【恋愛:現実世界】モノ カキコさん作「しいちゃん」より
モノ カキコさん作「しいちゃん」より
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「しいちゃんさぁ、河村のこと好きだったでしょ」
かおりちゃんの唐突な問いかけに、声も出なかった。
「なになに恋バナ? ってか河村って誰?」
狭い歩道を半歩下がって歩いていた華ちゃんは、並んで歩く私とかおりちゃんの肩を掴み身を乗り出した。
私たちを追い抜こうとしていた車が驚き、軽くクラクションを鳴らす。
「あはっ。やっぱそ〜なんだぁ」
黙り込む私の態度に確信を得たかおりちゃんは、卒業証書が入った筒をセーラー服の胸に抱きしめるようにして私の顔を覗き込んだ。
顔が熱い。息がつまる。
多分わたしは今、耳の先まで真っ赤になってる。
「本当にぃ? え〜っしいちゃん、同じクラスの子? あたししらないんだけど!」
「華、ずっとクラス違ってたんだっけ。河村悟。帰ったら卒業アルバムで見てみなよ」
「見る見るぅ!」
かおりちゃんの意地悪。
華ちゃんがいる前でそんな話をするなんて。
いたたまれなくて、でも駆け出すこともできなくてキュッと口を結び俯いた。
いつもの道を一言の口をきくこともなく家まで帰る。
これが私たち三人が揃って歩く最後の帰路だった。
春から私たちはみんな別々の高校へ進学する。
かおりちゃんも、華ちゃんも……そして河村も。
***
家に着くなりただいまも言わず、階段を駆け上がった。
卒業アルバムの入った手提げ袋も、学生かばんも放り出して制服のまま自室のベッドの上へ倒れこむ。
やわい羽毛布団が私の重みで沈み込んだ。
深く、ゆっくりと包み込むように私の形に沈む。
熱い頬にひんやりと寄り添う。
目を閉じると、階下からパタパタと忙しげなスリッパの音が聞こえてきた。
式から先に戻った母が昼食をこしらえているのだろう。
きっと私が帰ってきたことにはまだ気づいていない。
ベッドから起き上がると、手提げからアルバムを取り出してクラスのページを開いた。
三年二組 清水千夏
カメラを前に硬くなった私の顎には、口を硬く結びすぎて梅干しのような皺が寄っている。
……可愛くない。
写真写りが悪いからと思いかけて、そう言う人は実際より自分が可愛いと思っていると、誰かが意地悪く言ったのを思い出し恥ずかしくなる。
河村悟
アルバムに移る河村の顔は私の知っている顔と何も変わらなかった。
自然に緩んだ目元。その左側にあるホクロもちゃんと写っている。
短く立った硬そうな髪。
シャープな顎のライン。
――河村のこと好きだったでしょ。
かおりちゃんのからかうような声が浮かんで、ため息をつく。
好き。
指摘されたとき素直に頷けなかったのは、かおりちゃんの言う好きが私の好きと重ならないように思えたからだ。
どうして女の子は恋愛の話が好きなんだろう。
どうして格好良い人とか先輩とかに憧れるんだろう。
どうして何々君が好きなの、なんて簡単に口にすることができるのだろう。
私の好きはたぶん、そんなんじゃない。
ただ河村のノートを取るときの真剣な顔や、友達とふざけあってるときのちょっと照れたような笑顔を見るのが好きだった。
それは好きだなんて口にするのはおろか、意識するのも恥ずかしくて逃げ出したくなるようなムズムズとした変な感じだ。
とても平静でなんかいられない。
告白したいとか、付き合いたいとかそういうのはよくわからない。
ただ話がしたくて。
あんな風に真剣で、柔らかく笑う河村と、私と河村にしかできない話がしてみたかった。
互いの心の深い感覚を交換し合うような、本当の話を。
「千夏〜! 帰ってるならただいまくらい言いなさい。ごはん、食べるわよ!」
階段の下で母が叫ぶ声にハッとなる。
頭の中の全部が吹き飛んだ感じ。
母はきっと玄関のローファーを見て、私の帰宅を知ったのだろう。
「あ、はーい!」
慌ててアルバムを閉じ立ち上がる。
着替えて階段を降りかけ、部屋にアルバムを取りに戻った。
帰ったらすぐに見せてね、と母に言われていたのを思い出したからだ。
ダイニングキッチンに入るとバターと玉ねぎのいいかおりがした。
「お母さんごめん。はい。卒業アルバム」
「お。ありがと。でも食べてから見よっかな。汚れるからテレビの前に置いておいて」
母がテーブルに並べた皿にまあるい玉ねぎの肉詰めを丁寧にのせていく。
「アルバムは証書と一緒にしといてね。夜、父さんにも見せたいから」
「……あ、卒業証書……」
キッチンに戻った母がフライパンを水につけた。
じゅっと音がして湯気が上がる。
その音に真っ白になった頭が現実にかえる。
アルバムと一緒に手提げに入っているとばかり思っていたが、さっき見た手提げに証書は入っていなかった……。
「どうしようお母さん。卒業証書忘れてきちゃった。たぶん教室の机の中だ」
「ええっ。あんな大事なもの置いてきちゃったの? 誰も持って行ったりはしないと思うけど……学校に電話しとくから、食べたら行っておいで」
きっと料理下手の母にしてみれば、いつもより手間をかけて作ったお祝いランチだった。
けれどそれを掻き込むようにして食べ、慌てて家を出ることになった。
***
思った通り証書は机の中にあった。
誰もいない教室。
窓から体育館へ続く廊下が見える。
後輩たちが卒業式の後片付けをしているのだろう。
