萩尾滋さんのリメイク 【純文学】 にけ作「まっすぐズレていったんだ」より
#みんなの文体をわたしの文体でリメイク 6
「萩尾 滋」さんに掌編「まっすぐズレていったんだ(https://ncode.syosetu.com/n1769dn/)」をリメイクしていただきました。
原作は2007年に「お題に沿って原稿用紙三枚」という縛りで書きました。
およそ三枚では収まらない内容の物を無理やり収めたような掌編。
セリフは「」抜き、文章に()が入るなど非常にガタガタしています。
これはもうプロット以前というか、創作メモに近い物で、リメイクというよりこの題材で描いてくださいとお願いしたようなもの。
「萩尾 滋」 さんは
非常に美しい文章を書かれる方です。
しかしいわゆる美文ではなく、どこか内側にあるイメージを模写するように描く芸術家。
戦略的に描くというよりは、鎮めて待ち、映る物を描く。
物語も人物造形もそのようにして内側からあぶくのようにして生まれ、まるごと翻弄されるように描かれているのではないかな〜と勝手に思っている作家さんです。
そして物語を描ききる能力がとても高い……。
そういう印象を持っています。
では早速。
出来上がりはこちら
萩尾滋さん(https://mypage.syosetu.com/831976/)リメイク
にけ作「まっすぐズレていったんだ」より
https://ncode.syosetu.com/n1769dn/
以下本文は萩尾滋さんです
「話、したいんだよねぇ」
妻の呟きに顔を上げたのと、玄関のドアがぱたんと閉まったのは、ほぼ同時だった。「おい、どこへ、」と、立ち上がりかけた俺のはす向かいで、光弘は、「そのうち帰ってくるでしょ、それよりビール取って」と、テレビに目を据えたまま、どうでもよさそうに呟いた。
死んだ連中――。
「あいつがもう一度話したい……、なんて言うのは、そんな連中なんだぞ」
俺は苦々しい思いで光弘を睨めつけた。
まず松子、いじめを苦にマンションの屋上から飛び降りた中学の先輩だ。
榊は、泥酔し、道路の真ん中で眠っていて轢かれた近所の兄ちゃんだ。
美津島、選手選びで恨みをかって刺されたバレーの顧問。
柏木、別れを切り出すと手首を切った大学時代の彼氏。
綾子、リストカット常習犯だった、妻の親友。
顔も知らない、名前だけは嫌になるほど聞かされた連中……。
それから、お姉さん――。
「へぇー、あいつ、会いたい人いっぱいいるんじゃん。俺、親友と、姉貴と、男の話しか知らねぇわ」
光弘はやはりどうでもよさそうな顔で、生返事をよこすだけだ。
「まぁ、取り立てて話すことでもないよなぁ」
見ていた番組が終わったので、光弘は立ち上がり、玄関脇に置かれた銭湯用の一式を抱え上げる。
「おい、心配じゃないのか?」
「良くあることだよ、信じて待ちたまえ!」
ぴっと人差し指を立て、妻と共に専攻していた民俗学の名物教授の気取った口調を真似すると、光弘はへらっと笑って部屋を出た。
デキているくせに!
俺はちっと舌打ちをして、我慢しきれずその後を追った。
妻は奔放な女だ。
かといって、男を篭絡する悪女、という訳ではない。むしろ化粧っけもなく、何のてらいもない無邪気な女だ。
だが、一部の間ではもてていた。付き合っている男がいようがいまいが、簡単にやらせてくれるからだ。
躊躇いも、悪びれたところも何もない。問い詰めたところで、だって、興味があったから、とあっけらかんとしたものだ。
光弘との付き合いが一番長いらしいが、俺が知っているだけで、もう三人はいる。男も女も関係なしだ。
そんなあいつが結婚したのは俺だけだ。だからと言って、俺が一番だって証明にはならない。こんなあいつの、何を信じればいいのだ?
車の行き来も途絶え、アスファルトを掠るサンダルの音だけが耳につく。近所迷惑かと声を殺し、だが、しつこく食い下がりつきまとっていた俺に、光弘は憐れむような一瞥をくれた。羽虫のぶんぶん飛び廻る外灯の下で足を止め、昏くかき消えそうな闇に続く右手の道に、ため息を交じえて顎をしゃくる。
「橋の下じゃないの? 民俗学じゃ、あの世とこの世の境目だって言うからさ」
その通りだった。
橋桁の陰にうずくまる妻の姿を見つけた時、まず光弘にかなわなかった悔しさが胸を刺し、ついで腹の底から湧き上がる安堵が、その痛みを薄めていった。
妻の名前を呼んだ。
振り向きもしない。
「私はぁ、橋の下でぇ、拾われた子、なんだよ!」
滔々と流れる川に負けじと、妻は叫んだ。
拾い子……、な訳あるか。
「ちゃんと、拾われたからにはぁ、生きねば。そして、みんなを、生みなおしてやるのぉ!」
振り返った妻の顔は、真剣そのものだった。
「話、出来たか?」
真面目に訊いたのに、妻は、「会えるわけないでしょ」、と大口を開けてケラケラと笑った。
手を繋いで、おんぼろアパートに戻った。
それから、隣の部屋の光弘に「いい加減にしろ、煩い!」と、壁を蹴られるほど、激しく抱き合った。
気怠く、とろりとしたいい気分で寄添っていたのに、妻はみんなの子どもが欲しい、なんてぬかしてきた。
みんなの子どもを生んで生んで生みまくりたい。
松子先輩と誰か先輩の好きな人の子ども、榊兄ちゃんと夏海さんのも、綾子と貴史のも、それから、お姉ちゃんと光弘の子どもも。
死んだ人の代わりに私が生んでやるの。
そんな勝手なことをまず言ってから、「世界一愛している、だからどこにも行かないでね」と、俺に身を摺り寄せ、抱きつくのだ、この女は。
<おわり>
☆萩尾滋さんよりリメイクした感想をいただいております☆
この作品を指定された時、「プロットの初期段階」のような作品、とおっしゃっていたので、何も考えずシーンとして思い描きました。
自作でも何でもそうですが、人物が動くときは、「なぜ」をまず考えます。
なぜ、主人公は、梨香が出て行った時は、すぐに後を追わなかったのか?
