第三話 かき氷とキメラ
オーブは、自分の翼を弄りながらウトウトしていた。
昨日はお別れ会で夜遅くまで起きていて、今日は出発のために朝早く起きたからだ。見たことのない大きなトンビのような鳥の背はふかふかで、上空の冷たい空気は心地よく頭を冷やす。
やがてオーブは大賢者メントルの腕の中で小さな寝息を立て始めた。
メントルは元々細い目をさらに細め、オーブの頭を撫でた。
(やはり子供は可愛い。かつての勇者オーブと名前が同じどころか、見た目までそっくりなのは運命を感じずにはいられない。きっとお前を立派な勇者に育て上げてやろう)
「スピード、途中でクルミテアに寄ってくれ」
メントルは指示を出すと、巨大な鳥のスピードはクオオと一声鳴いた。
オーブはメントルの声で目が覚めた。
「オーブ、起きろ。クルミテアに着いたぞ」
「ふあぁ⋯⋯。ここが首都?」
オーブは目を擦って欠伸をした。
「いや、まだ首都へは二日かかる。ここで買いたいものがあってな。そうだ、お前にも何か買ってやろう」
「えっ! いいの?」
「ああ、お前にはこれから頑張ってもらうんだからな。前払いみたいなものだ」
「ありがとう、メントル様」
「私のことはおじさんと呼んでくれないか」
「おじさん? どうして?」
「亡くなった知り合いで、私のことをおじさんと呼ぶやつがいてな。そいつが良い奴だったから、私はおじさんと呼ばれるのが好きなのだ」
「わかった。ありがとう、おじさん。僕ね、お腹空いちゃったから何か食べたいな」
「それなら良い店を知っているぞ」
オーブはメントルと手を繋ぎ、昼のクルミテアのメインストリートを歩く。もちろん鳥のスピードも一緒だ。
クルミテアは、長い間他の地域との交流が無かったため、独自の文化が発展している。ここでしか買えない商品もあるのだ。
赤は縁起のいい色という考えがあるため、多くの建物が赤く染めた木で建てられている。そして、どの店の玄関にも紙で作られた赤い玉が吊り下げられている。これが店の証なのだ。
オーブ達は一際大きな赤い玉が下げられた店に入る。スピードには近くの空き地で待機してもらった。
「いらっしゃいませ、メントル様。ご来店、誠に感謝いたます」
メントルが店に入ると、背の低い女性の店員が深々と頭を下げた。頭を下げるのはクルミテアの歓迎の挨拶だ。
「歓迎ありがとう。甘味に限ってはこの店の右に出る者はいないであろう。今日はこの子に食わせてやりたくてな」
「甘味ってなあに?」
オーブはワクワクして翼をばたつかせた。
「甘味ってのは、甘い食べ物だ。まあ食べてみればわかる」
広い店内には丸テーブルが五つと、カウンター席が八つある。
メントルはカウンター席に座り、オーブはメントルの膝の上に乗せてもらった。
「翼は閉じていてくれ」
「はーい」
先程の店員が何かが書かれた紙を持ってきた。
「ご注文をお伺いいたします」
紙にはいくつかの絵が描いてあった。この地方では文字の文化が無いため、絵を指さして注文するのだ。
「これを二つ」
メントルは器に白い山が入っているような絵を指さした。
「それって食べ物なの?」
「ああ、高級品だぞ」
赤いエプロンを着けた店員が店の奥に入ると、ガリガリと何かを削るような音が聞こえてきた。
「ご注文いただいた、かき氷でございます」
出されたのは透き通った白い山。手を近づけたオーブは、冷たい空気に驚いて直ぐに手を引っ込めた。
「どうやって食べるの?」
「このスプーンを使うのだ」
「スプーン?」
「そういえばお前のいた村にはカトラリーを使う文化が無かったな。こうやって掬って食べるのだ」
メントルはスプーンを使って、かき氷を口へ運んでみせた。
「やってみろ」
「うーん、難しいよ」
