今日の料理
ちゃん、ちゃらちゃらちゃら、ちゃんちゃんちゃ〜ん♪
トントントンという小気味よい音、それに、これは味噌汁だろうか? 鰹出汁の良い香りと、米が炊ける匂いに包まれながら目が覚めた。目の前では、メイド服に身を包んだリアが料理をしている。因みにこのBGMはリアが口ずさんでいるものだ。器用なロボットだ。1chで放送しているあの番組の曲だ。キューピーちゃんの曲も好きなのだが、何れにせよ、料理をしない俺にとって、番組の内容自体は、さして興味の無い物となっている。
さて、時は半日程遡る。
買い物を終えて帰宅したリアは、早速料理に取り掛かった。残念な事に、汚れる可能性があるという理由から、既にジャージへと着替えてしまっている。
今日の晩飯は親子丼らしい。本当はもっと手の込んだ料理を作りたかった様だが、時間が無いらしい。味見こそ出来ないが、料理の自信はあると言っていた事だし、程々に期待しておこう。
「ところでリア、飯はどうやって炊くんだ? 家には炊飯器が無いぞ?」
「ご安心下さい、マスター。万能調理器具の土鍋が有れば、ある程度の料理は作れるのです。当然ごはんも炊けるのです。」
早速土鍋が活躍する様だ。そう言えば以前、悲しい蛍の映画の劇中、土鍋で飯を炊いていたっけ。リアはテクノロジーの塊なのに、調理方法はローテクなんだなんて、すごいギャップだ。
「本来であればより美味しく炊けるのですが・・・、調理器具がまだ少し足りません。」
等と言いながら、米を土鍋に移し洗米を始めた。
米を研いで、水を捨てて・・・を数回繰り返し、最後に水を張ってコンロにセットした。
「あの、リアさん? 全て目分量なんだけど、大丈夫なの? 水加減とか。」
「問題有りませんマスター。三次元カメラと重量センサにより、質量はミリ単位での計測が可能となっておりす。また、ガスコンロからの炎の揺らぎ、及び熱センサにより、最適な火加減での調理が可能と判断します。」
カチッ、ボワッ。コンロに点火し、火加減を調節するリア。
「初めに強火で15分、勢いよく湯気が出てきたら弱火にして15分。これだけで、美味しいごはんが炊けるのです。夕食の準備が出来るまで、あと50分程かかりますので、お風呂にでも行かれてはいかがですか?」
リアさんにかかれば、我が家のアナログ機材であるガスコンロと土鍋も、最先端の調理器具への変貌を遂げるようだ。相変わらずテクノロジーの無駄遣い的な事を平然とやってのける。
さて、見事な手際なので、料理している姿を見ていたい気持ちもあるが、それもそうだ。このアパートには風呂がない。トイレも共同だ。という事で、ここから片道10分の銭湯に行く事にした。
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家主である拓海が銭湯に出かけた直後、リアは料理の下ごしらえを完了させ、次なる行動に移った。
リアの目の前には、先ほど手芸専門店で買って来た、生地と裁縫セットが置かれている。裁ちばさみを片手に暫しフリーズするリア。
「んっ・・・・・・と、メイド服と言っても様々なタイプがあるのですね。」
現在、リアは超高速でメイド服の種類やデザインを検索していた。そして、その結果を元に、マスターである拓海が考えるであろう、理想のメイド服の設計図を作成するのだ。
メイド服といっても色々ある様で、元々は19世紀末、イギリスにおいて使用人が来ていたエプロンドレスが源流となっているのだが、拓海の事だ。そんなルーツはどうでもいいと考えるだろう。そして、人工知能にとって困難とも言えるフィーリングで「これがいい!」とか言うに決まっている。
リアは、まだロボットとして起動してからは間もないのだが、拓海がどんな性格なのかは、それ以前の製作中に蓄積された音声等を通じて理解しているつもりだった。
ロングタイプ、ミニタイプ、和風、チャイナ風、正統派等、様々な種類のメイド服を仮想上で作成し、更にそれを自分に着せた上で、拓海がとるであろうリアクションを、幾度と無くシミュレーションした。
そして、ついに製作が始まった。本来、服作りには、生地の地直し、設計図の作成、型紙の作成、型紙を元にして生地の裁断ヶ所を転写し、裁断し、という手順が必要なのだが、大幅に省略し、裁断から始めるリア。
その手つきは流れる様にしなやかで、一切の迷いが無い。5分も立たない内に裁断が完了した。そして、そのまま裁縫が始まった。大手アパレルメーカーも真っ青のスピードでオンリーワンのメイド服が仕立てられていく。
これがリアの能力のほんの一部だとしても、大企業は大金を積んででも、その一部の機能を欲するだろう。それ程の能力を、リアは拓海の為に、惜しみなく発揮しているのだ。全く勿体無い事なのだが、拓海もリア自身にも、そんな欲は皆無であった。
「完成ですっ。」
一人フライパン片手に、ドヤ顔でグッと握りこぶしを作るリア。何故フライパンなのかと言えば、アイロンが無いからである。リアにかかれば、ガスコンロで熱した只のフライパンが、最新式のアイロンにも引けを取らない、高性能アイロンへと変貌を遂げるのである。
結局、20分足らずで3着のメイド服が完成した。洗濯ローテーションを考慮しての数である。人間と異なり、ロボットであるリアは、代謝に伴う老廃物は出ないのだが、これは単純に、リアが綺麗好きだから、という理由であった。
