男の娘
「今帰ったぞー!」
「お帰りなさい! お爺ちゃん!」
そんな掛け声と共に、廊下の奥からトテトテと足音が聞えて来る。
「晩ごはん出来てるよ! 今日も、お婆ちゃんと一緒にご飯作ったんだよっ!」
チェックのシャツに、膝下までのパンツ姿で元気いっぱいに出迎える正太。
「おいおい、あんまり押すなってぇ。ちゃんと歩けるからよ。」
言葉の割にオヤッさんの顔は緩み切っていた。
最近は、家に着くとこういった出迎えが定着しつつある。
ここ、オヤッさんの自宅では、少し前から正太というロボットを迎え、3人暮らしを行っていた。家族が増えるというのは良いもので、オヤッさんもまさ子さんも、この年齢になって、俄然生きる気力が湧いてくるような、そんな充実感に包まれていた。
「今日はね、お婆ちゃんの肩叩きしたんだよっ! あとね、あとね、洗濯物を畳んでね、それからね~。」
3人で食卓を囲みながら、今日の出来事を身振り手振りで一生懸命説明してくる正太。オヤッさんもまさ子も、耳を傾けながら、随分賑やかになったものだ、と思っていた。
もちろん、悪い意味ではない。正太が来るまでは、お互い無言で食事をとり、たまに会話があるとすれば、どこどこの誰々さんが病気になったとか、亡くなったとか。そんな辛気臭い話が多かった気がする。
それが今ではこんなに華やいで、例えるなら、今までの生活がモノクロだったとすれば、現在はフルカラーになった、という程の差だ。
正太の話は続く。
「でね、でねっ。ボク、お爺ちゃんとお婆ちゃんの家の子になって、本当にうれしいよ。二人とも大〜好き。」
この子は本当に、人の涙腺を刺激するのが上手い。二人とも顔はニコニコしていたが、心では感激にあまり涙を流していた。意識しなければ、ロボットであるという事を忘れてしまう程だ。
「あと、リアお姉ちゃんも好き。でも、一番大好きなのは、拓海お兄ちゃん! ボク、将来は拓海お兄ちゃんのお嫁さんになるっ!」
ガチャンッ。
「あちちっ。」
「あなた、気を付けて下さいね。」
思わず湯呑を倒してしまうオヤッさん。
満面の笑顔で言い切った正太。しかし、内容は衝撃的だった。
確か、拓海の説明では正太は男児だったはずだ。と、オヤッさんは振り返る。そもそも正太はロボットなので、性別的な区分は本来ない。顔もきわめて中性的で、女の子と言われても違和感は全く無い。
それに、人工知能というのモノの仕組みを、オヤッさんは理解出来て居なかった。
しかしだ、それが男だろうが女だろうが、オヤッさんとまさ子さんの二人にとってみれば、孫という存在には変わりないのだ。
「人生ってやつぁ、面白れぇなぁ。今まで生きて来て、色んな事を経験し尽したと思ってたが、正太が来てからは、まだまだ経験不足ってぇのを痛感させられるぜ。」
「本当にそうですねぇ。」
テーブルにこぼれてしまったお茶を拭きながら、そう答えてくるまさ子。
どうやら、まさ子も同じ意見の様だ。長年連れ添ってきた夫婦に余計な会話は必要ない。
確かに、正太の発言は衝撃的だったが、年の功と言うべきか、それを飲み込むだけの包容力と順応性はあったらしい。まだまだ、凝り固まっただけの頑固爺では無い様だ。と、若干の安堵すら感じるオヤッさんであった。
「なら、貴方。明日は午前中から、この子の服を買いに行きましょうか。たまには、貴方とも買い物に行きたいわ。昔みたいに。」
「何言ってやがんでぇ。ったくよぉ。」
そう答えるオヤッさんの顔は、満更でもなさそうだった。
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さて、今日は正太のメンテナンス日だ。夕方、オヤッさんの家から正太を回収し、身体的に不具合が起きていないか、また、ログの取得を行い、ソフト的にもエラーが発生していないか? 等を確認するのだ。
と言っても、殆どの工程をリアが行ってくれる予定なので、俺は、向こうでの暮らしはどうか? とか、思いつくままに、そんな近況確認を行うだけでいい。
「マスター。これは私の予測なのですが・・・。いえ、何でもありません。」
「ところでマスター。これから、下着を買いに行きたいと思うのですが、宜しいですか?」
「オーケー。俺も一緒にか? 少し恥ずかしいんだけど・・・・。」
いいよ! アレな、ガーター付きの黒いのな! それか、後ろがTになってるヤツか、いや、紐も捨て難いぞ・・・。
いやー、それにしても困りましたなぁ。突然の宣言で。今晩はOK的なアレですか、サイン的な。
卑猥な笑みを浮かべながら、言葉とは真逆な、妄想全開の俺。
「はぁ、マスター。残念ですが、紐でもTバックでも有りません。ましてやガーターベルトなんて付いていません。」
相変わらず読んでくるね! 俺の思考。というか、嗜好か?
「強いて言うなら・・・、しましまでしょうか?」
しまっ、しましまっすか! いや、リアさん。確かにリアさんは美少女で、何を身に着けても抜群に似合うと思うよ?
それにしても、シマシマとは・・・、俺の予想の斜め上を超えていきやがったぜ!
上等だ! 受けて立とうじゃないか!
完全に妙なテンションになってしまった俺だったのだが、リアは相変わらず淡々としている。
リアから見れば、多彩な顔芸をする男に映っているのだろうか・・・?
1時間後、俺たちはファッションセンターに来ていた。
シマシマだけに、しましまっぽい名前の店に来た様だが、当のリアは、入店後直ぐに「マスター。折角ですので、マスターの服もご自分で選んでみては? 今回は、私が工場のアルバイトで稼いだお給料から、お支払致しますので。」とかそっけない事を言って、そそくさと別の売り場へ行ってしまった。
買ってくれるのは素直に嬉しいのだが、自分が製作したロボットから物を買い与えて貰うのって、どうなんだろう?「人類初のヒモ男! 相手は何とロボット!?」とか言われたら嫌だな。
まぁ、ぼっちの俺は、世間の注目度が低いというか、皆無なので関係ないのだが・・・。
結局、白いTシャツを5枚程選んだ。そろそろ首回りが解れてきて、丁度買い替えようと思っていた所だ。リアは既に自分の分の会計を済ませた様だったので、Tシャツの代金を支払って貰い、店を後にした。
「これっ、私がプレゼントしてあげるんだからっ! 大切にしなさいよねっ!」
「あ、うん。有難う。」
リアはたまにツンデレ口調になるのだが、初回以降、演技だと分かっているので、俺も冷静に反応した。正直、リアにはツンデレの才能は無いのかもしれない。というかツンデレとはなんたるか? の理解が足りていないのかもしれない。
「ホントに感謝してますか?」(むー
「してるって! 大切に着させてもらうよ。」
手を後ろに組み、上目使いで、少し不満そうに呟いてくるリアは、とても可愛いかった。思わずドキドキしてしまった。リアは綺麗系なのだが、時々見せる仕草はドキッとする程可愛いのだ。
「ならよしっ! です。」
満足げに頷くリアは、相変わらず綺麗で可愛かった。
これから一旦家に帰り、正太を回収しに行く予定なのだが、まさかオヤッさんの家で、あんな事態に直面する事になるなんて、この時には思いも寄らなかったのである。




