出会いは永遠に
幼い頃の記憶はあまりない。
自分達の一族は先祖代々、妖鬼と言われる怨霊や亡霊、妖怪といった怪異の類いと戦うことを専門としていたことは聞かされていた。
しかし、数百年前の当主が何かをしでかしたことから、以来落ちこぼれの一族として細々と暮らしていた。
それでも、俺は最近の一族の中ではかなり優秀な類いらしい。それだからだろうか、妖鬼と戦うためにも専門の組織へと入ることとなった。
それから十数年、時間は経ったが俺は子供の頃になりたかった自分とはほど遠い存在となってしまった。世の中のせいにするつもりも、組織の掟のせいにするわけでもない。
ただ、後悔ばかりの経験は俺の自信を喪失させるには十分すぎた。
「おい、瞬! いい加減に起きないか! まったく、誰のせいでこんな講義をしなきゃいけないと思ってんだ?」
「え……あぁ……壱岐島隊長」
「あぁ、じゃないだろ。たくっ」
自分がまどろみの中にいたことに自覚するまでには、多くの時間はいらなかった。
簡単な会議室といったところだろうか。しかし、学校の教室程の大きさのこの部屋には、俺と隊長である壱岐島しかいない。スクリーンには、研修期間中に何度も見た映像が流れている。
「お前なぁ……人の子といえども、妖鬼との戦闘中に民間人保護のために戦線離脱をしたら、大目玉くらうことくらいわかっていただろう?」
文句をいいながらも、赤字ででかでかと教本と書かれている教科書に壱岐島は目を落とす。
「人間と妖鬼の戦いの始まりは平安時代だ。妖鬼は人を襲い、攫い……とにかく悪事をたくさん働く。そんな時だ、見かねたある坊さんが妖鬼を退治する組織を作った。それが、我らが霧散だ。時は流れ、妖鬼との戦いは今でも一般人が知らないところで続いている。時代も変われば、俺達の使う技術も発展する。石や棒きれ戦う時代は過去となり、今じゃ戦闘機械と言われる15メートルの二足歩行パワードスーツに搭乗して戦うようになった。だがよ、妖鬼もバカじゃねぇ。人間の真似をして同じような兵器を使うもんだから、結局戦いは泥沼になる一方ってわけだ。ここまではいいか?」
「知ってますよ。俺だって実戦に何度も出てるんだ。もう、新兵なわけじゃないんだから」
「……お前が余計なことをしたから、初期研修なんかしてるんだろ! 俺は俺で監督責任で付き合わなきゃならなんくなってるしよ!」
「なら聞かせてくださいよ。妖鬼との戦闘中だからって、一般人を見殺しにする理由がどこにあるんですか?」
壱岐島が険しい顔をする。その表情を見ると、俺の心が痛んだ。
隊長だって本当は俺が正しいことをしたことはよくわかっている。それでも、妖鬼との戦いで現状人間が勝っている点は作戦能力だけだ。誰か一人でも、勝手な行動を取れば、参謀本部が練り上げた緻密な作戦に綻びが出来る。結果として、予想の数十倍の死傷者が出る可能性が大きくなってしまう。
隊長といわれる責務にある壱岐島にとって、一般人ひとりの命と部隊3人の命を天秤にかけたとき、どうしても組織の歯車として部隊員の命を選ばなくてはいけない。
一般人のために妖鬼を倒しながら、一般人を助けるために逸脱した行動は許されない。矛盾した組織であることは、霧散の隊員ならば誰でも知っていた。
「……その正義感は立派だ。なぁ……お前、どうして虎狼に入隊しなかったんだ? あそこは単独行動が唯一許されている部隊だ。組織のしがらみに縛られている白虎にいるよりも、多くの命を救えるんじゃないのか?」
「……俺は許されなかったんですよ」
嫌な記憶が蘇る。
『君のような人物をひとりで動いているなど、想像しただけで恐ろしいですからね』
誰が言った言葉だったなのかは、今では思い出せない。
虎狼の入隊試験時、試験会場に入ることすら許されずに俺は冷ややかな言葉を浴びせられた。
だが、入隊しなくて良かったと今では思っている。
自暴自棄となっていた俺は、単独行動をして、妖鬼に追い詰められた。まさに自業自得といったところだろう。自分の命の軽さに絶望している時、助けが入った。目の前にいる尊敬し、敬愛すべき壱岐島隊長。
彼との出会いがなければ、今の自分は生きていることもなく、成長することもなかった。
「なにを自分の世界に入っているんだ? ハッ倒すぞ」
隆起した腕をぶんぶんと振りまわしながら、壱岐島がグルルと威嚇する。
どこか幼さと熱血漢を織り交ぜたような行動をする彼を、俺は尊敬している。
「あ、イッキーがシュンシュンを虐めてるー!」
「職権乱用だー!」
「ルウ、ルア! お前達どこに行っていたんだ! 初期講習は連帯責任でお前達も受講しなきゃいけないんだぞ!」
アホ毛をユラユラと揺らしながらルウは笑い、八重歯を見せながらルアはニコニコを笑みを浮かべる。
まだ16歳の彼女たち双子は、明らかに受講時間になった瞬間に雲隠れをしていた。
「だってイッキー! 面倒くさいだもん!」
「隊長ー! 私達、座学は嫌いー!」
「あのなぁ……そういう問題じゃなくてだなっ!」
壱岐島の説教が始まる前に、彼のスマートフォンから着信音が鳴る。
壱岐島は何か言いたげにゴニョゴニョと言いながら、乱暴に電話に出た。
数秒後、彼は電話の主に最上級の敬意を払い、何かの任務を受けたようだ。
電話を切った後、壱岐島は大きなため息をつくと、教本を閉じた。
「真島大隊長から命令だ。戦場で保護した一般人の監視をすることとなった。……とりあえず、彼女が目を覚ましたようだから、部屋にでも行くか」