」
「今回の事件に密室殺人の要素はどこにもない」
「良いのかな? 君の唯一の身内である妹もまだ高校二年生。養っているのは君と聞いている。お金が必要なんじゃないか?」
宗司はワインを飲みながら、小室を見て笑っていた。小室も桂家ちゃんのことを思い出したようで、依頼を受けた。
「さて。これから会食といこう。おい、親父」
「宗司! 言葉遣いをちゃんとするんじゃ!」
「わあってるよ」
「ん!」
「チッ!」
宗司と宗二は睨みあった。
「井草。とっとと食って、宿に戻るぞ」
「わ、わかりました」
小室は不機嫌なようだ。テーブルマナーなど気にせずに急いで食べ物を口に運ぶと、すぐに食べ終えた。
「今日は失礼」
「あ、小室さん!」
久方ぶりの豪勢な食事を口に一気に入れると、小室の後を追った。
「まったく...。井草、何なんだあの家は」
「そうですね。あそこは地代も相当上げるし、村民から嫌われています」
「だろうな。宗司は特に気に入らない」
「妹さんですか?」
「ああ、そうだ。だが、これで情報収集の機会が無くなってしまった。代わりに、宿に帰ったらお前がわかる限りのことを教えてくれ」
「わかりました」
宿に帰ると、私も一緒に五号室に入った。
「ては、教えてもらおう」
「容疑者から細かく話しますか? それとも事件概要だけですか?」
「両方頼む」
「わかりました。...三つの殺人事件の容疑者は三人います。一人は案内してくれた大志さん。もう一人は大志さんの長男、つまり康成さんのお兄さんの宗弥さんです。そして、最後が宗二さんです」
「なるほど。容疑者について話せ」
「三人とも三つの殺人事件の死亡推定時刻にアリバイがなく、被害者と会う口実などいくらでもつくれるからです。そして、大志さんには動機がありました。殺された三人の三方家の人達は大志さんからお金を借りているのに、一行に返しません。警察もそういうことがあるから大志さんを重要人物としてマークしています」
「三つの殺人事件の手口は?」
「長い鋭利な包丁で心臓を一刺しです」
「その包丁は全部同じものなのか?」
「はい。三笠家の厨房から持ち出されたものです」
「包丁を刺す向きから犯人の身長が割り出せるはずだが、わかるか?」
「いえ、警察からは何も...」
「わかった。じゃあ、こっちのツテで聞き出してみる」
小室は携帯電話を出すと、電話をした。
「安田警部補?」
「どうした?」
「今、三笠村連続殺人事件を調査しているが遺体に刺さった包丁の向きから犯人の身長がわかるはずなんだ。千葉県警に聞いてみてくれ」
「俺、そんな権力ないよ?」
「僕だって、警察の知り合いは安田警部補くらいしかいない。だったら、こっち来い。あんたを六年で警視にまであげてみせる」
「ああ、わかった。千葉県警に聞いてみる。それから、そっち行くから」
「頼むよ」
小室は電話を切った。
「あの、今のは?」
「警視庁捜査一課刑事の安田道史。僕の唯一の刑事の知り合いさ」
「なるほど......」
「それより、他に聞きたいことがある」
「言ってみてください」
「現場の写真は持ってるか? 血液の飛び散る具合が知りたい。大きさと飛び散り方からどの高さから刺されて血が飛んだかがわかるんだが...」
「そうですね、私は持ってません」
「なら、これも安田に聞いてみよう。あと、三笠家の家の見取り図とどこで三人が死んでいたかを知りたい」
「見取り図はありますし、現場はわかります」
「助かるよ」
私は胸ポケットから三笠家の見取り図を取りだして、広げて床に置いた。
「この一階の応接室で一人目が死んでいました」
私は見取り図に指を差した。小室は見取り図の縮小を確認して原寸大の長さを割り出し、現場の広さを知ってから侵入ルートから脱出ルートまで考えていた。