処刑されてからが、私のターンです。
「これより、ファエレナ・ティドンの処刑を実行する」
私の名前は、ファエレナ・ティドン。
栄えあるティドン公爵家の一人娘である。私は今、処刑されようとしていた。
――処刑である。
私の命は奪われようとしていた。
だけどなんというか、私の心は冷静だった。
私は手を引っ張られ、処刑台――ギロチンの元へと連れていかれる私。その視界には、婚約者であった第四王子と、その隣に寄り添う少女が映る。
高等部に進学するまでは、まだ私と婚約者であった王子の関係はまだ良好だったと言えるだろう。だけどその関係は変わってしまった。王子が平民の少女の事を気に入ってしまった。
元々私が王子に対してそこまで興味を抱いていなかったこと、私が元々養子として公爵家に引き取られていたこと、そして私を引き取った養父母が亡くなっていて、私が養子でも物心ついたころから公爵家で教育をされてきたからと私が婚約者であることを許可してくれた陛下たちが他国に出向いているからこそこういうことが出来るのだろう。
あと上の王子達もたまたまこのタイミングで王都にいない。そういう時に私に対して処刑なんてものをやらかしているのである。どうやら私の義理の兄や学友たちが根回しし、加えて私の事を蹴落としたいと思っている勢力もある。政治の関係から私は蹴落とされようとしているのであった。
――私は、この命を失おうとしている。だけど、どこか、私は心ここにあらずといった気持ちになる。なんだろう、私は小さな頃、十歳にも満たない年にティドン公爵家に引き取られた。たった一人で森にいた私は引き取られ、教育をされ、過ごしてきた。だけれど、私は何処か夢心地だった。
まるで現実ではないような――そんな気持ちだった。
そんな現実的ではない気持ちのままに、私はギロチンに首をかけられる。
ああ、今から上にある刃が落ちてきて、私は死ぬ。そしてそれは周りにとってみれば、それが見世物でしかない。
平民たちにとって見れば、貴族たちがどんなふうに動こうともどうでもいいと思っている。別世界の出来事のように感じている。だから、私という存在が処刑されることも、彼らにとってみればはるか遠くで行われていることなのだ。
「何か最後に言い残したいことはあるか?」
「いいえ」
私は王子の問いかけに、ただいいえと口にする。
何も言い残したいことはない。特にこれといって心が動かされることもない。死ぬのだということをただ事実として受け入れている――というそれだけの話だ。
だけど王子からしてみれば、その態度は気に食わなかったらしい。
「貴様はどうしてこう……」
王子がそんな声をあげても、私はただ私として此処にいるだけだ。
そのまま王子は「処刑しろ」と口にした。
そしてその言葉と共に、刃が振り下ろされる。
――そして、ファエレナ・ティドンという人間の少女は死んだ。
*
目が覚める。
頭はさえている。
薄暗い、まるで箱の中のような場所に私はいた。
ここはどこだろう? ――そう考えた時、すぐにこの場が何処なのか理解する。
魔族たちの国――マナーフィアレ国、別名魔国と呼ばれる国だ。
横たわっている私の前の箱のようなものをおして、蓋をあければ――外が見える。私が入っていたのは、白い棺桶。
人間として、ファエレナ・ティドンとしての姿とは異なる、金色の美しい髪が見える。頭に手を触れる。……左右に角が生えているのがわかる。
ああ、懐かしい。私はこの場に戻ってきたのだと、そう実感する。
久しぶりの、自分の体の感覚に棺桶の中に座り込んで、少しだけぼーっとしてしまっていると、その場に声が響いた。
「キャロディ!! 目を覚ましたのか!?」
「セオ、おはよう。私は随分、眠っていたみたいね?」
やってきたのは見慣れた男性――、赤髪と赤い瞳の魔族、セオニドーである。私の幼馴染でもあり、婚約者でもある。……私は長い間眠っていたから随分心配をかけたことだろう。思いっきり抱き着かれた。
というか、あれね。ファエレナ・ティドンとして過ごしていた時に、王子の事をそういう目で見ていなかったり、どうでもいいと思っていたのはそういうのが原因か。
いっそのこと、処刑されてよかったかもしれない。あのままファエレナ・ティドンとして王子と結婚することになっていたらセオも含めて魔国は大暴れしていただろう。……まぁ、それはそれで楽しかったかもしれないが、やっぱりどうでもいい相手と結婚はしたくはない。
私も例えば王子と結婚した後に今の状況になって死んだらそれはそれで報復してたかもしれない。
「ああ。まさか、疑似転生後に10年も戻ってこないとは思わなかった……」
「ごめんなさいね? ところでクーデターはどうなったの?」
「それは気にしなくていい。もう片付いている」
セオに私が眠る前のことを確認すると、そう答えられた。
