メイドロボ
「・・・拓海君。・・・好きだよ・・・。」
・・・・・・
・・・
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久々に哀しい夢を見た。中学生時代の辛く哀しく、そして惨めな思い出だ。今なお夢に出てくるし、間違いなくトラウマだ。
そんな、俺を絶望の淵に追い込んでくれた彼女の名前は、歩美ちゃん。初めて買ったエロゲーで、これまた初めて攻略対象に選んだヒロインだ。
それは、夏の暑い日の事だった。
この手のゲームは、複数のタイプの異なるヒロインの中から、攻略対象のヒロインとの好感度を上げていき、女の子とエッチ=ハッピーエンド、というのが一般の流れなのだが、当時の俺は、初のエロゲーという事もあり、気合を入れてプレイしていた。
ぶっちゃけ、パンツも脱いでいた。
画面の中では、歩美ちゃんが切なそうな表情を浮かべていた。
「・・・拓海君、・・・拓海君。私っ、もう・・・」
俺と息子も、愈々クライマックスを迎えようとしていた。
「拓海。イクっ、イッちゃ「拓海、ちょっと買い物行くけど・・・。」------!」
その刹那。ガチャっという音と共に、姉ちゃん登場。
歩美ちゃんと姉ちゃんの「イク」がシンクロしていた。そして、勢い良く息子から放たれる波動砲。
当時、姉弟間では、お互いの部屋に入る前のノックというものは存在しなかった。
一瞬の間の後、扉も締めずに階段を駆け下りる姉ちゃん。人生の終焉を悟る俺。
「お母さーーーん!拓海が、拓海がねーーー!」俄かに騒がしくなったと思われるリビング。「拓海も、もう思春期なんだから・・・。」と、姉に諭すように語りかける母ちゃんの声。
その後、立ち直る為に一週間以上を要したのは言うまでも無い。正しく、辛く哀しく惨めなトラウマだ。
さて、久々に悪夢を見てしまったせいか、早く起きすぎた様だ。周りはまだ暗い。というか真っ暗だ。いくらなんでも真っ暗すぎるじゃないか?
そう思って立ち上がろうとした矢先、不意に視界が開けた。というかHMDを被ったまま寝てしまったようだ。
「おはようございますっ。マスター。」(にこっ
「あぁ、おはよう。」
寝起きの俺を、覗き込むように挨拶をしてくるリア。
「どうでした? 私が考案した睡眠学習。可愛い女の子とコミュニケーションの訓練が出来て、しかも夢にも出てくれば一石二鳥! と思いついて、実践してみたんですが。」
「お前かっ! 犯人はっ。」
思わず突っ込みを入れる。大体なんでエロゲーがコミュ症対策になるんだ。しかも、よりによってトラウマもののゲームを引っ張り出してくるとは・・・。そう言えば、このゲームはショートカットのみ削除しただけでアンインストールはしていなかった気もするが・・・。
「マスター、本来であれば、ここで『痛っ』などと反応を返したいのですが、全身に感圧センサ等がある訳ではないので、触れられたり叩かれたりした感覚が再現できないのが残念です。」
等と、冷静に現状報告をしてくるリア。
「出来れば温度センサも全身に組み込んで・・・。兎に角、これは、改良の余地ありですね!」
「やっぱり、痛いとか寒いとか熱いとか!全身で色々感じてみたいですしっ!」(むふーーっ
自分の体をペタペタと触った後で、ぐっと握りこぶしを作りながら、妙な意気込みで訴えてきた。
見上げた向上心ではあるがのだが。いや、そこじゃないんだ。突っ込みたいのは。
「ところでマスター? 私、今日は外出して買い物等に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ん? 何か欲しいの? お金、あんまりないよ? ここんとこリアにつぎ込んじゃったから。」
「はい。 出来れば、簡単な炊事が出来るキッチン用品と、食材と調味料が欲しです。」
これはあれですか、掃除に続いて料理とくれば、メイド的なあれですか。どうせならドジっ子メイドがいいですね。たまに粗相しちゃったりして
「ごめんなさいですっ。ご主人様~~。」「くっくっくっ、これはお仕置きが必要だな!!」(注:脳内会話
「マスター? またニヤニヤと怪しげな事考えてるんですか? 顔付きが事案レベルですよ?」
失敬な! これでも数多くの美少女を落として来たナイスガイだぞ?
