Ⅷ
日にあたって少し透けた茶色の髪。暖かさを知ったように一本一本が揺れていた。
「佳月君、ありがとう。あの、ね、今から今後必要になるから白空に会って欲しいんだ」
ちょっと前ごめんね、と一言入れてからなるべく優しく、彼の前髪を元に戻した。びくり、と身体が動いたから、多分不味かったんだろう。……茜と同じ扱いは出来ないよね、失敗。
「冬木先輩ですか? でも、自分は生徒でしかないので最高幹部と会う必要は……あ」
「……ごめんね、佳月君の意志聞かないで私の直属の後輩にしちゃって。あの、そういう事なの」
「…………はい」
多分だけど、佳月君は白空のこと嫌いになるタイプなんじゃって思う。だから余計にかもだけど、佳月君が自分と重なる。……白空駄目だったら、この先苦労するなぁ私達。
「ちょっと呼んでくるね。あ、顔は見せなくていいから。それと、白空の直属の後輩三人も来るけど、その子達の方が信用出来るから! 一人を除いて……」
「全員じゃないんですね」
「一人は、ちょっと……保証するのが難しい、かな。唯一の男の子なんだけど」
白空の直属の後輩は三人。一人は私と九組にガイダンスをした青木夏弥ちゃん。冷静でしっかりしてる子だけど、ちょっと白空と仲が悪い。大人気ない白空が悪いとはいつも思っているけど、夏弥ちゃんもよく喧嘩を売っているので何とも言えない。
「分かりました。待ってますね」
私が隠した瞳は見えない。でも、佳月君が笑ったのは分かった。少しずつでも、彼の気持ちが分かるようになりたいな。
会議室のいつもの場所に全員がつく。最高幹部の場所、議長席に白空。西側の一番奥、白空の左斜めに私、その隣に佳月君。東側の一番奥、白空の斜め右に夏弥ちゃん、稔君、駿君の順番。駿君だけ前に誰もいないからハブられてるみたいに見えるけど、本人も気にしてないみたい。
「んじゃ、始めるか。お前、御影佳月だな。黒華から多少は聞いてる。お前のことで今集まってるんだってな」
「白空先輩、本来ならあんたが一番知ってなきゃいけないんですけど。確か、容姿がどうこうって言ってましたよね、黒華先輩が」
「そうだよ。まずは皆に軽く自己紹介して欲しいんだけど、いいかな。あと、白空あなた本当に反省してくれない?」
夏弥ちゃんの言う通り、白空は一番最初に佳月君のこと聞いてたんだからちゃんと把握しておいて欲しい。真面目に仕事して欲しい、切実に。
「黒華先輩のためなら、男に自己紹介するくらい余裕っすよ俺。てことで、俺は神木駿。言っとくけど男には優しくしないからな。それと、顔晒すことがあるなら俺のところに来い。お前元がいいらしいから釣りに使える」
「……はあ」
「そう、そんな感じ。駿君ありがとうね。でも、前半と後半は余計かも…………」
この発言からも察せられる通り、この神木駿は中学生ながら女誑しの素質を持つ男の子。甘めのマスク、巧妙な言葉の使い方、女子に対する優しさは数多くの青蘭生の折り紙付きだ。でも、それは私にも夏弥ちゃん達にもあまり効かない。何でだろ。
「相変わらず安定のバ神木だな。んで、俺は縁沼稔。よろしく」
駿君に対して辛辣なお言葉。駿君はよく夏弥ちゃんや稔君にバ神木と呼ばれてる。全校女子生徒(一部を除く)の憧れの存在なのに、扱いが残念な子。いや、彼女達が辛辣なだけかもしれない。
「よろしくお願いします……縁沼先輩?は、」
「分かったんだったら言っとくけど、俺女だから」
「……分かりました」
稔君はいつも簡潔。つっけんどんに聞こえなくもないから、白空と一緒で好き嫌いが分かれやすい。はっきりしてて良いって思われるか、怖いと思われるか。不器用でもあるから、たまに空回りしてしまう稔君は、私には可愛いと思える。
「へえ、お前分かってるじゃん。流石黒華先輩、見所あるやつ連れてきましたね」
稔君に関して、もう一つ。彼女が女の子であるにもかかわらず、君付けされていることと佳月君が彼女の性別を確認したこと。これである程度推測がつくんじゃないだろうか。彼女は女子の制服を着ていない、男子と間違われても仕方がない格好をしていることに。青蘭は崩したりしなければ男女どちらの制服を着ても咎められない。だからスラックスを穿いている女子だって彼女以外にもいる。実際私も冬の寒い日にはたまにスラックスを穿く。でも彼女がそういう人とは違うのは、一人称や口調、スタンスなんかからも察せられる。
稔君がどうしてそうしているのか、私はあまり知らない。紫陽兄や白空は知っているから、知ろうと思えば知れるけどやろうと思えない。彼女が「強くいたい」と思っているから、という理由があるのは知っている。でも私がそれ以上知っちゃいけないような気がした。
「別に私が探した訳じゃないよ。佳月君が優秀だっただけ」
