Ⅸ
苛立ちが押さえきれない。好き放題している白空にも、それを止められない自分にも。一年、私と白空が青蘭のトップツーで大丈夫なんだろうか。
「白空、貴方ね……最高幹部だからってそこまで好き放題してたら誰もついて来ないと思うけど」
「そうか?」
「そうかって……」
確かに佳月君に自己紹介させるのは必要だけどね、貴方だってやってないのだけども。白空はしなくていいけど他は駄目なんて、暴君と呼ばれても仕方ないと思う。この一年、何とかしてこの白空を押さえ込まなきゃいけないなんて、私には荷が重すぎる。
「白空先輩相変わらず暴君ですね、さっきからずっとですけど。ほら黒華先輩が頭痛いって顔してるじゃないですか、直してください」
「ハイハイ、青木なつやさん?」
にやりと不適に笑って、わざとらしく夏弥ちゃんの名前を間違える白空。完全に私達をからかって面白がってる。今ターゲットが夏弥ちゃんに移った。……ただ、この二人だと、もうからかってるからかわれてるより喧嘩してるの方が近いんだよね。というより、喧嘩してるのが普通になっちゃってるし……。
「か、や、です! ちゃんと女の子の名前ですよ失礼ですね! 人の名前弄るのやめてもらえます? 白空先輩だって初見じゃはくって読めないじゃないですか!」
始まってしまった……。またかって顔をして二人を見てる稔君に、白空を援護するように加勢する駿君。駿君が入って来て、余計にヒートアップする夏弥ちゃん……。あのー、皆さん?今のこの時間、何ですか……佳月君が居るんですけれども。
「……ねえ、佳月君」
ごめんねの意味も込めてそっと隣の佳月君に声をかけた。こんなつもりじゃなかったんだけどな……。
「何ですか?」
「何時も、こんな感じなの。これだったら、あの、呆れたかもしれないけど、緊張は……しないんじゃない? もしよかったら…………次も、会議室に来てくれる?」
少し唖然とした空気を出している佳月君。……うん、驚くよね。だってあの青蘭の最高幹部と、幹部に匹敵する人達がこんなことしてるんだもん。私が佳月君の立場だったら絶対驚くし、この学校が大丈夫なのか心配になる。それが逆に親しみに変わってくれてたらいいんだけど。
「……一人でこの空気の中に居られる自信が無いので。……先輩も居るんだったら、来ます」
「本当に!?」
佳月君の纏ってる空気の感じが、普通の時より少し優しいような気がした。顔をよく見ると、唇の端が緩んでいて、笑うのを我慢しているみたいだった。
「はい」
ほっとして、いつの間にか強ばってた身体がほぐれた。佳月君が、今やっと私の直属の後輩になってくれたように思った。
「白空先輩、夏弥止めた方がいいんじゃないですか。なんかあっちで話ついてますけど」
「バ神木が本当に……え? あ、黒華先輩、ごめんなさい! つい頭に血がのぼっちゃって。……稔、もっと早く止めてよ」
「ごめん夏弥、何時も通りだと思ってたら違ったんだよな。俺も迂闊だったから、許してくれねえ?」
飄々とした態度だけど、多分これは素で話してる稔君。この子は、地雷を踏むような迂闊なことをしなければ大体何時も同じように接してくれる。不満そうな顔をする夏弥ちゃんを見て、またにやりと笑う白空。喧嘩が急に終わってしまって少し残念そうに笑う駿君。この二人って、こういうところが似てる。私としてはやめて欲しいんだけどね。
「黒華先輩、黒華先輩からでもいいんで、こいつの紹介してくれません? やりたくないこと無理矢理やらせるのもあれだし」
「稔君……ありがとう。佳月君、どうする?」
「お気遣い、ありがとうございます縁沼先輩。あの、大丈夫ですから。自分でやります」
少し緊張気味にたどたどしく答える佳月に、少し不安になった。反対に白空はうっすらと笑みを浮かべながらこちらを見ている。……ずっと面白がってないでよ。佳月君はおずおずと口を開いた。
「御影、佳月です。一年九組です……と、これからよろしくお願いします」
かなり緊張しちゃったみたい。柔らかそうな前髪が不安そうに揺れている。考えてみたら、妙にオーラのある初対面の人達ばっかりで緊張しない人の方が珍しかった。
「…………一応聞くけど、それだけ?」
「え?」
二人分の疑問をのせた声が無情に響く。聞いた本人の夏弥ちゃんも驚いてる。お人形さんみたいに整った顔が少し崩れて普段より愛嬌のある感じになった。
「…………あ、九月生まれです」
「あ、そっち行くんだ」
稔君も驚いてる……のかな。いや、呆れてる……唖然としてるとは少し違うけど。一気に変な空気が会議室に流れてきた。その空気の理由が分かってないのは、多分二人だけ……。そして何故か白空の肩が小刻みに揺れてる。
「お前なあ……自己紹介でそういうのよりも好きな女子のタイプはーとか、俺の趣味はーとか、他に言うことあるだろ? あそうだ! 部活とか言っとけよ、無難なんだし」
「好きな女子のタイプとかクソ程どうでもいいしバ神木に同意したくないけど、味気無さすぎだけど。……黒華先輩、何も思いませんでした?」
自己紹介って好みの異性のタイプを言うものだったっけ? 自己紹介……私何時も何言ってたっけ。……ごめんね夏弥ちゃん、多分私と佳月君凄くよく似てるから今のに違和感無かった…………。あと、白空は笑いすぎだと思う。声は押し殺してても机に突っ伏して笑ってたら誰だって馬鹿にされてると思うから。
