【異世界:恋愛】 星影さん作 「私に世界は救えません! 第一章 はじまりは夕闇とともに 定められた運命」より
【異世界:恋愛】 星影さん作 「私に世界は救えません! 第一章 はじまりは夕闇とともに 定められた運命」
https://ncode.syosetu.com/n3363dn/1/
「おめでとうございます、リディア・ハーシェル。ついにこの日が来ましたぞ」
青いローブを翻し、ハンス司祭が部屋に飛び込んできた。
振り上げた手には金の封筒。
窓から見えるひまわり畑と同じ、お日様の色。
「ああ、なんて喜ばしいことでしょう。いよいよ、あなたが”祈りの巫女”として、第一の使命を果たすべき時が来たのです」
年甲斐もなく舞うような足取りの司祭の後ろで、壮年の男が扉を閉めた。
窓から遠くウミネコの鳴く声が響く。
高台の家から望む港町ミディは、雲ひとつない空の下いつもと変わらず賑わっていた。
けれど、リディアの心にはどんな音も届かない。
胸に抱えた籠の中から、焼きたてのクランベリーロールがひとつこぼれ落ちる。
「……司祭様。手紙、代読してもらえますか」
突然風が吹き込み、リディアの胸まで伸びた亜麻色の髪を巻きあげた。
高らかに上げた金の封筒がなびき、司祭は慌てて封筒を胸に引き寄せる。
壮年の男があわてて窓を閉めると、部屋がしんと静まり返った。
「失礼いたしました。巫女は文字を読むことを禁じられていらっしゃるというのに。私としたことが、嬉しくてつい舞い上がってしまいました。では早速」
咳払いをし、司祭が壮年の男に封筒を開けるよう命ずる。
リディアはそっとテーブルの上に籠を置き、落ちたクランベリーロールを拾い上げた。
震える手で乱れた髪を整え、司祭と向き合う。
「ネラ教会より、“祈りの巫女”リディア・ハーシェルに第一の使命を果たすことを命ずる。十八歳を迎える明日、ピート・ガスリーの元に嫁ぐべし。なお、迎えは十時とする」
ピート・ガスリー……。
明日嫁ぐことになる男の名を胸の内で唱え、リディアは腿に当てた手をぎゅっと握った。
震えが止まらない。
「おめでとうございます。ああ、本当にリディア様が羨ましい。ハーシェル家に生まれネラ様にお仕えできるなど、どんなに喜ばしいことか。なあ」
「ええ。生まれながらにして名誉ある使命を授かれるなんて。リディア様ほど神に祝福された存在はいらっしゃいますまい」
ハンス司祭の言葉に壮年の男が大きく頷く。
「祝福のお言葉、ありがとうございます。……申し訳ありません、司祭様。明日のために今日は、ゆっくりと休みたいと思います」
リディアは野暮ったい臙脂のロングスカートの前で手を揃え、深々と頭を下げた。
耳に届く声はまるで自分のものとは思えない。
「それがよろしいでしょう。では、明日十時にお迎えにあがりますよ」
司祭はリディアの眼前に金色の封筒を差し出した。
リディアは震えを悟られぬようにと願いながら、封筒を受け取った。
司祭たちの去ったあと、リディアは窓の前に立ち町を眺めた。
ペリドットのようなオリーブグリーンの瞳にひまわり畑とミディの町が映る。
どのくらいの間こうしていたのだろう。
空は輝くような桃色を帯び、鳥たちは家路につく。
いつの間にか町は夕刻を迎えようとしていた。
夏だというのに、リディアは手首から足先まで覆うような服を身につけていた。
ネラ教が定めた巫女の嗜みのためだ。
リディアは汗ひとつかいていなかった。
震える頬は青ざめ、唇はかさついている。
ミルクポットを火にかけ、ホットミルクをこしらえるとリディアはテーブルに腰を下ろした。
この窓から町の景色を見るのも最後かと、テーブルに置かれた封筒から便箋を引き出してため息をつく。
ネラ教の教えで“祈りの巫女”は文字を教わることを禁じられている。
そのため誰にどんなに頼んでも、教えてもらうことは叶わなかった。
ネラ様にお叱りを受けますと退けられては、リディアにはもう何も言えない。
