起動(ファーストコンタクト)
目の前では、ロボットが立ち上がり、ゆっくりと部屋の中を見回している。指を一本ずつ動かし、グーパーを繰り返している。
そして、ついにお互いの視線が交わった、1秒、2秒、3秒・・・。
自分でも驚くほどに手汗が酷い。
理由は明白だ。リアルすぎてロボットとは思えない、18歳の美少女がそこに居るのだ。
「・・・・っ」
次第に彼女の表情が引き攣ったものとなり・・・。
「キャーーーーーーーっ。」
突然悲鳴を上げるロボット。そのまま凄い勢いで後ずさっていく。
「やめて下さい! 来ないで下さい! おまわりさー・・・んぐんぐ」
とっさに口を塞いでしまった。まだモゴモゴ何か言っている。驚いたなぁ。何なんだ、リアルすぎるだろ。
これじゃまるで、目を覚ましたら四畳半のぼろアパートで、目の前の挙動不審な男性に恐怖し、パニックになっている女の子の様な反応じゃないか!
ん? まてよ? 実際そうなのか? 俺自身パニックになりかけたが、まずは相手を落ち着かせることが先決だ。
「キミ、俺のこと分かる? 俺、君のマスター、長瀬拓海。認識出来たら頷いて返事をしてくれ。」
「んぐんぐんぐっ・・・・んぐ」こく
「今から手をどかすけど、大声とか出さないでね?」
「んぐんぐっ」こくこく
そっと手を離す。やはり、俺にビックリしただけの様だった。
アニメやゲームの世界では普通、高性能ロボットとかアンドロイドが起動する時は、最初から製作者を認識して、もっとこう、神秘的というか幻想的というかワクワク感がある目覚めなんじゃないのか?
「むー・・・・・・・。」
何だ何だ?今度は怒ってるぞ?そんな人格にした覚えはないんだけど・・・。
「こんにちはマスター!」(怒
「あ、あぁ、こんにちは」
「今日の天気は、雨ですね!きっと」(怒
「いや、聞いて無いから」
「私、怒ってますから!」(ぷんぷんっ
「言わなくてもわかるよ・・・何となく。怒ってるのは。」
とは言え、怒っている顔も可愛い。めちゃめちゃ美少女だ。
「何で怒ってるか、分かりますか?」
「いや・・・、全然わからん。・・・検討もつかん。」
「私を作ってる時、マスターは私の体に何したか忘れたんですか?!」
「えっ? いや・・・、愛情と情熱を込めて製作したつもりだよ?」
「・・・そうやってしらを切るんですね。いいでしょう。これを見て下さい。」
すると、パソコンのモニターに裸になって鬼気迫る表情の俺が映し出された。そしてその表情は時折さらに険しいものとなるのだが、暫くすると、達成感に包まれたような、賢者の様な眼差しになり・・・。
「なにーーーーーっ!」
思わず叫んでしまった。これは初めてロボットに肉付けを行った時、葛藤の末、理性が吹き飛んで、様々なプレイに及んだあの3日間の映像じゃないか!
いや、改めて客観的に自分を見ると、只のレイプ犯だな。我ながらがっつき過ぎだと思う。
「こんな酷い事して、どう責任とるつもりなんですか? 私、処女だったのに」(泣く
「い、いや。ほら、俺もその、童貞だったし? お相子って事で。」
「むーーーーっ」(ぷっくり
今度は、むくれてしまった。俺が想像してたファーストコンタクトと全然違うのだが。今はそんな事を考えている場合ではない。この場を収める必要があるのだ。
「えっと、じゃぁ、どうすれば・・・?」
「むーーーっ」(ぷっくり
「悪い事をした時は、何て言うんですか?」
「ごめんなさい?」
「むーーっ」
少し納まってきたようだ。
「マスターは私の大切なものを奪ったのに、私を作る上で、一番大切なもを決めてないじゃないですか!」
「一番大切なもの?」
「私の名前はなんですか?名無しの権兵衛さんですか?」
そうか、そういえば、まだ名前を付けてなかったな。それにしても名無しの権兵衛とは、随分古い表現だな。学習教材が古かったのかな?
「・・・そうだな、悪かった。・・・名前はもう考えてあるんだ。」
「キミの名前は・・・・、リアだ。 リアルだからリア。」
「り・・あ? りあ、リア、リア。」
目を閉じ、何度も名前を呟くリア。 その度に彼女の表情は和でいき、やがて・・・。
「じゃぁ、許してあげます。これからは大切にして下さいね!マスター」(にこっ
もはやロボット等とは呼べるわけもない。そんな無機質なものではく、もっとリアルに、俺には現実世界の女の子と変わり無いように思えたのだ・・・!
・・・・・・・・・。
と、個人的に感傷に浸っていたのだが、気が付けばリアが目の前で何かを探していた。
「えっと、リアさん? 何をしてるんですか?」
「あ、はい。マスター。前から思っていたのですが、この部屋は汚すぎるので、これから掃除をしようかと。だから、ゴミ袋と雑巾を探してるんです。」
衝撃的な発言である。能動的な人工知能が出来たとは思っていたが、勝手に掃除を始めたようだ。そもそも、綺麗・汚いとか掃除とか、そういった概念は特に意識して学習させてはいなかったのだが・・・。
「え? なんで? っていう顔してますね、マスター。今日から一緒に生活するんですから、家事全般はお任せ下さいっ! そもそも、私に言わせれば、どう我慢すればこんな酷い汚部屋に住めるのか、その神経が理解出来ません。」
「以前からマスターの生活は観察させて頂いて居ましたが、こんな環境でよく今まで病気になりませんでしたね? ゴミは貯める。布団は干さない。シーツも洗わない。まったく信じられません。」
またまた衝撃的な発言である。というか考え方が人間臭い。いや、これはリアルだ。リアルすぎるだろ。
「勘違いしないでよねっ。これは私の為にやってるんだから!」
キター、ツンデレ仕様だったか、この子は。いいねぇ。ツンデレはツボかもしれん。
「残念でした。マスター。私はツンデレ仕様ではありません。しかし、マスターにツンデレ属性があるのは認識しておりましたので、試してみただけです。実際ツンデレした後のマスターの口元はニヤっとしていました。」
「なにっ!?」
今日、何度目かの衝撃が走った。俺が製作したロボットなのに、俺が手玉に取られている感じだ。そんな彼女? は今、機嫌が良くなったのか、鼻歌混じりで部屋の掃除を始めたのだった。
目の前では、リアによって見る見る部屋が片付いていく。
ここで改めて今の状況を整理してみよう。まず、リアのソフト面、正確には人格? 性格? についてだ。
リアには自己学習を行った人工知能が搭載されているが、それは精々口調であったり語尾であったり、今よりも人間っぽさを補正する程度で、ここまで能動的な動作をするとは思ってもみなかった。しかも、俺の趣味嗜好は完全に把握されているらしい。さらに言えば、製作過程におけるエピソードも記憶しているらしい。
といっても、これについては、いつから記憶されているのか定かでは無いが、一つ言える事は、肉付けが完了した、あの三日間以降の記憶はあるようだ。
次にボディだが、以前、不気味の谷を最終的に化粧で補ったのだが、現在の服装はジャージ姿であり、露出が少ない為か、間近で凝視しない限りは本当に人間そのものだ。
そして、記憶についても、製作中既にカメラやマイクの接続はされていたわけで、当時のデータが記録がされていたのだろうか? ただし、録画はしていなかったと思うのだが・・・。
ともかく、こうして、俺とリアとの同棲?! 生活が始まったのだった。
次回の更新は2月3日の予定です。