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風の名前を探して  作者: 律稀
閉ざす前に、
10/11

  桜がもう半分程葉桜に変わり、桃の花も少しずつ花弁が地面に落ちていくのをよく見るようになった。この、緑と白、桃のコントラストがとても好きだ。桜吹雪も好きなんだけど、正直に言うとそれ以外の桜の方が好きだったりする。まだ満開ではない八重桜は、いつ満開になるんだろうか。春の微睡むような気だるい陽気に、一抹の初夏の暑さを感じる日がちらほら出てきた。

  三年生になってから、約二週間。佳月君は会議室に来てくれている。まだ距離があって、それは当然なんだけど、夏弥ちゃんや稔君達には無かったものがあって、寂しさを感じてしまう。つくづく強欲過ぎるんじゃないかなって思ってしまう。自戒しなきゃ、なのかな。

  ぼんやりとしながらそんな事を考えながら会議室へと向かう。窓から差し込む柔らかい日光が廊下を照らしていた。仮入部期間だからなのか、期待や希望できらきらした一年生の声が緩い風に乗って私まで届いた。声変わり前のボーイズソプラノがよく聞こえる。それを嗜めるというより、叱りつけるような女の子の声も。

  佳月君は、あの中に入れているんだろうか?

  ふと疑問が沸いた。いつも会議室に来てくれる佳月君。仮入部に行っている日なんてあるのかな。いや、多分全く行っていない。そう思うくらい、いつも会議室に来ている。なんで今まで失念していたんだろう。学校はコマンダーだけじゃないのに。ほぞを噛んでいたら、もう会議室の前だった。……多分、今日も。というか、今日は居てくれなきゃ困るのだが。


「こんにちは……佳月君、早いね」

「先輩、こんにちは。掃除が無かったので今日は早かったんです」

「そっか……後ろごめんね」


  やっぱり佳月君は来ていた。茜からそれとなく彼のクラスでの様子を聞いてみたけど、自分から馴染みに行こうとはしていないらしい。それに、私達(コマンダー)が部活に行かなくてもいい理由になってしまった。完全に想定外のことだ。もう少し、詰めて考えれば良かった。

  そんな私の考えは露知らずに、ぼうっとしながら佳月君はこちらを見ていた。会議室に来ても、手持ち無沙汰な時はどうしていいのか分からないみたいで、私を見てくることが多い。でも、佳月君から声をかけてもらったことは、無い。

  二人だけの会議室に、沈黙がはびこっていた。ここ最近、白空達は気を使って会議室に来ていない。会議室外での仕事をメインにやってくれている。佳月君に仕事内容とか、いろいろ教えるためには丁度いい。こういうところでも、やっぱり白空は憎めない。嫌いだけど、憎むべき人じゃないって感じる。


「ねえ佳月君、時間ある? もしあるなら今日は私達も外に出ようか」

「外……ですか? 大丈夫ですけど…… 学校外に出てもいいんですか?」


  少し戸惑ったように発された言葉は、探っている色を出していた。落ち着かなさそうに、頭が小さく横に振れていた。動揺した時にこうするのは佳月君の癖らしい。


「うん。まあ青蘭だからって言ったら納得する? 基本的なことは教えられたし、後は少しずつやろうかなって思って。今日はそれ以外で、ついてきて欲しいところがあるの」

「青蘭だから……ですか。分かりました」

「ありがとう。……じゃあ、行こうか」


  こくりと佳月君が頷いたのを見てから、がま口の財布だけ持って歩き出す。目的地は、藍姉や蒼兄のいる青蘭学校高等部だ。




「高等部ですか」

「そう。私の三個上だから、佳月君の五個上? に姉と兄が居てね、コマンダーで直属の後輩が出来たら見せに来てって言われてたの。それだけじゃなくて、高等部の様子を聞きつつ、中等部と高等部の連帯をはかる時どうするのか決めるつもり」


  二年生の時、最高幹部補佐になった私に直属の後輩はつかなかった。紫陽兄の仕事を手伝ったりするのにいっぱいいっぱいで全く余裕が無かった。私が後輩の面倒を見れない程未熟だったのもあるけど、正直に言うと何人も人がいらなかったというのがある。それが藍姉達には少し心配だったらしい。後輩が出来たらどうなるのか気を揉ませていたのを最近まで知らなかったけど。


「そうなんですね。高等部と連帯をはかる時に相談するってことは……その、先輩のお姉さんとお兄さんはコマンダーなんですか」

「そうなの。私がコマンダーに入った理由の五割くらいがその二人」

「理由……」


  藍姉達が三年生の時に入学したのは紫陽兄。紫陽兄の有能さを知っている藍姉達が見逃すはずがなく、紫陽兄はコマンダーに入った。約一年間コマンダーとして仕事をしていれば、当然全校生徒に見られることになる。妹の私がだけど、紫陽兄は誰よりも整った顔をしている。有能で綺麗な紫陽兄についていきたいと皆が思ってしまうのも仕方がなかったと分かってる。その結果、紫陽兄は二年生にして異例のコマンダー最高幹部になったんだから。半強制的に決まったことに紫陽兄が怒るのも仕方がなかった。

