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不気味の谷

 夜中にふと目が覚めることがある。

 なんといっても四畳半のボロアパートだ。


 犬の遠吠え、パトカー、救急車のサイレン。風が吹けば壁全体がミシミシ軋み、そして隣の部屋からは切なそうな女性の声が。。。とにかくクリアに聞えるのだ。


 タツオさん、それにしても好きだねぇ、痴漢モノ。


 隣の部屋で絶賛上映中であろうAVの内容を分析しつつ、このアパートの耐震基準って震度いくつなのだろうか? などと、下らない事を考えながら再度眠りについた。


 自立歩行するスケルトンを完成させたのが二か月前、それからというもの、毎晩リアルな人体模型と生活を共にした。骨格や筋肉を精巧に製作しすぎた弊害なのだが、中々に苦痛だった。

 夜中に目を覚ますと、そこに等身大の人体模型が直立しているのだ。築40年の部屋と相まってホラー映画さながらの迫力があった。理科室のアレよりリアルなのである。

 参考までに理科室のアレは大体15万円位らしい。最初は、これって儲かるんじゃね?! とか思ったが、作る手間を考えると、とてもじゃないがこれで商売をする気にはなれなかった。

 第一、コミュ症の俺には接客や営業などハードルが高すぎる。


 しかし、拘ったのにはわけがある。


 一部で人気の大人用の人形(ドール)をご存じだろうか? オリエンタルな会社が販売している、不気味の谷を越えたともいわれる、そのリアリティあふれる肉感! もとい質感!


 目指すべきはアレである。


 翌日、なけなしの貯金をはたいてオリエンタルな会社からドールを購入し、最後の肉付けとしてボディ全体を覆ってみたのだが、やはりというか不気味の谷は超える事が出来なかった。


 しかし、ある意味では満足した出来だった。

 否!満足したのだ。それこそ大満足だ。


 首から下は!!!


 想像して欲しい。人間のように機械音もせず、滑らかに動作するロボット。自己学習により女性風の動きを完璧なまでに再現したそれは、最早ロボットと呼称するにはふさわしくない。確実にアンドロイド的なものへと進化していた。質感もきわめて人間の其れに近い。


 しかし、どうしても顔が不気味だ。レイプ目とも違う。何なんだこれは。


 だがしかし、だがしかしである。それがどうしたというのだ?首から下は完ぺきではないか!


 俺の息子は頻りにゴーサインをだしている。

 「これからの世の中、アンドロイドに童貞をささげる日常が、すぐ側まで来たってことじゃないか! あんたはその記念すべき第一号になれるんだ! 大体、顔がなんだ! あんたにはそれを克服できるセンスがあるじゃないか!」


 「しかし息子よ、これは大切な試作機なのだ。最早我が娘といっても過言ではないだろう。そして、俺は紳士なのだ。そんな背徳的な事など出来る筈もない!」


 息子との脳内会議は壮絶だった。本能に従えと言う息子と、ロボットの生みの親としての俺の理性が葛藤した。


 「変態紳士が良く言うぜ! さらけ出しちまえよ! いいんだよ! 誰も見てない! ここにはアンタと俺しか居ないんだぜ?」



 両者の意見は平行線のまま、交わる事はない。もっとも、脳内世論は息子を支持しているようだが。


 「良く聞くんだ。息子よ。それはでただの変態ではないか!」


 「四の五の言わず、自分に正直になろうや。なぁ?」

 悪魔のようにニチャアとほくそ笑む息子(注:全て脳内会話です。


 若干の葛藤の末、脳内選挙を行った。

 結果、息子支持が圧倒的多数だった。


 ロボットにはアイマスクを被せた。アイマスク効果は絶大で、なけなしの理性など一瞬で吹き飛んだ。リアルでも十分通用する、アイマスクをした女子がそこにいたのだ。


 それから三日三晩、所謂、めちゃめちゃセクロスした状態だった。

 

 三連休の最終日。というか朝チュンが聞えてきた月曜日。普段とは比較にならないほどの賢者モードに陥りながら、俺は冷静に今後するべき事を整理していた。


 不気味の谷を克服するには何が必要か? 

 それを可能にするアイディアはなにか?

 衣服の準備も必要だ。当然下着も必要だ!

 そもそも、どうしてこうなった?(充実の3日間的な意味で)

 というか、どうやってクリーニングすればいいんだ!?


 ともかく裸はマズイ。もしここで俺が急死すれば、それこそ、大人用ドールで変態プレイを楽しんだ直後に孤独死を迎えた、哀れな若者だ。

 一先ず服を着せよう。どうせ着せるならワイシャツがいい。


 想像して欲しい。アイマスクの女性がワイシャツ一枚で同室にいるのだ。勿論他人の目は無い。


 2時間後、再度賢者モードに突入した俺は、あと一時間で出勤しなければならないという事実に体力的な不安を感じながらも、改めて、今後するべき事を整理するのだった。


 今回のロボットのコンセプトはリアリティの追及だ。一部パーツはリアリティが有り過ぎた為に、逆に非日常を体験してしまったが、ともかく、改良の余地があるパーツは顔という事が判明した。

 いや、これは三日前から分かっていた事だ。


 一周して、何も進んでいなかった。


 進んだ事と言えば、俺が疑似的にでも童貞を卒業した事だろうか?

 メンテナンス性を考慮し、局部的なクリーニングの弊害とならないよう、内部への防水処理を施すべきという発見があった事だろうか?


 ともかく、のこる工程は、顔と音声合成エンジンのチューニング、及び口調を含む性格の決定である。


 その日の夜は流石に体力的な限界を迎えたので、色々自粛し、一先ず衣類の確保に挑んだ。といっても、ネット通販なのでポチっとすれば自宅に届くのだが・・・早々に壁にぶち当たってしまった。


 女性の衣類というのは非常に種類が豊富だ。当然の事だが、コミュ症でボッチの俺は女性の衣類について考えた事が無かったのだ。アドバイスを受けようにも、都合よく隣に幼馴染の女性が住んで居るわけでもなく、ネット上に女性と思われる友人もいない。というかリアルにもネットにも友人が居ない。

 過去に、信頼していた友達に裏切られたのが切っ掛けで、それ以降他人とは距離を置いている。とかいう理由でもない。単純にコミュ症だからだ。ぶちゃけ他人と接するのが苦手なだけだ。


 散々悩んだ挙句、そもそも、「可愛い」とは何か「癒し」とは何か?「女性らしさ」とは何か?

 という哲学的な? 境地に至った。今朝までの行動により、とうとう俺もスキル=賢者の獲得に成功したようだった。

 いや、この際そんな戯言(スキル)はどうでもいい。


 ここは自分の直感を信じよう。想像力と脳内発想力なら誰にも負けない自信がる。


 結局、白のショーツとブラジャーのセットを1つ購入したのだが、宅配便を受け取った時の配達員の俺を見る目が痛かったという事だけは伝えたい。

 なぜなら品名に「女性もの下着」と書いてあったのだ!


 くそぅ。今時書かないだろう。


 そんなこんなで、俺のロボット製作は、不気味の谷を越えるべく新たなるステージを迎える事になった。

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