まぁ、全部ゲームの中だけどね。
「マスターの食生活は乱れに乱れています。大体がカップラーメンとか買ってきたお弁当とかですよね? ですので、それを改善しなくては! と思ったのです。」
「何で知ってるの?」
「ゴミを見ればわかりますよ。」
そういってゴミ袋を指さすリア。ストーカー並みの分析能力である。可燃ごみの日は月曜日。今日は土曜日なので、あと二日はこのゴミと同居する事になる。確かにここ2週間ばかり、捨てていなかったのだが・・・。
俺だって努力しているのだ。カレー弁当だったりかつ丼だったり、幕の内弁当だったりと。極力偏らない様にしているつもりだ。カップラーメンも同様に蕎麦、うどん、焼きそばにラーメンと、味に関しても塩、味噌、醤油、豚骨と飽きない工夫だってしている。
さらに言えば、弁当もコンビニではなく、スーパーの弁当だ。スーパーでは閉店前や夜8時~9時頃になると、惣菜・弁当・刺身等は割引販売を行う事が多い。消費期限からくる廃棄ロスを最小限にする為だ。そして、この時間帯は、惣菜・弁当コーナーに飢えた戦士達が集まり、殺伐とした雰囲気となる。まさに激戦区。そんな戦いに打ち勝ってこそ、見事半額シール(重要)が張られた戦利品をゲットできるのだ。
繰り返すが半額シールだ。2割引き3割引きではダメなのだ。
因みに、7時頃閉店するスーパーなどは、子供(小学生が多い)という名の飛び道具を使ってくる猛者(主婦)もいる。
と、熱く思いを巡らせてみたものの、結局は自炊が一番節約出来るのである。確かに、消費者心理的には半額シールは魅力的に映るのだが、例えば、800円のステーキ弁当が半額になった所で、出費額は400円もする。498円の幕の内弁当を半額でゲットしても、そこで刺身の盛り合わせ798円を買ってしまえば、半額でも648円だ。
いや、壮大に話がズレた。そもそもリアは、健康的でない食生活を問題視しているのだ。
「ふむ。してリア君や。 キミは料理のスキルはあるのかね? あと、ドジッ子スキルについてもどうなのかね?」
「はい。料理は以前からマスターがレシピレシピ言っていた事もあり、自信あります。味覚に関するセンサが無いので味見は出来ませんが、問題ないと思います。」
「それから、ドジッ子スキルの概念がどういったものなのか、不確定なので何とも言えませんが、残念ながらマスターが望まれるドジッ子スキルはありません。あえてはっきりと言いますが、本当の意味でのドジっ子スキル(属性)を持っているメイド等、存在しないのです。」
「どういう事だ?」
「そうですね・・・。例として、3パターンのありがちなシチュエーションを踏まえた上で説明させて頂きます。」
「一つ目は、飲み物を運んでいて、躓いた揚句、”何故か”ご主人様の股間周辺にかけてしまう様な状況です。しかもその後、一生懸命拭いていた場所が股間だったことに気付き、顔を赤らめながら『もっ、申し訳ございません、ご主人様っ。』等と謝るのですが、ご主人様は許さずにマスターの望むようなムフフ展開になるパターンです。」
「状況的には、ご主人様が椅子に着座している状態で、メイドが飲み物を運んでいる途中だった。と、ここまでは普通に理解出来ます。しかしその後、何もない所で躓き、挙句、股間に水をかけてしまう。ここがあり得ません。両者の位置関係であれば、少なくとも上半身、さらに言えば顔面か胸以上にかかる確率が最も高いと予測出来ます。仮に水がかかってしまったとして、何処まで濡れてしまったかわからないのですから、普通は『申し訳御座いませんっ。直ちにお召替えの準備をっ』等と返答するのが妥当です。」
「二つ目は、掃除をしていてバケツをひっくり返してしまい、”何故か”頭から水浸しになってしまい下着が透けてしまう様な状況です。あぁ、時には水ではなくワックスだっとりするようですが・・・。ポイントとしては、これまた”何故か”被った後はペタン座りの状態になっているとう事です。そして水を被ってしまった場合は『ふぇ~ん、びしょびしょですぅ~。』等と言い、ワックスを被ってしまった場合は『ぁ~ん、ベトベトするよぉ~。』等と言いって、マスターの妄想を掻き立てるような展開になるパターン。」
「これも、バケツの中身が体の一部にかかる程度であれば、十分に可能性はります。頭部が濡れるというのもバケツに躓いて転んでしまい、床に倒れたせいで、床の水が頭に付いた。という可能性はあるかもしれません。しかし決定的に有り得ないのが、頭から水を被り、水を滴らせながらペタン座りした状態。です。どんな動作をしてもこんな結末にはなりません。」
「つまり、この状況を再現するならば、ご主人様が近づいて来て、かつまだ目視出来ない状況の中で、メイド本人がペタン座りをしてバケツの水を頭から被った上で『ふぇ~ん、びしょびしょですぅ~。』等と発言しているのです。そんなメイドが居るとすれば、ご主人様の性的嗜好を理解した上で行動して居る訳ですから、ある意味やり手のメイドかと思います。」
「まぁ、更に推測すれば、メイドとしての雇用契約の中にそういったオプションも含みであれば、意図的に失敗をするというのもアリかもしれませんが・・・。」