それなのに、光弘が部屋を出た時には追いかけたのか。
梨香の時は、邪魔をされた。だから「ビール取って」です。静まり返った部屋で話をしている中で出て行く、それを止められないのは考えにくいので、テレビがついていて気を取られている状況がある。コートを着るとかまどろっこしい暇もなさそうなので、季節は夏。お盆も近くて「死んだ人」を普段以上に意識する時期です。
光弘の時は、「こいつら外で逢引きする気じゃないのか」、と疑念が過りました。で、しつこく付きまとい、光弘の憐みの視線で、誤解だと一気に悟り、素直に助言に従い橋に行く感じです。
一行目は絶対、「死んだ人と話がしたい」の始まりの方がインパクトがありますね。
これは私が、「死んだ人」とひとくくりにして言葉に出す梨香や主人公のイメージができなかったのです。
彼女が話したいのは、生きた誰かではなく、「死んだ人」
この名前の羅列の部分を省くかどうかで、迷いました。が、一括りの「死んだ人」ではなく、各、個人。そして、その名前を正確に覚えて伝えられるほど、主人公は梨香の過去を知っている。知っているから、心配しているんだぞ、と頓着しない光弘に誇示してみせる。
私にとっての主人公は、言葉に置き換えられる過去とか、環境、出来事で梨花を理解しようとしているように思え、対する光弘はそんなものには興味はなく、梨花の思考や民俗学という独特の考え方をふまえ、目の前でうつろう彼女を見ているように思いました。
妻の情人である、と知られていても、「そういうことだってあるでしょ。男と女なんだからさ」とへらっと言ってそうで。主人公のような、梨香への執着はない。彼には梨香の内面の穴が見えていても、自分の愛で埋める気はないように思えます。
道路での光弘との会話は、人工の光の下でしかものの見えない主人公、その灯りの届かない川の端にいる梨香、その中間にいる光弘を意識しました。
そして、要の梨香。後から川の描写をもっと増やして梨香の内面を打ち出すのアリだったかなぁ、と思ったのですが。主人公一人称なので、彼には見えない世界です。
背中を向けて川(あの世)に向かって叫ぶ梨香は、面と向かって主人公に内面を吐露出来ない。でも言わずにはいられない、そんな関係に思えます。
言葉で理解しあう事のできないこの二人は体で確かめ合うしかない。そこで初めて、梨香は安心する。でも彼女の内面を理解できない主人公にとって、こんな事を言う妻は、「この女」。愛おしくもあり憎々しくもある存在なのでした。
解釈は、ほぼ後付けです。書いている時は、見たまま。昭和の自主製作映画のイメージでした。
最後に、この文章を取り違えたのは、
光弘は次々並べ立てると梨香には会いたい人がたくさんいるなと言った。
親友と姉と男の事は聞いていたけれど他は知らなかった。
私の文章の癖で、
光弘は、(俺が)次々並べ立てると、梨香には会いたい人がたくさんいるな、と言った。
親友と姉と男の事は聞いていたけれど他は知らなかった、と。
という様な書き方をする事が多いから、と気づかせてもらえました。
本当に失礼しました! この取り違えで、光弘の人物像と主人公との関係性がガラリと変わります。とはいえ、気づいたのが遅かったので、間違った解釈のままで置かせていただきました。(一度出来上がった人物を別人に描きなおすのはなかなか辛いのです)
☆リメイクを受けて、にけの感想☆
これは本当に棒人間に命を吹き込んでもらった!!という感じです。
生活感、動き、言葉の選択一つ一つにしっかり血肉が通い、見事に三人のキャラクターの個性が表現されています。
どこか飄々とした光弘、エキセントリックな梨香、彼らに比べて普通すぎるほど普通な、なぜ自分が愛されているのか確信が持てない主人公。
原文では光弘の方が主人公より梨香との付き合いが長く、なんでも知っている設定でより主人公の引け目を演出していたのですが、こちらではその部分が違っています。
でもこの演出のための設定部分が翻っていてさえ、光弘の圧倒的余裕が変わらない。
むしろ主人公より知らないことを平然としている態度に、一層彼そのものの自信が引き立ったりして……これがキャラクター造形か、と唸りました。
性格そのものとして動きとして滲み出るように描かれているからなのですね。
設定だけじゃ説得力にはならない。細部は大事。
主人公は梨香にこれからも翻弄されるんだろうなあ〜なんてリメイクであることを忘れて、楽しんで読んでしまいました。
またどのようにしてリメイクされたのかをお聞きして、より一層滋さんが描き出す時何を大事にしているのかがよく伝わりました。
行動から「なぜ」とキャラクターの個性を読み取る。
それは人を見る時の見方と同じなのですね。
やはりキャラクターというものはそのようにポンとそこにあるもの。
その内側は読み手の見方に任されているのだと思いました。
それは書き手も同様で、私はこのように彼を「捉え」ていてそれはどのような行動に現れるというふうに描き出す。
演出する。
なるほどと思いました。
そのように描かれると読者は「自分のものの見方を信用されている」と感じる気がします。
自由に梨香、光弘、主人公をみて想像をめぐらすことができました。
ありがとうございました!
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☆ランキングタグのところに、ほかの方にもしていただいたリメイクをまとめたブログ記事があります。
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