――私、キャロディ・アナーフィアレは魔国の王女であった。およそ10年前、王である父親の弟――強い力を持つ魔族がクーデターを起こした。
魔族というのは、強い存在が王になる。強さこそが全てで、それ以上の条件はない。戦う事が基本的に魔族は好きで、何でも戦って物事を決めることが多い。
私のお父様と、叔父様の戦いはそれはもう熾烈を極めていて……、それもあって私やお母様たちは一度疑似転生をして逃れることにしたのだ。正直お父様が勝つか、おじ様が勝つか怪しい状況だったのだ。
疑似転生とは、魔族が人間の姿を取る状態のことだ。力のある魔族は、その疑似転生を行う事が出来る。
本来の魔族としての体は眠ったまま、魔力で作った人間の身体にその身を宿すだけである。そして人間の身体で亡くなれば、元の身体へと戻る。
敢えて子供の姿で疑似転生したのは、その方が疑似転生後すぐにこの場所に戻って来れるからという理由である。
で、そんな風に疑似転生していた私なのだけど、ティドン公爵家に拾われてしまったために、すくすくと人間として死ぬこともなく……10年も戻ってくることがなかったのだ。
私がファエレナ・ティドンとして過ごしている間に、魔国の情勢も落ち着いている。
「キャロディ、皆、待ってる。行こう」
「ええ」
王族の隠れ家の一つからセオに手を引かれて、私は王城へと向かうのであった。
――それにしても養父母には感謝している。まぁ、魔族としての私からしてみれば、拾われなければもっとはやく魔国に戻れたのに、という気持ちはあるが、楽しい時間だったので、養父母の事は好きである。
でも魔族である私が、疑似転生先に処刑されて、そのまま放っておく――なんていうのはちょっと私のプライドが許さない。
自分勝手だと人はそんな風に言うかもしれないが、魔族というのは総じて自分勝手な生き物である。自分がやりたいことしかしない。そんな魔族の王族である私なので、私が自分勝手なのも当然なのだ。
「ねぇ、セオ、私ね。このままにしておくつもりはないの。私の疑似転生先で経験した面白い話をしましょう」
私はにっこりと笑って、セオに疑似転生先の話を告げる。
そしたら想像通り、セオは怒っていた。だよね。セオも中々自分本位な考え方をするから、何もかも気に入らないのでしょう。それはそれでセオが私を大切に思ってくれているからだと分かるから良いけれども……。
その後、私は再会した家族や友人たちに囲まれ、疑似転生先で起こった話を広めるのであった。
さてさて、あの国を、ううん、正しくあの王子を……どうしてくれようかしら? それを考えると私は何だか愉しくなってくる。
「私を貶めて処刑するなんてことをやったんだから、遊んであげましょう」
私がにっこりと笑いながらそう告げれば、セオは「キャロディ、悪い顔してる!! 凄い、綺麗な顔!!」と喜んでいるのであった。
それから私は早速あの国へ報復を行うのであった。
その結果、マナーフィアレの国土が増え、幾つものマナーフィアレに有利な条約が結ばれるのであった。
――処刑されてからが、私のターンです。
(貴族令嬢として処刑されたけど、魔族の姫として目が覚めた。そして私は報復を行う)
キャロディ・アナーフィアレ(疑似転生の名はファエレナ・ティドン)
魔族の姫。
クーデター勃発により、疑似転生して人間の子供として人間の国にいた所を公爵家に拾われ、育てられた。(疑似転生時、魔族の記憶なし)
公爵家の子供として王子の婚約者になり、すくすくと育っていたが、もとは自分勝手な魔族であり、王子には欠片も興味なし。育ててくれた養父母以外に関心はなく、それが余計に王子は気に食わなかった模様。
処刑された後は、灰になって体が消えた(疑似転生のため)ため、大変な騒ぎになっていた。
目覚めてからは、自分をコケにした国に報復するぞと生き生きとして行動を起こした。
セオニドー
魔族。
キャロディの婚約者。こっちもクーデターにより、一時避難のため疑似転生していたが、すぐに魔族として戻っている。
キャロディが中々戻って来なくて悲しみにあけくれ、人間の国に良く探しに行っていたが見つけられなかった。
キャロディが目覚めて満足している。そしてキャロディの疑似転生先の国には怒りしかない。そもそも自分の婚約者を他の男の婚約者にされたことなどを勝手に怒っている。
王子
好きな子が出来たからとファエレナを処刑した人。
ファエレナが自分に興味を持たないことなどが気に食わなかった。
処刑後、ファエレナが灰になったことから呪われると噂されていたり、戻ってきた国王たちには罰を与えられ(とはいえ息子には甘く軽い罰だった)、その後、キャロディ(ファエレナ)に報復された。
書いてみたいなと思って書いてみた話です。
物理的に実際に処刑されたけれど、本体は別の場所にあった的な話を書きたいなと書いてみた話です。
感想などもらえたら嬉しいです。