第五話 湖の町アンドル
スピードは、アンドルの空き地に降り立った。
アンドルはとても賑やかな町だ。かつて星が降って出来た湖、と言われているアンドル湖の周りに、白い壁の二階建ての家が所狭しと並んでいる。表通りは露店を出すためにかなり広い。路地裏には怪しい商売が蔓延っているそうだ。
オーブ達は人通りの多い道を進んで行った。
巨大な鳥のスピードの姿を見た町の人々は、すぐに前を歩いている白髭の老人が大賢者だと気が付いた。メントルが巨大な鳥を引き連れていることは有名なのだ。
「すごい! こんなに人がたくさん居るところなんて見たことないよ」
オーブがはしゃぎ回るため、翼が通行人にぶつかった。通行人は翼の生えた少年に目を丸くする。ごめんなさい、と一言言い顔を上げると、仰天した。噂に聞いていた巨大な鳥だ。つまりこの子供は大賢者の連れ人。
「たたた、大変申し訳ありませんわ。どうか命だけは」
顔を青くした女性は、甲高いよく響く声で懇願する。
「これはこいつが悪い、お前は行っていいぞ」
メントルはオーブを指さして言った。
「ありがとうございます」
女性は足早に立ち去った。
「こら、お前は大人しくできないのか」
「ごめんなさい。つい楽しくって」
その様子を見ていた精霊ヒスイは、思わず吹き出した。
「あいつ見たか? この世の終わりみたいな顔してたな」
オーブは返事をしようと思ったが、メントルとの約束を思い出して口を閉じた。
「オーブは真面目だねぇ」
ヒスイはつまらなそうに呟いた。
メントルは黙って道を歩く。退屈になってきたオーブは質問した。
「おじさん、どこ行くの? かき氷?」
「かき氷ではない、町長のイーサンに会いに行くのだ」
「イーサン?」
「ああ、陽気な爺さんだ。前に会った時、勇者オーブに会いたいと言っていたから、お前の姿を見たら喜ぶんじゃないかと思ってな」
「僕は勇者じゃないよ?」
「その翼を見るだけでも喜ぶだろ、それにお前はもしかしたら勇者かもしれないしな」
「僕が勇者? そんな訳ないよ。勇者は力持ちで強くてカッコイイんだよ!」
オーブは笑う。
「将来は勇者になって世界を救っているかもしれないぞ」
メントルは真面目そうに言う。
「本当になれたら良いな」
オーブは恥ずかしそうに呟いた。
坂道を登った先に、町長イーサンの家はあった。アンドル湖を一望できて、いつも心地よい風が吹いている場所だ。
「おーい。メントルだ。覚えているか? 勇者オーブを連れてきたぞ」
メントルはイーサンの家の前で大声で叫ぶ。すると、白いやぎ髭の老人が、ドアを勢いよく開けて飛び出してきた。
「勇者オーブじゃって!? 本当か!」
視線を下にやったイーサンは、高い天井に、頭をぶつけそうな程飛び上がった。
「背中の翼、金の髪、緑の瞳。本当に勇者オーブじゃないか。大賢者様の人脈には関心じゃ」
興奮するイーサンに対してオーブは言った。
「違うよ。ただ名前が同じで、姿が似てるってだけで、力も弱いし、剣も使えない。スプーンだって上手く持てないもん」
「そ、そうか。すまない、つい興奮してしまった。それにしても、長年生きてきて翼の生えた人間なんて初めて見たのう。もっと見たいから上がっておくれ」
「ああ、失礼する」
「おじゃましまーす!」
オーブとメントルが家に入ると、オーブと同じくらいの歳に見える少年が駆け寄ってきた。
「誰か来たの? って勇者オーブ!? 本物!?」
オーブの姿を見ると、少年はイーサンと同じような反応をした。
「僕はオーブって名前だけど、勇者じゃないよ。でも、いつか本物の勇者になるんだ」
「すごい! 良いな。僕も冒険したい」
「そうだ! 僕が勇者になったら一緒に冒険しようよ。それなら君の名前を聞かないと」
「やったー! 僕の名前はクルト。町長さんに勇者の話をしてもらってたんだ。冒険楽しみ! 約束だよ」
オーブとクルトの様子にメントルとイーサンは微笑んだ。
イーサンは言った。
