介護ロボ
拓海の勤務先である、町工場社長の自宅にて。
「いたたた・・・。」
朝、庭先に洗濯物を干していたまさ子は、突然の激痛に座り込んでしまった。
「貴方、アナタ!」
妻の悲痛な呼びかけに駆け付けるオヤッさん。
「どうした! 何があった!!」
「いたたた・・・、腰が、腰が痛いの。アナタ。」
どうやらまさ子は、ぎっくり腰に成ってしまった様だった。
苦難はあったが、仕事一筋に打ち込む夫と、それを支えてきた妻。小さいながらも工場を所有し、最近では、ロケット用の部品まで受注している。振り返ってみても、胸を張って、真っ当な人生を歩んできたと主張できる。そんな夫婦ではあったが、そろって60代半ばに差し掛かり、初老を迎えている。
不安なのは只一つ、子宝に恵まれなかった。と言う事だ。目前まで迫ってしまった老後生活。会社の存続問題。この大きな二つの課題を、認識はしていたのだが、自分たちはまだ若いと言い聞かせ、向き合う事を後回しにしていた。
何とかまさ子を抱え、寝室まで運び込むオヤッさん。
「ごめんなさいね、アナタ、手間をかけてしまって。でも大丈夫、少し休めば仕事場へも行けるわ。今日は、月末の経理の集計の日ですもの。」
「そんな事はいいから、お前はここでゆっくりと休んで居なさい。」
安静にしているようにと、妻に念押しをして、出社したオヤッさんであったが、事務処理はずっと任せきりだったために、自分一人では全く終わる見込みのない伝票の山を前に、流石に参っていた。
「くそ、この計算書を完成させて、その後振込にも行かなきゃなんねーし・・・。」
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珍しいな。今日は、まさ子さん来てないのか。月末なのに。
普通であれば、月末月初は、まさ子さんが事務処理を行っているはずだが、今日は、何故かオヤッさんがそれを行っていた。
「おい、拓海!」
ん、オヤッさんに呼ばれたぞ? なにかミスでもしたかな? しかも今日のオヤッさんは、なんか鬼気迫るものあるし・・・。
「はい。」
「おめぇ、高校出てたよな。アイツがな、ぎっくりやっちまって、今日は会社に来れない。そこでだ、お前に経理処理を頼みたいんだが、できるか?」
「えっ?! あっ、えっと、俺、高校って言っても中退ですから。しかも工業高校なんで、経理とかさっぱりです。」
そんな俺の返答を聞いたオヤッさんは、まぁそうだよなぁ。的な表情で諦めかけていたのだが、
「ちょ、ちょっと待って下さい。実は経理関係に伝手があるかもしれません。」
「なんだと!? 今、連絡取れるか? 出来れば今日入って欲しいんだが。勿論給料は払うぞ。」
「今聞いてみます。」
俺はそう言うと、スマホを片手に、「リア、会社で問題が発生した。今から来れるか?」と、リアにメッセージを送った。
すると、一瞬でメッセージが返ってきた「了解しました、マスター。10分後に到着予定です。」
「オヤッさん。後10分でここに来るそうです。」
「そうか、助かったぜ!」
「すいませんオヤッさん。実はソイツ、社会経験が全然ないんで、仕事とか出来ないかも知れません。」
「拓海、いいってこった。こんな急な話なのに、態々来てくれるってぇだけで有り難てぇじゃねぇか。」
オヤッさんはこう言ってくれているが、問題はリアをどう紹介するかだな。親戚か、妹か? いや・・・顔も声も似ていないし。さて、どうしたものか。
そうこうしている内にリアがやってきた。
トントントン・・・、ガチャリ。鉄製の扉を開けリアが工場に入って来た。
「初めまして、リアと申します。拓海さんの依頼で伺いました・・・。あ、タツオ様、お仕事お疲れ様です。」
周囲を一瞥し、タツオさんに反応するリア。
「あぁ、リアちゃんかっ! お疲れさん。」
何々? タツオさんってリアの事知ってたのか!? そんな事聞いて無いぞ。っていうか普通に溶け込んでるな!しかも、TPOに応じて俺の事もマスターでは無く、名前で呼称している。
まったく、器用な人工知能である。
「オヤッさん、コイツがさっき言ってた助っ人です。」
「初めまして。社長様で御座いますね? リアと申します。」
「お、おぅ、態々すまねぇな。突然呼び付けちまって。ちっとばかし、経理の作業を頼みたいんだが、やってくれるか? それから、社長様ってぇのは、どうにも性に合わねぇ。周りからはオヤッさんなんて呼ばれてるんだ。」
「畏まりました。それでは、以降は”おじ様”とお呼びさせて頂きます。」(にこっ
おじ様って、なんか違うだろ、それ。いや、でも当のオヤッさんはまんざらでも無い顔してるし、まぁいいか。
オヤッさんから、簡単な仕事の説明を受けたリアは、凄いスピードで作業を始めている。
「おい、拓海。」
オヤッさんが、小声で耳打ちをしてきた。
