はじまりのはなし
家に帰ると温かい料理が用意されている。
そのありがたさを僕は毎日実感している。
彼女さんと同棲ですか?
と聞かれたら違うとしか言いようがない。でも、いざ聞かれたら恐らくはい、と答えておくのが一番無難だからそうするだろう。
僕たちの関係性は一言では表せないし、他人に話そうとも思わない。でも少し、普通より入り組んでいるのは確かだ。
テーブルの向かいに座る彼女はニコニコ笑っている。
気立てが良くて話しやすくて、よく笑う。
たしかに彼女だったら僕にもったいないくらいの人なんだろうな、と思う。
「今日ね、お肉が安かった」
「なるほど、だから生姜焼きなんだね。すごく美味しい」
「やった」
すごく居心地がいい空間。時間はこれ以上ないくらいに穏やかに流れている。全てが満ち足りている。
だから、僕はここから逃げ出したい。
「あのさ、」
「どうしたの?」
「話があるんだ」
「なに?」
「...」
僕はなかなか答えられないでいる。覚悟は決めたつもりだった、だったのに。
「もしかして本当に付き合いたくなった?私は全然いいって最初から言ってるよ」
そんな僕に彼女は冗談めいた口調で笑いかける。
「違うよ」
「そんな気はしてた」
「ごめんね」
彼女は少し悲しそうな顔をする。
本当は、そんな顔させたいわけじゃないんだけど。
「タイムリミットなんだね。明日、荷物まとめるからそれでいい?」
「ううん、出て行けって言ってるわけじゃないんだ」
「じゃあ、なに?」
「君はさっき言ってくれた。付き合いたいならそれでもいいって。僕も本音を言えば君の隣は居心地がいい」
これは、本当に本音。嘘偽りない僕の本心。
でも、残念なことに僕は酷い人間だ。君も知ってるはずだろう?
「だったら」
「だめだよ」
彼女の言葉を僕は遮る。
まとめる言葉は簡潔に。
「ねぇ、君が僕のそばにいてくれるのは、復讐?」
今日はきっと長い夜になる。
だってお互い話さなきゃいけないことがきっとたくさんあるんだから。