「子供ってのは、本当にすぐ仲良くなるもんじゃな」
客室に入ると、お菓子とお茶が用意されていた。町長は奥の部屋に入ると、足りない分のお菓子とお茶を持ってきた。
クルトが言う。
「ティーカップが一つ足りないよ」
「そんなはず無いのじゃが。ここに居るのは、ワシと大賢者様とオーブ君とクルト坊やだけじゃ。カップはちゃんと四つある」
「そこにいる青い人の分は?」
それを聞いたヒスイは目を丸くした。
オーブは驚いて言った。
「クルトはヒスイが見えるの?」
イーサンも驚愕している。
「ヒスイとは誰じゃ。もしかして幽霊」
震え出したイーサンに対し、オーブは言った。
「ヒスイは幽霊みたいだけど、幽霊じゃないよ。精霊って言って、見える人と見えない人がいるんだ」
イーサンは体の震えを抑えながら言った。
「精霊じゃと。おとぎ話では聞いたことあるが、実在するなんて初めて知ったわい。今すぐティーカップを持ってこよう」
それから五人で楽しくお茶会をした。ヒスイがお茶を飲むと、見えない二人からは、ひとりでにカップが動いているように見えた。ヒスイの言葉はオーブが訳し、おとぎ話のことや、見えない壁のことを話した。ヒスイは見えない壁の存在を知らなかったようだ。
一時間ほどお茶会をすると、メントルは立ち上がった。
「楽しかった。ありがとう。もっと話したいところだが、今日はここまでにしておく」
もうお別れの時間だと気がついたオーブも立ち上がる。
「クルト、今度会った時は一緒に冒険しようね!」
再び小さくなったヒスイは、オーブのポーチに入る。
「まさか、俺の分のお茶も貰えるとは思わなかったぜ。クルト、爺さんにありがとうと伝えておいてくれ」
三人は、笑顔でイーサンの家を立ち去った。
再び、スピードに乗って飛び立つ。時刻は昼過ぎあたりだ。町は暖かかったが、上空は冷たい風が吹いている。
町を出たので、オーブはヒスイと話し始めた。
「ヒスイってさ、このスプーンともお話できるの?」
「俺は、自我のある奴としか話はできねえ。スプーンには自我が無いから無理だな」
「そうなんだ⋯⋯ちょっと残念」
「オーブはそんなにスプーンと話がしたいんか?」
「いや、おとぎ話で勇者が自分の剣と話をしていたんだ。だから、物と話せたらカッコイイなぁって思って」
「そうか! 実は俺、剣と話したことあるんだぜ」
「本当! どうやったの?」
「きっかけは色々だけど、物にも自我が宿るときがあるんだ。あの剣も自我が宿った物の1つだったのさ。いつかそのスプーンにも自我が宿るかもな」
「スプーンに自我って宿るのかなぁ」
オーブは笑った。
そうこうしているうちに、前方に首都が見えてきた。
「見ろ。あれが首都、セントルだ」
遠くに薄く、建物の影が見える。オーブは目を細めた。
だんだん輪郭がハッキリ見えてきたその町は、アンドルの何倍も大きい。
夕陽に照らされた、三階建てや四階建てのレンガ造りの建物の影が長く伸びている。一方、中央に高々とそびえ立つ純白の城は、太陽の光を反射し、眩しく輝いている。
「わぁ! お家おっきいね」
オーブはスピードから町を見下げて言った。
「俺も前にここに来たことがあるが、本当に発展したな。まるで別の場所みたいだぜ」
ヒスイは感心した。
スピードは、城の門前に降り立った。
「メントルだ。今帰ったぞ」
メントルは門番に伝える。
「お帰りなさいませ、メントル様。城の前で少々お待ちくださいませ。直ぐにアイヴァン陛下をお呼び致します。」
門番は、襟を正して城の中に消えていった。
「壁抜け勇者」から「スプーン持った勇者が行くよ!」にタイトルを変更しました。
紛らわしくてごめんなさい。
投稿ペースは、高校があるので遅いですが、最低1週間に1回は投稿していきたいです。
今後ともよろしくお願いします。
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