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犯人達の工作  作者: 髙橋朔也
プロローグ 小室の手腕
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刺毒す~さす~

「なあ。あいつ、部屋から出てこないな」

「ですね。僕が見てきましょうか?」

 片桐(かたぎり)が率先して立ち上がった。なら、俺も行ってやるか。美奈子(みなこ)も遅いし。

「片桐。俺も行くぜ」

「わかりました。では、三島(みしま)さんは待っていてください」

「わかった」

 俺と片桐は美奈子の部屋がある地下四階に降りた。一番奥の部屋が美奈子がいる部屋だが、物音が何もしない。

「片桐......。やばいんじゃないか? 扉を破ってみよう」

「そうですね......。三時間も籠もったあげく物音もしていませんし。破りましょう」

 俺と片桐は勢いよく扉を破った。すると、床で倒れている美奈子を発見した。

「美奈子! 美奈子!」

「僕、三島さんを呼んできます!」

「ああ、頼む!」

 片桐は急いで階段を上がっていった。俺は美奈子を抱きかかえた。


 今の時代ですら珍しい私立探偵だが、密室殺人事件を専門にする私立探偵がいる。彼の事務所の看板にはそんなことは書いてないが、扱う事件は密室殺人事件を中心にしている。客は彼のことを『密室探偵』と呼んでいるが、そんな二つ名のイメージとはまったく違う。髪はボサボサで服はボロ雑巾のようだ。だが、事務所は七階建てのビルで、まるまる一軒のビルが彼の持ち物だ。一階二階は賃貸にして貸し出して家賃にし、三階が事務所、四階は蔵書を本棚に並べる蔵書室、五階六階が自宅で、七階は家具ひとつなく、彼が考えをまとめるためだけの部屋になっている。武田信玄(たけだしんげん)が考えるために用意したトイレのようなものだが、それよりかなり大きい。しかも、土地は田舎ではなく東京の一等地だ。それだけ聞くと腹が立つが、実績はかなりのものだ。

 助手の私、井草(いぐさ)(じん)は密室探偵・小室(こむろ)錠家(じょうか)の事務所に入った。すると、見慣れた顔の客人が来ていた。

「あ、安田(やすだ)刑事」

「やあ、井草君。元気かね?」

 見慣れた客人、とは警視庁捜査一課警部である安田道史(みちふみ)だ。安田は難解な事件があると、必ずといっていいぼど小室に相談してくる。

「ああ、仁。ここに座ってくれ。安田警部がこれから事件概要を話してくれるそうだよ」

「はい」

 私は小室の隣りの椅子に腰をかけた。

「うむ。畑田(はただ)美奈子は耳に即効性の毒のついた針を刺して死んでいた。地下四階で窓はなく、部屋に入れるのは扉のみ。そして、扉に鍵がかかっているのは第一発見者の片桐(みなと)佐原(さわら)信二(しんじ)が証言している。その後、片桐は一階にいる三島洋二(ようじ)を呼びに行った。片桐、佐原、三島は畑田の家に遊びに来ていたらしい。これでわかったと思うが、畑田の死んでいた部屋は密室だった。さあ、小室君の出番だ」

 小室は髪を()きむしりながら、口を開いた。

「聞くが、凶器は見つかっているのか?」

「ああ、遺体の近くに落ちていた」

「なら、自殺で決まりだろ?」

「いや、そうじゃない。凶器と思われた針だが、遺体の耳の穴の大きさと針の直径は合わなかった。針の方が細かったんだ」

「なるほど。容疑者三人の私物は調べたか?」

「ああ。二人は針に似たものは所持していたが、毒は検出されなかった」

「その針について話せ」

「わかった。片桐はカバンに爪楊枝をいれていて、三島は安全ピンだ。片桐の爪楊枝は歯に詰まったものを取るために常時持ち歩いていて、三島はなんとなくと言っている。

 片桐は最近畑田に好意を持っていたそうで、佐原はファッションに気をつかっているそうだ。三島は完全にチャラい奴だな」

「死亡推定時刻に部屋に近づいた人物は?」

「片桐と三島だ。最初に片桐が部屋に行ったときは話したそうで、三島が行ったときは部屋に入れなかったらしい。扉を叩かれたと言っている」

「佐原はファッションに凝っているのか?」

「ああ。まあ、鼻にリングを着けていて牛かと思った。ファッションに凝っているから、ピアスでもしているかとも思ったが案外としてないものだ。まあ、三人ともピアスはしていなかったがな。あと、ダサいサングラスもしていたな」

「......毒の名称は?」

「それか......青酸カリだ」

「シアン化カリウムか。なるほど」

 小室は椅子から立ち上がり、円を描いて歩いた。

「安田警部。畑田の家にある液体という液体を調べて、その結果を後日伝えに来てくれ」

「それで何かわかるのか?」

「ああ。犯人の正体だ」

 安田は急いで事務所を出た。小室は安田が入ったのを確認すると、インスタントコーヒーをコップに注いで飲んだ。

「あの話しでもうわかったんですか?」

「ああ。わかったが、動くのは面倒だ。だから、安田警部を使った。出来れば安楽椅子探偵スタイルが良いからな」

「なるほど。もうわかったんですね」

「聞けばわかるだろ?」

「そうでしょうか?」

 小室は推理力が豊富で、大体は聞くだけでわかる。探偵小説の起源であるC・オーギュスト・デュパンも安楽椅子探偵だったが......。


 次の日には安田警部が来ていた。

「小室君。食器用洗剤の容器からチオ硫酸ナトリウムが検出された。空き容器にチオ硫酸ナトリウムを入れたらしい」

「なるほど。なら、犯人はチオ硫酸ナトリウムを使って青酸カリの毒性を弱めたんだ。チオ硫酸ナトリウムはシアン化物の毒性を弱めてチオシアン化物に変化させるからな」

「なら、犯人は片桐か三島だな」

「いや、おそらく犯人は佐原信二だ」

「あいつは死亡推定時刻に現場に近づいていないぞ」

「そこが重要だ。今回のトリックを使えば直接手を出さずに殺せる。なのに、わざわざ疑われるように現場には近づかない」

 どういうことだろうか?

「どんなトリックだ。説明してみろ」

「ニードルだ。ピアスを着けるために耳に穴を開ける機械だが、その針の部分に青酸カリを塗っていたんだ。そして、密室内で畑田は自らニードルで耳に穴を開けた。青酸カリは血液中に入ると短時間で死に至るから、すぐに死んだだろう。

 ニードルは犯人の持ち物で、犯人が畑田にピアスをつけることを(すす)めたんだろう。ニードルに犯人の指紋がついていたら決定的な証拠になるぞ。

 それと、アリバイがあり、ファッションに凝っているということは佐原が犯人の証しだ。片桐が畑田の死体を見つけて三島を呼びに行くときにハンカチにでも染み込ませたチオ硫酸ナトリウムでニードルの針部分を拭って現場のどこかに隠したんだろ。あとは、青酸カリを事前に塗っていた針を死体の隣りに置いて凶器に見せかけた」

「なるほど。確かに現場からニードルが見つかった」

「じゃあ、早く指紋を見つけて逮捕しに行け」

「わかった」

 安田は来て早々に事務所を飛び出していった。

「よくわかりましたね」

「ピアスと耳の穴ということを結びつければすぐに答えは出るだろ」

「すごいですね」

 小室は何食わぬ顔でまたインスタントコーヒーを飲んだ。

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