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風の名前を探して  作者: 律稀
初めましての君と、
5/11

 心の中に何かが渦巻いている。なんだろう、胸が苦しくて、息がしづらい。

「以上で、説明は終わりです。配布物がまわったら、解散で」

  もやもやを誤魔化しながら仕事して、何かが変わったような感じは無かった。どうすれば良いのかな。誰か、教えて欲しい。

「手紙は全部で十一枚あるから。一人でいくつも、同じの持って帰らないでね。……それと、後個別で渡すものがある人も居るから、まだ立ち歩かないように」

  もやもや、もやもや、霧がかった私。こんな私が、佳月君の直属の先輩でいいんだろうか。今から、その仕事するけど大丈夫かな。入学式の前に警戒されちゃったし。

「はい、御影佳月君。これ、親御さんに渡して。……で、これは読んだらその通り従って」

  前半は普通に、後半は周りに気付かれないように、慎重に。手紙に混ざって、私から呼び出しが書かれたメモを渡した。これは、他の人に知られる訳にはいかない。さっき茜が従兄弟だと知られてしまった状態で、さらに私の直属の後輩が佳月君であると知られるのは不味い。きっと混乱を招き、注目されることを望まない佳月君から今以上に警戒される。まあ、小声で言った内容を理解した瞬間、身を固くしていたし、この時点で入学式前より警戒されてるんだけどね。うわあ死にたい。

「で、こっちが……堀内…………誰に渡せば良いの…………?」

  名字しか書かれていない書類。渡そうにも渡せない。だって、堀内って──

「あ、その類の物は俺に渡してください。次男の堀内龍樹です。……夏樹だけは止めてください、こいつ絶対無くします」

  …………このクラスに三人居るのだ。コマンダーから堀内三つ子って、入学前から呼び名を付けられた子達。

「おい、龍樹! お前、兄貴に向かってこいつじゃねぇだろ! まあオレが手紙無くすのなんて普通だけどな!」

「威張るな、馬鹿」

  長男が堀内夏樹で、次男は堀内龍樹。最後の一人は彼らの妹、堀内皐月。

「あはは、夏樹馬鹿だってー。ドンマーイ」

  どうして三つ子を全員同じクラスにしたのかといえば、話は長くなる。まず、青蘭は成績順でクラスを分けない。なるべく成績が良い人と悪い人、両方入るようになっている。だから三人が同じような成績だったらこんなクラスにはならなかった。

  いやね、コマンダーの中でも大分問題視されてたんだよ? でも、成績のばらつきが酷くて。いっそのこと、全員同じクラスにして勉強見てもらった方が良いんじゃないかって。そうすると、ややこしいのは一クラスで済むと。私は反対派だったんだけどなぁ……。多数決で負けました。

「分かった。じゃあ、これから何か重要な手紙があったら、えっと龍樹君に渡せば良いんでしょ? 幹部にも知らせておかないと」

「すみません、配慮お願いします」

「いいのいいの。じゃあ、これ親御さんに渡してね」

  仕事をしているうちに、もやもやが晴れてきた。私って、こんなに単純だったっけ。でも、これなら、単純でいたい。何かしている間に、悩みを忘れてしまえるなら。私は単純で居たい。


  放課後、一年生よりも先に帰ったニ、三年の気配は無い。私しか居ない教室。風が吹いて、カーテンが揺れる。揺れたそれは私の顔に影を落として踊る。お昼が近付いて、短くなった影は楽しげに揺れていた。

  不意に、階段を上がってくるような足音が聞こえた。廊下は音がよく響く。大きくなることを予測して、大きめのサイズを買ったのだろう、ぱたんぱたんと大きすぎる上履きをもて余しているような足音だった。