オーブは今までスプーンを使ったことが無かったので、掬ったかき氷をカウンターの上に落としてしまった。
「手を貸せ」
メントルはオーブの手を持って、スプーンでオーブの口にかき氷を運んだ。
「ひゃっ! 冷たい。なにこれ?」
「氷に白砂糖を掛けたものだ。美味しいか?」
「不思議だけど美味しい! こんな食べ物があるなんて知らなかったよ。もっと食べさせてー!」
「やれやれ、次は自分でスプーンを持てるように練習しておけよ」
メントルはオーブにかき氷を食べさせていたら、自分の分が溶けてしまった。かき氷だった水を啜ると、お金を置いて立ち上がった。
「カウンターを汚してしまってすまない。必ずまた来るからな」
メントルはオーブの手を引いて、今度は土産屋に入った。紙製品や木で出来た食器、木刀等が並べられている。
「何か欲しい物は無いか? 一つなら買ってやる」
メントルが尋ねると、オーブは木製のスプーンを指さして言った。
「あれ欲しい! スプーンの練習するの」
「スプーンが欲しいなんて変わった奴だな。いいだろう」
メントルはスプーンを購入すると、またオーブと共にスピードに乗った。
スピードが飛び立つと、オーブはスプーンを振り回して遊び始めた。
「落とすなよ」
「わかった」
オーブはスプーンを口に咥えた。
スピードが山の上を飛んでいる時に、オーブはふと疑問に思ったことを口に出した。
「この鳥さんなんで大きいの? 僕、こんな大きな鳥さん他に見たことないよ」
「こいつはスピードって名前のキメラだ」
「キメラ?」
「今は研究されていないが、昔は生き物と他の生き物を組み合わせる研究がされていた。こいつはトンビの体に牛の体を大きくさせる遺伝子を入れたものだ。遺伝子ってのは説明するのは難しいが、牛の体を大きくしていたり、人間を頭でっかちにしていたりするものだ」
「よくわかんないや。なんで今は研究されてないの?」
「とても強い生き物が生まれて、人間を殺してしまうかもしれないからだ」
「えーっ怖い!」
「だからこいつが最後のキメラだ」
「ねえ僕ってキメラなのかな? 人間の体と鳥の翼があるから」
「それは大賢者の私でもわからない。突然変異ってやつかもしれないな」
「突然変異?」
「突然変異ってのはな⋯⋯」
知りたがりのオーブと、教えたがりのメントルは、短い間でとても仲良くなった。2人で話していると、時間はあっという間に過ぎていく。真上にあった太陽は、二人が気づいた時には沈みかけていた。
「暗くなってきたな。この近くに友達の家があるから泊めてもらおう」
「友達?」
「ああ、長い付き合いの友達だ。優しい奴だからきっと泊めてくれるだろう。スピード、あそこに降りてくれ」
スピードは森の中の大きな屋敷の前に降りた。屋敷の前には柑橘系の木が植えてあり、花から甘い香りを漂わせていた。
メントルは屋敷の戸を開けて大声で言う。
「シトルはいるか? 突然の訪問で悪いが、今晩は泊めてもらえないだろうか」
玄関から見える大階段から、黒いドレスを着た女性が降りてきた。
「あら久しぶりね。その子はどうしたの? 可愛いわね」
「見えない壁をなんとかしてくれるかもしれない救世主だ」
「イマドキの救世主ってスプーンを咥えてるのね」
女性はクスクスと笑う。
「私はシトル。よろしくね」
「よろしくお願いしまーす!」
オーブはスプーンを手に持って元気よく返事をした。
「一階ならどの部屋も空いてるわよ。ゆっくりしていってね」
シトルは、後ろで束ねた艶やかな黒髪をなびかせて奥の部屋に消えていった。
「昔話に出てくる魔女みたいだね」
と、オーブは呟いた。
オーブはお母さんに持たせてもらった木の実のクッキーを食べると、ベッドの上に寝転がった。いつもは寝かしつけてくれるお父さんがいないことに気ついたオーブは、布団を被って静かに泣いた。