「でも、黒華先輩の普段の行いがいいからじゃないですか? どっかの馬鹿とは違うし、仕事は丁寧で速いし。きっとそうですよ。……ああ、私は青木夏弥。君、九組に居たし知ってると思うけど。まあよろしく。後、君がどんな美しくても私には心に決めた人が居るから好きにはならないから」
畳み掛けるように情報を出す夏弥ちゃん。突然の情報過に、佳月君は唖然としているような感じがした。口が半開きになり、すぐには言葉が出てこなかった。
「あ、はいそうですか……」
正気に戻ったらしい。でも言葉は纏まらなかったようで、端から見ればかなり適当な相槌をした。それに夏弥ちゃんは少しむっとしたみたいだった。
「ねえ、さっきからその生煮えの返事何なの?もう少しちゃんとしなさいよ、全員がそれを許すなんて思わないでよ。しかもあんた最高幹部補佐の黒華先輩の直属の後輩になるんでしょ?面子も気にして」
「夏弥」
稔君の落ち着いた、でもしっかりと牽制の意を感じる声がした。開きかけた私の口は何も発さなかった。さっきから少し苛立ってるのは分かっていたけど、何も言えなかった私って……。ごめんね、佳月君。今これ言ったら嫌われるかなって考えちゃうと私、何も言えないの。稔君も、ごめんね。こんなに弱いから、あなたのそれに助けられたような、そんな自分が居るの。
「だって、稔だって思ったでしょ?バ神木はどうでもいいけど、反応もあんまり良くないし苛々する。私、はっきりしない奴嫌いだから」
「夏弥ちゃん!」
流石に見過ごせなかった。勢いだけで言ってしまい、強い語調になってしまった。二回も窘められて、気まずくなったらしい。怒りさえ収まれば、いつもの冷静な夏弥ちゃんに戻るだろう。
「すみません……善処します」
「……そ。私も言い過ぎたし、もういいわ」
「ありがとうございます」
「……やめて。私が悪かったのは知ってる。でも、謝る気にはならないから」
気が強くて、きつい性格をしているといつか話していた夏弥ちゃん。自分でも分かっているのだろう。きっとこの壁さえ越えられれば、夏弥ちゃんと佳月君はいいコンビにもなれると思う。……それが出来るなら、来年も心配ないよね。
「おい、お前やらない気か?」
「……え?」
怪訝そうな声が幾つも重なる。顔を上げて声の主を見ると、いつものように好戦的な表情があった。
「白空? 何言ってるのかよく分からないんだけど。お前って佳月君のこと?」
「ばーか、そんなはずねぇだろ。黒華、お前だよ」
「何で私が……」
「確かにそっすねー、黒華先輩やってないですもん。俺が見たいって言ったらやってくれます?」
白空に便乗するのは、いつも駿君。二人のにやついた顔にいらっとした。何その顔。
「目的分かってる? 佳月君に自己紹介するのが目的でしょ? 私はもう皆が来る前に済ませてる」
「ならもう一回だ」
「はあ!?」
訳が分からない。何がしたいんだろう、この暴君は。だって、皆私のこと知ってるんだったら自己紹介なんていらないじゃん!
「何でよ、私より白空がやるべきでしょ!? 白空だけやってないんだから。私が何回もやる必要無いでしょ!」
「自分もそう思います」
佳月君が口添えしてくれた。いけない、こんな白空なんかに取り乱しちゃ。後輩が居るんだし。
「あ? 俺は別にいいんだよ、どうせ知ってんだろ」
「うわ暴君」
さっき私が思ったことを口にしたのは夏弥ちゃん。この子はそういう所が何というか、怖いもの知らずだなって思う。……私には出来ない。
「か、夏弥……素直、すぎっ……」
稔君は大爆笑中。楽しそうだけど、稔君も稔君で怖いもの知らずだ。二人ともこういうところ、白空に似てる。多分白空もそれが分かってる。白空はなんだかんだ言って人をちゃんと見てる。その分暴君だけど。
「何か文句あるのか? ほら、早くしろ」
文句しかないけど。これ以上何か言ったところで無駄だろう。はあ、と深めにため息をついた。
「三年のコマンダー最高幹部補佐、梶野黒華です。佳月君の直属の先輩になりました。よろしくお願いします」
ただ言われるがままは何となく癪に触るので、ひたすら棒読みに徹した。きっと顔も死んでたと思う。
「なんだお前、顔……!敬語まで使って……っ予想通りすぎて笑うっ……」
「言いながら嗤ってるじゃない!」
何で私はこいつと従兄弟なのだろう。白空も、言いなりの私も腹立たしい。私で遊ぶなっていつも言えない。もう一度ため息をつく。今度はさっきよりも深く、長く。凄く、疲れた。
「なんか、すみません……」
「いや、佳月君が謝ることじゃないよ……」
会って間もない後輩に気を使わせるという失態。どうしてくれよう。
「じゃ、次はお前だ」
「え?」
「おいてめえ、まさか人がやったのに自分は無いとでも思ってたのか? な訳ねぇだろ」
じゃあまずお前がやれ。…………この暴君どうしよう。私の手に負えなくて困る未来が見えた気がした。