「最後の一つは、皿を割ってしまい、慌てて素手で片付けようとした所、指先、正確には”何故か”人差し指を切ってしまい『痛っ・・・。』等と言いながら、痛そうに指先を見つめている様な状況です。その指先に釣られるように、『大丈夫か? ほら、見せてごらん。』等と言いながら、ご主人様が登場し、これまた何故か、パクっとその指を咥えるご主人様。一方咥えられたメイドは最初驚きの表情をしますが、次第にウットリとした表情になっていく様なパターンです。」
「そもそも、プロの使用人であるメイドが、食器を割った挙句、怪我を負う等という状況が想定しにくいですが、事象として発生してしまった事は受け入れましょう。ですが、直ぐに登場するご主人様と、接近を許すメイドの関係がどうにも解せません。ご主人様の行動は、何かが割れた音がした為に、確認に来た、と推測されますが、メイドの周辺には割れたお皿が散らばっているはずです。そこにご主人様が接近してくる訳ですから、メイドの立場からすれば、何が何でも進入を拒まなければなりません。ご主人様が怪我を負う事などあってはいけないことなのですから。」
「理解頂けたでしょうか? 断言しましょう! これら一連の動作は、全て計算された行動だという事です。つまりフィクション中のフィクションです!」
「そんなハズはない。ドジッ子メイドが居なければ、ムフフなお仕置きも出来ないじゃないか!」
「そこが大きな間違いなのです。そもそも、考えてもみて下さい。そんなドジっ子はメイドとして採用されませんし、直ぐに解雇されます。つまり、お仕置きイベントに行きつく過程において、要素として必要なのがドジっ子メイドなだけです。」
「このような展開は、ゲームやアニメ、漫画等では古典的な手法ですから、そういった作品を多く目にしてきたマスターにとっては、ある種の”条件付け”といっても差し支えないと言えるでしょう。」
「ドジッ子メイドを登場させる事により、そういった展開を期待させ、また実際に展開させる事によって、ドジっ子メイド属性を引き付けていくという、中の人たちの術中に、まんまと嵌ってしまっていたのですっ」びしっ
指さしポーズを交えて、身も蓋も無い事を告げてくるリア。
「いや、確かにそうなんだけど・・・。なんていうか、ほら、冷めて見ちゃだめなんだと思う。そういうのは。ノリっていうの? 現実とは違うんだしさ。」
「ラッキースケベで有名なトラブルばっかりの漫画だって、冷めて読んだら有り得無い状況のオンパレードだけど、読者の期待と、それに応えてくれる作者の、WinWinな関係が築かれているわけだし。」
「であるならば、結局のところ、マスターはムフフイベントに遭遇したいだけなんじゃないですか!」(びしっ
またもや指さしポーズとドヤ顔で指摘をしてくるリア。
ぶっちゃけ図星だ。だってねぇ。男の夢の一つですよ。メイドプレイは。
でも、やっぱりそう言うのは冷めて見ちゃいけないんだと思う。あれだね。「考えるな! 感じろ!」の精神だと思う。
「申し訳ありませんマスター。別にマスターを凹ませようと思ったわけではないのです。本当にマスターの体の心配をして、健康的な食生活を送ってほしいという思いから、買い物等の提案をさせて頂いたのですが、途中からマスターが、お弁当やメイドの話に脱線してしまったので、つい意地悪な事を言ってしまいました。」
言い過ぎたと思ったのか、申し訳なさそうな表情で、そう告げるリア。
とは言え、この現実世界に存在している、非現実的存在のリアに、非現実世界の矛盾点を冷静に指摘されるとは思ってもみなかった。リアは、何処までも現実的に物事を捉え分析を行う。
今後、リアの様な存在は、確実に世界の何処かで生まれるだろうし、既に存在し居るのかもしれないが、ロボットや人工知能という観点からすれば、リアルとバーチャルの線引きはもう少しリアル寄りになるかもしれない。まぁ、だからと言って、一定のユーザーを獲得しているドジッ子メイドが消滅する訳でもないし、ドジッ子メイドに限った話ではないが、世の中には色々な性癖や、趣味嗜好がある事については、追々リアに理解してもらえばいいのだ。
しかし、申し訳なさそうなのは十分伝わるのだが、作為的としか言いようのない上目使いは何なのだろうか。もともと凹んでもいないのだが、ついつい顔が緩んでしまう。あざとい!けどグッとくる表情である。リアが膝の上の乗ってきた時もそうだったが、俺はどうにもこの表情に弱いようだ。
「因みにメイド的なムフフイベントも、言って頂ければ、先ほど説明したような特殊な状況下も、あくまで自然に再現可能ですので、ご安心下さい。」
しかも、OKなんだ。メイドプレイ。
これは楽しみが出来たというものだ。でもなぁ、冷めた状況で再現されても興奮度ゼロなのだ。いつか来るかもしれない、自然に再現を気長に待ってみようか。
「コホン。それじゃ、買い物に出発だ!」
ともかく、丁度リアのメイド服。もとい、衣服を買いに行こうと考えていた所だ。このままずっとジャージというのも忍びないし、本人に選ばせれば、少なくとも俺よりは女の子的な服を選ぶのではないか? と思っていた。まぁ、通販で買ってもよかったのだが、折角の機会なのでリアを街に連れ出して反応を見たかったのだ。
それに、今後は食事もリアが作ってくれるという。味は未知数だが、その辺りはまぁ期待しないでおこう。あくまで、食費が削減出来るとかその程度に考えておいた方がいいだろう。
こうして、俺とリアは買い物へと繰り出したのだった。
少し引っ張り過ぎました・・・。反省です。