「今のでよかったと思ったけど」
佳月君もそう思うらしくて、こくりと頷いていた。緩んでいた口の端はしっかり結ばれ、少し不思議そうに弧を画いていた。
「くくっ…………何だこれマジで傑作なんだがおい青木、説明……しても無駄か。くくっ……」
「………………」
楽しそうですこと。白空だけじゃなくて駿君まで笑い始めたし、夏弥ちゃんと稔君は気まずそうに私達見ないようにするし。佳月君がまた居づらそうにしてるし、私もそう。変な空気無くならないからなのか、何だか身体がむずむずする。
「………………もういいから! あの、四人には佳月君が私の直属の後輩になるの認めて欲しくて。その承認が終わったら私から全部説明するし、紙だって、私が書くから……あ、白空にはちょっとやってもらうことあるけど。今日呼んだのって、」
「はいはい、分かってるっつの。お前ら、どうすんだ」
白空って私の話わざと遮るの好きよね、多分……。私の言葉遣いが藍姉に近くなるくらいは腹立ってるのだけど。怒れないタイミングでするから余計に腹立たしい。
「俺は何でもいいっすよ。ついでに仕事少なくなるんだったら丁度いいし」
「お前仕事しろよな。俺も大丈夫ですよ。黒華先輩、後輩欲しがってましたもんね」
「私も稔に賛成です。白空先輩と黒華先輩のバランス見た時にかなり片寄ってるんで、本当はもう一人とか居ても良いと思ってますし」
順に駿君、稔君、夏弥ちゃんが賛成してくれた。にやにや笑ってる駿君の動機は少し頂けないけど、認めてくれたことは素直に嬉しい。稔君と夏弥ちゃんは色々考えてくれた上で認めてくれてるから、それは更に嬉しい。白空は良い後輩に恵まれてる。それはきっと、私も。
「ありがとう、ございます……先輩方」
少し照れ臭そうな佳月君。先輩っていう響きは小学校までは無かったから、私も中一の初めはくすぐったかったなあ。そう考えると、この佳月君の様子が凄く可愛くて、微笑ましい。
「三人とも、ありがとう。それで、白空は?」
「ほらよ、黒華、お前これ書いとけ。さっさと出さねえと全校朝礼に間に合わなくなるからな、決めんのも早急に、だ」
「わっ」
ひらり、と白空が放った紙が舞う。慌ててキャッチすると、少し紙がぐしゃぐしゃになってしまった。そうっと開くと、現れたのは承認書の文字。下の方まで見ると、簡単な白空のサインに、私の名前まで書いてある。
「白空、貴方いつの間に…………」
「あ? そんなもん知らねえなあ。やっとけよ、んじゃ解散だ。行くぞお前ら」
「え、ちょっ」
自由気まま、暴君。やることだけ、言うことだけ言って去っていく。ひらひらと振られる大きい手のひら。何でだろう。どうして白空は嫌いなのに憎めない人で居続けるんだろう。私のこと何時も怒らせるくせに、どうしてこういう時こんな風にするんだろう。空を切った手がむなしく垂れ下がる。
「待ってくださいよ白空先輩!! 黒華先輩、ごめんなさい。私達行くんで、会議室の鍵お願いします!」
「白空先輩やるよなー」
「二人ともちゃんと説明してけって……先輩、御影。俺ら別の仕事終わらせるんで、諸々のことお願いしますね。置いてかれるんで、俺ももう行きます」
「稔君? 仕事って、私聞いてない……あっ」
閉められた会議室の扉。またここは二人だけの空間に変わる。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かだ。残されたのは呆然とした私と佳月君……。
「行っちゃいましたね……」
「うん…………」
展開が急に変わって、私かなり混乱してるみたい。あれ? これって私何すればいいの?
「先輩?」
「あ、ごめんね佳月君。ちょっと混乱してて。取り敢えず、コマンダーの説明しようか……?」
「はい。色々聞かせてください」
緩やかな空気が会議室を満たす。張っていた気が休まっていくのを感じた。
「じゃあ……あ、給湯室の説明からしようか。今は私くらいしかここに入らないの。だから、少し秘密の場所みたいでね、リラックス出来るんだ」
「そうなんですか」
普通の壁と同化してて目立たないドアを開けて、中に入るように促す。入ってすぐにティーバッグの入った缶が沢山ある棚とガスコンロが目に入る。私には馴染みの光景だ。
「うん。佳月君には、是非ともここを使って欲しいの。……私が居なくなっても、給湯室使う人が居て欲しくて。何て言うかな……逃げ場? 憩いの場って言えば良いのかな。ずっとそんな空間であって欲しくて」
そう言いながら、伏せられていたティーカップを一つ手に取った。白地に青い花が散らされた可愛いカップ。この前、佳月君に出したものだ。
「……特別なんですね」
「そうだね、一つ上の最高幹部とよくここに居たの」
紫陽兄とは反対に、白空は給湯室に入ろうとしない。何でも、
「セコムが居た所に何でわざわざ入らなきゃいけねえんだよ」
って、訳分からない理由らしい。別に高価なものがある訳じゃない給湯室にセコムついてる筈無いのに。
「先輩のお兄さんなんですよね。……でも、特別なら入っても良かったんですか」
「当たり前でしょ?」
笑いが滲む。緩い春のお昼の光が差し込む給湯室で、念願が叶った。これ以上嬉しいことなんて数えられるくらいしか無いんじゃないかな。じんわりと暖かい胸の中、佳月君に伝わればいいのになって、そう思った。