  それに困った藍姉が何をしたのかというと、私を使うこと。今でも忘れないもの。いつの間にか言質録られてて逃げ場が無かった時に見た藍姉と蒼兄の顔。二卵性の双子だからあまり顔は似ていないはずなのに、そっくりな悪い顔をしていたんだもん。双子って凄い。

「そう、理由。会議室に行こうか」

  理由と小さく呟いた佳月君の顔はいつも通り見えなかった。何か追憶するような色の声が風に乗って消えていく。でも、確かに彼の中に「何か」残った。それがあるだけいい、そう思った。


「会議室ですか。中等部と同じで、コマンダーの最高幹部とかはそこに集まるんですか?」

「そうだよ。教育の基本方針が同じだからね。中等部にいたコマンダーの人達中心になりがちだけど、高等部からの人も一定数以上はいるんだって」

「そうですか……あ、ここですね」


  構造の違う校舎は慣れなくて、少し頼りない足取りだったけどちゃんとついた。構造が違うとは言っても、設計した人が同じだから中等部と似たようなところがあって、少し歩きづらい。

  一年後の私はすぐここに慣れるのだろうか、なんて思った。高校生になるまでのカウントダウンはもう始まってるなんて、今知りたくなかった。

  そんな事思っていても仕方がない。一つ息をついてから軽くノックをして会議室の扉を開けた。


「失礼します。中等部から来まし……うわあっ」

「かったいわね、黒華。私達姉妹なのよ? もっと気軽にしてよ!」

「藍、ストップ。隣の後輩君固まってるから。でも黒華、 俺は藍と同じこと思ってるぜ?」

  挨拶をしていたら、真正面から藍姉が飛んできた。いや、飛び付いてきた? ぎゅうぎゅうに締め付けられてるって言えそうな程強く抱き締められて、苦しい。そして何も見えないから佳月君が固まってるのも分からない。


「く……るし……」

「ああ、ごめんね。でも私駄目だったとは思ってないわ。座って頂戴、ほら君もよ! 後輩君?」

「あっ……は、はい」


  藍姉の勢いに圧倒されてる佳月君。相変わらず、我が姉ながらテンションが高い。明るくてにぎやかな藍姉と蒼兄。青蘭高等部のコマンダー最高幹部はこの二人だ。


「よく来たなっつっても、通り一本渡っただけか。で、この子が黒華の直属の後輩か。俺は梶野蒼。黒華の兄だ。でもってこっちが梶野藍。俺の双子の姉で黒華の姉でもあるな」

「藍よ、よろしく。藍先輩って呼んでね」


  私と佳月君が隣に、私の向かい側に蒼兄、佳月君の前に藍姉と座ったらすぐに蒼兄が自己紹介を始めた。藍先輩の後ろにハートがつきそうなくらい茶目っ気たっぷりに藍姉が笑う。まだ驚きが取れていないらしい佳月君は、ぎこちなく会釈をした後、小さな声でよろしくお願いしますと呟いていた。


「私にも直属の後輩がついたので、報告に来ました。佳月君、自己紹介出来る?」


  大丈夫? と言うと、大丈夫ですと返ってきた。覇気が無くて大変心配です……。


「青蘭中等部一年の、御影、佳月です。あの、梶野先輩の直属の後輩になりました……よ、よろしくお願いします」

「おいおい緊張しすぎだろ。もっと肩の力抜けって二人とも。俺らこんな自然体なのに。黒華、敬語使うなって言ったろ? 後で報復するぞ?」

「冗談ですまなさそうだからやめて。佳月君怯えちゃうでしょ、敬語止めるから!」


  藍姉も蒼兄も大好きな家族だ。だけど、たまに藍姉の「悪戯」や蒼兄の「報復」は冗談にならない時がある。本気でやってくるんだもの、仕返しなんて私には絶対出来ない。それを知らない佳月君だけど、肩を縮めたのを私は見た。トラウマ増やしたのが直属の先輩の身内ってどういう状況なの。怖がらせちゃ絶対だめだ。


「大丈夫よ黒華、そこまではやらないわ。ねえそれより、貴方の顔を見たいんだけど」

「……っ、顔、ですか」

「怯えないで頂戴。別に惚れたりとって食ったりなんかしないわよ? 隠さなくちゃいけない程美しい顔が見たいだけ。今後の参考にするだけだから」


  今後の参考って、藍姉は何をする気なんだろう。蒼兄が何故か遠い目をしてるから、もしかしたらあれかもしれない……。佳月君、お願いだからちっちゃい声でリピートしないで余計に怖くなるから。


「……先輩、大丈夫でしょうか」

「取り敢えず何もしないって約束出来たら大丈夫だと思うよ」

「分かったわよ、何もしない。ほら早く前髪あげて!」


  茶色い髪の下から覗いた、他の人よりも少し色素の薄い瞳。二重瞼だけど横に長い目にすっと通った鼻梁。薄めの唇。まだ幼さの残る、でも綺麗に整った顔。彼がここに来たきっかけを作ったのは皮肉なことに、恵まれた容姿だった。神様がいるのであれば、酷いと抗議させてほしくもなるんじゃないかな。

  落ち着かなさそうにこちらを見る佳月君。いつか、皆の前に立てる人物になって欲しいと願う私も酷なのかもしれなかった。

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