賑やかしい声が聞こえてくる。
私とあの子達は違う。
ここはもう、私の場所じゃないんだ。
証書を胸に抱え逃げるように教室を出て、さっきかおりちゃんたちと三人で惨めに歩いた通学路をなぞる。
「清水さん? 」
背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り返ると声の主は照れたような笑顔を向ける。
「か、河村……」
思わず言葉を失い俯いてしまった。
眼下には袖口のくすんだテロテロのウインドブレーカーに、丈の合ってないコーデュロイのパンツ。
彼の目に映っているだろう私のひどい格好に泣きたくなる。
こんなだから浮いてしまうんだ。
お洒落で姦しい女の子たちからも、そんな女の子たちを可愛いと思う男の子たちからも。
いつも分け隔てなく接してくれていたけど、きっと河村だって私のことを変な奴だって思ってるはずだ。
「忘れ物?」
私の胸に抱えた卒業証書を見たのだろう。
最後の最後までかっこ悪い。
河村の質問に恥ずかしくなって黙ってしまった。
「清水さん、この子見たことない? 首輪もしてるし、飼い犬だと思うんだ。このへんで聞いて回ってるんだけど……」
顔を上げると、河村は手提げ鞄を腕にかけ制服の胸に子犬を抱えていた。
茶色のチワワみたいな細っこい犬がふるふると震えている。
「あれ、制服……もしかしてまだ家に帰ってないの? お昼は?」
「実は、まだなんだ。犬、すごく怯えてるだろ。さっきも車に引かれそうになっててさ。ほっとけなくて」
今度は河村の方が気まずそうに目を逸らした。
華奢な青い首輪をした子犬がキューンと切なげな声を上げる。
恥ずかしい。
私は自分が相手にどう映るかってことばかり気にしていて、目の前の河村が未だ制服だってことも、子犬を抱えていたってこともちっとも目に入っていなかった。
「優しいんだね。……私も手伝うよ。飼い主捜すの」
なぜだろう、気がついたらそんなことを口走っていた。
普段の私ならドキドキして決して言えなかっただろう言葉を。
・・・・・・ここまで
☆やってみてどうだったか学んだことレポート☆
導入のつかみが強い作品。
そして小説表現ならではの、一人称で深く思考へ没入していく純文学のカラーが強い恋愛小説。
私が書くと回想や考え事のシーンと出来事を動かすシーンの表現にどうしても落差ができてしまい、表現が難しい。
時系列に沿った展開なら書けるかな……と思い回想、考え事部分で伝えるべき内容を分散して出来事シーンに入れ込む形でチャレンジしました。
そこでまずは登場人物、出てくるものの要素を箇条書きにしました。()はその設定で表現したいもの
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しいちゃん、かおり、華は幼なじみ(グループ内での主人公の扱われ方、比較してみそっかすな気持ち)
華は河村を知らない(河村は目立つタイプじゃない・華(女の子代表)が恋バナに強く関心を持つ演出)
卒業式の日、花、進学先はみんな別(最後の特別な日である演出)
卒業証書、アルバム(物語を牽引する重要な小物)
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というように書き出したのち、なぜそれが必要か目的は何かを考えました。
幼なじみであると表現される意味は()の内容のための演出だと捉えました。
幼なじみ設定を出来事シーンの中で説明するのは難しいのでほのめかすにとどめ()の内容が伝わるように表現する方法を考えようと思いました。
伝わっていると良いのだけれど……。
三人で帰る最後の通学路でこんな目に合うなんて、なんて可哀想なんだ〜!と感情移入しながら。
しいちゃんの一人称なので自分で可哀想だ〜と思うわけにもいかず、こういう時の委ね方というか演出が難しい。
感情がうっすらしていて距離がある表現になってしまいました。
また学校でお洒落とか恋バナについていけず他の女の子と比べてみそっかすな気持ちを表すエピソードも出来事シーンではうまく挟めそうになかったので、ダサい私服で学校に忘れ物を取りに行き、河村に会うという形にしました。
浮かぶイメージがガラリと変わるのでもったいない〜と思いつつ……。
花もうまく小道具として使えなかったのでなくなってしまったし、せっかくの特別な日のお話なのに絵的にはちょっと残念になってしまいました。
考え事シーンにあった、小説へ傾倒していくエピソード(深い話ができる相手が欲しい)が表現されずに残っています。
これは重要な部分なので河村との会話の最後にあたりに使えるといいかな〜と思っていました。
たどり着けなかったけれど。
そして考え事シーンを出来事にシーンに入れ込んでみて感じたのは純文学小説ならでは内的思考表現が損なわれてなんかジャンルが変わってしまった感じがするということ。
それから効率的な表現にはなったけれど絵的な美しさがないのはちょっと残念ってこと。
シンプルに分かりやすくすることは好きだけれど、それだけが美しさではないね、という発見でした。
まとまりはでたものの全く別物になったしまった感があります。
どこか勿体無いかんじ……。
すっごく自由にリメイクさせていただいたおかげで色々と発見がありました。
モノカキコさんありがとうございました!!