「あの嬢ちゃん、大丈夫なんだろうな。疑ってる訳じゃないんだが、そろばんも電卓も使わねーで、書類作り始めたぞ?」
「あ~、リアは計算が大得意ですから。大丈夫です。心配なら、後でいくつか検算してみて下さい。」
実際、リアは人工知能なので、態々計算機の類を使用する必要はない。現在のリアは、傍目には暗算で伝票を集計し、請求書を始めとした、経理関係の書類を作成しているだけなのだが、実際には、オヤッさんや、まさ子さん等が記載した手書きの伝票や、プリンターから打ち出された書類まで織り交ぜられた情報を、光学的に文字として認識し、演算を行っているのである。特にオヤッさんの字は凄い癖字だ。良く間違えなく読めるな。
関心していると、タツオさんが、近づいてきた。
「オヤッさん、リアちゃんみたいな別嬪さんが居ると、職場が華やかになっていいですね!」
「なんだ、おめぇも嬢ちゃんの事しってんのか?」
「知ってるも何も、拓海んトコで同棲してる子すよ? 自分はロボットだー、なんて素っ頓狂な事言ってますけどね。あそこまでの器量良しは、中々居ないですよ。性格もいいし。礼儀正しいし。まったく、拓海はどこで、こんないい子を捕まえてきたんだか。」
等と言い、小指を立てながら、にやけ顔で肘鉄をしてくるタツオさん。・・・痛いですよ。でも本当にロボットなんだけどね。
「皆様、お茶でも如何ですか?」
今度は、リアがみんなにお茶を振る舞いだした。ほんと馴染み過ぎだろ。ゲンロクさんなんて、既に飲み始めてるし。
「折角の好意だが嬢ちゃん。頼んだ事は終わったんか?」
オヤッさんが鋭い指摘をして来た。そりゃそうだ。別にオヤッさんは、お茶汲みを雇った訳では無い。
「はい、おじ様。この通り。全て完了しております。 この後振込に行かれるのであれば、この請求書をお持ち下さい。」
そうってリアが説明した机には、丁寧な文字で記された、請求書や伝票類や集計資料が、綺麗に纏まっていた。その内のいくつかについて、電卓で検算を始めるオヤッさん。
「すげぇな。全部あってやがる。嬢ちゃん、助かったぜ!」
そう言ってオヤッさんは、銀行へと出かけて行った。
オヤッさんが外出中の間、リアが入れてくれたお茶で、休憩を取る事にした。その際、まさ子さんがぎっくり腰に成った事や、タツオさんは、リアが起動してから、直ぐに面識を持っていた事などの雑談をした。
その後、夕方まで工場の清掃等を手伝ったリアだったが・・・。
「マスター。おじ様の家に行って、まさ子様に急性腰痛症、所謂ぎっくり腰の治療をして差し上げたいのですが、宜しいですか? 検索した所、ぎっくり腰は初期治療が重要との事です。」
こんな事を言ってくる。お人好しなロボットもいたものだ。もっとも、自発的という意味では、そこがリアらしいと言えばリアらしいのだが・・・。
オヤッさんに確認した所、是非に、という話になったので、仕事が終わってからそのままオヤッさんの自宅に向かう事にした。
途中オヤッさんとは一旦別れて、スーパーに向かった。まさ子さんがぎっくりでは夕食の支度に困るだろうからと、リアが夕食の材料を買うためだ。資金は本日のアルバイト? 代金である。何処までもお人好しなロボットだ。
「マスター、これは、マスターが日頃お世話になっている方への、恩返しの一環でもあるのです。私だって、誰彼構わずこんな事をする訳ではありませんので。また、私自身、おじ様の工場が無ければ、誕生しなかった可能性が非常に高いのです。ですから、只の”お人好しなロボット”的な目で、私を見るのはやめて下さい。」
相変わらず、人の思考を読むのが得意なんですね。リアさんは。
その後、リアから整体を受けたまさ子さんは、立って動けるまでに回復した。リア曰く、ぎっくり腰に成った時は、安静にしてはダメなんだそうだ。
結局、夕食もご馳走になり、と言っても、作ったのはリアなのだが、長居をしてしまった。まさ子さんは終始「まるで娘が出来た様だ。」とご機嫌であった。オヤッさんも、酒の進みが早かった所を見ると、機嫌は良かったはずだ。時計が9時に差し掛かった時点で、明日も仕事なので、と言ってオヤッさん宅を後にしたのだった。
そんな帰り道。
「マスター。お願いがあります。おじ様とおば様の家に、生活補助用のロボットをプレゼントしたいのですが、宜しいですか?」
リアの事だ。自分が誕生する切っ掛けとなった工場を、今まで経営して来た、オヤッさんとまさ子さんに対し、役に立ちたいと思ったんだろう。二人の年齢を考えると、介護ロボ的な物になるだろう。結局、お人好しなんだよな。リアは。
それにしても、相変わらずの上目使いだ。可愛いな、もう!
俺の返事は決まっている。
「よし、そうするか!」
こうして、2体目のロボットと、第2世代とも言える、新たな人工知能の製作が決定したのだった。