明日で十八になろうというのに、リディアは自分宛の手紙に何が書いてあるのかはおろか、名前さえ読むことができなかった。
自分も母親と同じようにネラ教の教えによって”第一の使命”で知らぬ男と婚姻を結び、”第二の使命”で子を成し、そして”第三の使命”で……。
「おかあさんっ……」
震える指でミルクカップを握りしめる。
幼い頃リディアが泣いていると、訳も聞かず母はいつもホットミルクを差し出してくれた。
ほんのりあったかくて安心を与えてくれるホットミルク。
“祈りの巫女”である母なら、今のリディアにどんな言葉をかけてくれただろうか……。
眼に浮かぶのは雨の日、真っ黒な傘から覗いた母の、最期の笑顔。
「おかあさん……。どうして、私は”祈りの巫女”なの……?」
いつしか部屋は翳っていた。
空は藍に染まり海まではもう見えない。
音は枯れ、空気はみずみずしさを失い、夏の日差しの名残も霞のように沈んでいった。
世界は、刻々と色を失い、霞んでいく。
ゆっくりと、静かに。
☆やってみてどうだったか学んだことレポート☆
今回は年齢より幼くみえるはずのリディアの素直な表現、良い子で鬱屈した心情を、かしこまったこのシーンでどう表現するか、悩みました。
また一話はネラ教について、祈りの巫女について、町についてどのようなものか示しておかなくてはいけません。
キャラクターや世界観を表現しつつ、惹きつける。
やはり一話は特別ですね。
というわけで毎度のごとく一旦必要な情報を一覧にしました。
ひきつけの大事な冒頭ですが、今回は回想も入って自分の文章能力では分かり良く伝えるのが難しそうだったので、時系列に直し表現してみようと決めました。
原作の冒頭は読者にリディアの心情を印象付ける比喩表現で引きつけていましたが、時系列にするとその心情をどこかに混ぜ込まなくてはいけません。
またこれに変わる冒頭のひきつけはどうするのか考える必要があります。
そこで状況が変化したことを示すセリフから入ることにしました。
日常とは違う何かが起こった。
物語が始まったと示すためです。
またお付きの「壮年の男」になんらかの役割をつけるため、様々な動きが着けやすいということを理由に舞台を庭から部屋へと勝手に変更w
戸を閉めたり、窓閉めたり、封筒開けたり雑用をしてもらいました。
彼の存在はなくてもいいかな?とも考えました。
けれど彼にハンス司祭とやりとりしてもらうことで、問題はリディアの周囲のあたりまえの空気として圧力として強い考えが浸透してあることなのだと示すことができる。
また、ハンス司祭が男をどう扱うかで司祭の地位、ネラ教の信仰の深さ、厳格さを感じさせる効果も期待できます。
家は勝手に高台にしました。
港町にほど近いけれど(二話以降に必要な条件)、ひまわり畑も確保できて、ちょっとした閉じ込められ感がある。
坂によって人里と隔てられ町からリディアは見えないけれど、リディアから町は良く見える。
リディアの孤独が強調できるといいなと思いました。
また母のイメージは一箇所にまとめ、それを原作冒頭の閉じ込められ感の表現とつなげました。
母の最期と自分の運命を重ね悲嘆にくれる表現としました。
この比喩から心情が想像できるものになっているか、がちょっと不安ですが……。
原作の三人称一元視点はわたしにとって非常に分かり良い三人称でした。
冒頭の一区切りを除き、リディアの心情を描くときはーーが入り、あとは第三者がリディアを見ているような語り。
こういう語りだと地の文の語彙=主人公の知的レベルとか知識とかという感覚にならず、世界観そのものを自由に表現できそうです。
私のはまだなんというか遠ざかったり近かったり、カメラがきっちり定まていない感じがしますねえ……。
三人称一見視点むずかし。
星影さん大変勉強になりました。
ありがとうございました!
これで一旦リメイク修行はお休みとします。
あと少し色々と発見したこと他数回更新し、完結としたいと思います。