ダークブラウンの生地にロング丈、どちらかと言えば正統派に近いが、裾にはフリルをあしらって、メイド服が持つ重い印象を軽くしていた。そして同じく、フリルのついたエプロンに、両サイドにリボンをあしらったカチューシャ、正確にはホワイトブリムと言うらしいが、それを頭に身に着けた。
「はぁ、私のマスターは難しい注文が多くて困りますね。」
浮かない表情と共に、そんな事を呟くリアであったが、そのメイド服姿は拓海にとって理想的な仕上がりとなっていた。
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「ただいま。」
ガチャリと安っぽい玄関の扉を開けると、そこにはメイド姿のリアが居た。
「お帰りなさいませ。ご主人様。」
そう言って、エプロンの端をちょこんとつまみながら、優雅にお辞儀をするリア。
「・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「あの、マスター? 大丈夫ですか?」
「グッジョブだ。グッジョブだぞリア!!!!! 素晴らしい! 素晴らしすぎる!!」
興奮気味に駆け寄る俺から、素早く距離を取るリア。
「マスター。落ち着いて下さい。顔が怖いです。あと鼻息が荒いです。」
「何を言う。これを、この、目の前の奇跡に、興奮しない人間なんぞ居る訳がない!」
「はぁ、若干サービス精神大目に、マスター理想のメイド服を追究してみたのですが、効果が有り過ぎたようですね。」
「・・・リアさんや。」
「はい。マスター。」
そういいながら、ちゃぶ台の前に座るリア。
「ちょっとそこに座りなさ・・・って、おい、人のセリフを先読みするんじゃない!」
「そんな事よりマスター、早く座って下さい。折角のごはんが冷めてしまいます。」
リアのメイドがあまりにも嵌っていたので気付かなかったが、夕食の準備は完了していたようだ。
「あ、はい。そうですね。ごはん冷めちゃいますよね。」
素に戻った俺は、早速食べる事にした。折角リアが作ってくれたのだ。冷めない内に食べなければ!
「先ず、本日のメインは親子丼です。それと、これはシイタケの軸を使ったお吸い物。付け合せに大根サラダです。」
「味覚センサが無いので、多少の不安はありますが、マズイ。と言う事はないと思います。」
先ずは親子丼を一口。
程よい半熟具合の卵と、プリプリの食感の鶏肉。そして丼物に合うよう、少し硬めに炊きあげられた白米が、タレに良く絡み、絶妙なハーモニーを奏でている。店で親子丼を注文したことは無いが、これは間違いなく専門店の味だ。
ただし・・・。
「少し、味が薄いですか?」
「良くわかったな。ほんの少しだけど、薄いかなぁ程度にね。」
「はい、マスター。実は、成人男性が摂取すべき一日に必要な塩分を計算した所、少し薄めになってしまいました。これには理由がいくつかあるのですが、次回からは改善しますのでご安心下さい。」
実際、塩分については、俺が昼に食べたカップラーメンと、間食として食べたポテトチップが影響していたのだが、どうやらリアは俺の健康な食生活を優先させたらしい。高血圧防止の一環だそうだ。
しかし、味覚センサも無いのに、よくここまでの料理が作れるものだ。関心してしまう。
ここまでが昨日の出来事である。
で、昨晩も十分リアの料理の腕前に感動したのだが、今朝も引き続き、リアが朝食の準備をしていた。部屋の外に置かれている洗濯機の動作音も聞こえるので、どうやら洗濯もしてくれているらしい。リアがロボットであると言う事を考えなければ、美少女が朝から甲斐甲斐しく飯の準備と洗濯をしてくれる事など、俺には全く縁がなかった話であり、はっきり言ってリア充な気分だ。
「おはようございます。マスター。もう直ぐ朝食の準備が出来ますので、着替えて顔を洗って下さい。」
「それから、今日の朝食は、ごはん、卵焼きの大根おろし添え、大根の茎の塩もみ、シイタケの煮つけ、それと豆腐とワカメのお味噌汁です。大根は昨日使用した残りを、シイタケも、昨日軸だけ使用しましたので、今回は傘の部分を調理してみました。」
おばあちゃんもビックリの節約術&純和風なメニューである。食材を余すことなく使い切っている様だ。とは言え、部屋中に食欲をそそる良い匂いが充満している事を考慮すると、味も保証されている様だ。
そうと決まれば早速着替えだ。着替える場所も顔を洗う場所も同じ場所なので、直ぐに済ませる。四畳半の間取りとはそういうものだ。
俺が着替えている間に、リアは素早く、ちゃぶ台、座布団を準備し、その上に朝食を並べていく。
「人間が摂取するべき、一日のカロリーの推奨バランスは、朝昼晩で3:4:3が理想とされていますが、マスターは朝食をとらない日が多く、食事内容も偏っておりました。したがって、今後に関してはしっかりとした栄養管理をさせて頂きます。」
「と、理屈っぽくなってしまいましたが、ご安心下さい。マスター。限られた予算の中で、味、量、共にご満足頂けるメニューを提供したしますので!」
おたま片手に、グッと握りこぶしを作りながら、何やらメラメラと俺の健康管理に燃えているリアであったが、食事のカロリー計算など今まで考えた事もなかった。
俺は取りあえず、何も考えずに、リアが作る食事を、美味しく頂くだけで良いようだ。味の濃い薄い等、感想を伝えながら。
「それじゃ、頂きます!」
「はい、沢山召し上がって下さいね。マスター。」
こうして、我が家における家事全般は本格的にリアが行う事になったのだった。