  来た。来てくれた。正直、来てくれと言っておいて、本当に来るとは思って居なかった。彼から見れば、私は相当気味の悪い奴だろうから。そんな奴に呼ばれたら、私は逃げてしまうだろう。予想外の嬉しい出来事だ。しばらく待って来なかったら、彼の下駄箱をチェックして帰るつもりだった。どうせ来ないだろうと思っていたのに。足音は少しずつ、近付いて来る。ぱたんぱたんと音をたてながら。

「……来たね」

「メモを見ましたから。式の前に言ったこと、今後の動向、話さなければならない事を話したい、と」

  警戒しているらしく、三、四メートル程離れた位置に居る。仕方ないけど、地味に傷付く……。

「私怪しいし、かなり警戒されてるし、来てくれないと思ってたよ」

「……そんな、今後の自分の首を絞めるようなことしません」

  ……成る程、脅される可能性を考えていた、というところか。考えてなかったけど、相手から見るとその可能性は捨てられる物ではなかった、と。

「脅したりなんかしない。メリットが無いし、私は佳月君にそんな事出来ない。さっきも言ったけど、親御さんと約束がある。私は頼みを了承したんだから、破る訳にはいかない」

「……そうですか。自分の両親と、何を約束したんですか。知る権利、ありますよね」

「勿論」

  警戒は依然としてとれそうにない。これで良かったか不安になってきた。佳月は私をじっと見据えていた。警戒やら不信感やらをはっきり感じ取れる物だった。

「佳月君、君は小学校で心に傷を負った。その傷を癒すために、御両親はこちらに引っ越し、青蘭に通わせることにした。……間違ってる?」

  軽く首を横に振る。髪がふわり、と舞った。風が吹く。彼の髪を弄び、私のスカートを軽く膨らませた。

「君は誰かを犠牲にする事を望んでいない。だから塞ぎ込もうとした。けど、それは御両親が望まないことだった。……二月に、親御さんに会ったの。佳月君、君を私の保護下において欲しいと。二つ返事で了承した」

「…………それは、何故ですか」

「さっきも言ったけど、君と私は似てるんじゃないかって思ったから。でも、違うね」

  「…………………………」

「何かに抵抗しようとしている所は、同じだった」

  彼を見据え直した。今、私はどんな顔をしているだろう。彼の目には、どう写っているのだろう。

「抵抗……?」

「そう。私もね、佳月君。小学校に行ってた時、今の君みたいに前髪を、目が見えないくらいまで伸ばしていたよ。……白空に対抗するために」

  酷く動揺したように半歩後ずさった。身を強張らせ、前髪の奥に隠された目は私から反らされた。怯えさせて、ごめんね。私も、これは本意じゃない。

「佳月君、今はいいよ。私が卒業するまでの一年間。そのままでもいい。けど、ずっとそのままで居られないのは分かるでしょう? 少しずつ、頑張ろう。君が安心して学校に通えるように、顔を出して生きられるように、全力でサポートする。だから一年、私と一緒に頑張ってみて欲しい」

  前髪を切り忘れたが通用する長さだ、まだ誤魔化せる。男子にしては長い髪、目にかかる前髪。彼の心の傷を少しでも癒すのが、これからの一年の宿題だ。

「……分かりました。ですが、今日はもう帰らせてください。明日、もう少し冷静な頭になってから話させてくれませんか」

「うん、待つよ。じゃあ、また明日ね。明日は、会議室って所に来て。私はなるべく居るようにするから」

  軽く頷き、足早に教室を去っていった。急いでいる分、足音が大きい。遠ざかる足音を風が運んで来た。風は、早春の苦い山菜のような匂いがしたように思った。この匂いが、彼の心にも訪れるといい。ずっと冬のままなんてこと、ついさっきまで他人だった私でも嫌だと思う。いつか、いや、これからの一年の間に、彼に春が来ますように。そう願わずには居られない。

  今吹いた風は、確かに春風だったけど、早春のものでもあった。でも、冬のものでもあったような気がする。この風は、何と呼べばいいのだろう。こんな風の名前を、私は知らない。だからこれから探したい。彼の心にも吹く風の名前を。


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