#9 門番様はお強くていらっしゃいます
趣味の悪い怖面の金剛像は侵入者を鋭い眼光で睨みつけている。
ロロカンデは部屋に入って直ぐにその場で動きを止めた。下手に行動すれば、超巨大な奴が自分たちを仕留めようと動くかもしれない。
百パーセント言えることは、この金剛像が確実にこの部屋の守護者であり、殺戮の為に造られた兵器である事。
これだけ大きい形をしているのだから戦闘用なのは間違いない。人間なんか此奴のパンチ一発で御陀仏だろう。
さて、どうやってこのピンチを切り抜けるかだが、先ずは金剛像が起動する切っ掛けを突き止めなければならない。音か、赤外線か、はたまた温度か。この世界なら魔力センサーも有るかもしれない。
どうであれ、それさえ解明出来ればこの像とドンパチやらなくて済む訳だ。動かさなければどうって事は無いのだ。
ロロカンデは頭を捻る。
「どうしたんです、マスター。こんな所で立ち止まって。さっさと先に進んじゃいましょう。」
「え? ちょっ、まっ……」
遅かった。
後からマスターを追ってきたエスカが、無邪気に先を急いでしまった。
探検気分だったのか、声を荒げ、身体を大袈裟に動かし、部屋を照らす紫茜の光に真っ向から抗ってしまった。
金剛像の目は赤く、紅く、血く、真紅に、深紅に、真っ赤に……染まる。
「オオオオオオオオオオオオオオオォオォォォォォォーーーーー!!!!!」
これ迄沈黙を保っていた正面の金剛像の一体が呻き声をあげながら座していた椅子から飛ぶようにして離れ、空中で片足を上げ踏み潰そうとしてくる。
五十メートルもの巨体が目の前に立ち塞がった。視界の光が塞がれて暗くなる。
避けられるか?
ロロカンデはその場から地面を咄嗟に蹴って離れる。剛力の指輪の効果もあり、一瞬で凄い距離を移動できた。
普通の人間では動体視力が追いつかないが、ロロカンデは不老不死で有ることから生物としての枷が外れてしまっている。その為、防衛本能が機能しなくなり、身体の限界を超えた身体能力を引き出せる状態に有る。其れが功を奏した。
先程までロロカンデが居た筈の石畳は跡形も無く粉砕され、十メートル程の底の暗く深い窪みが出来ていた。
金剛像は再びロロカンデとエスカを鋭い眼光で捕捉する。狙いは、未だこの二人のようだ。
金剛像の顔だけが人間ではあり得ない角度でロロカンデの方を向く。
奴の口がマリオネットの人形の様に、顎が外れ、スライドされながら開かれる。
その口内の向こう側には宇宙に広がる漆黒の闇と同じ色を覗かせる。
ギュルルルルルルルルルルルルルルルゥゥゥゥーーーーーーー!!!!
「「……!?」」
エネルギーの本流が金剛像の口の中で一つに形成されていく。集められる光で目が眩む。
「おいおい、スペシウム光線でも放つつもりかい。そういうのは幼少期に卒業したんだけどなあ。」
技を止める猶予も無く、躱せる速度でも無かった。
バウウウウウーーーーー!!!!!
あっという間に熱を帯びた紅く神々しい光がロロカンデとエスカの身体を包みこんだ。
跡形も無く何もかもが消し飛ぶ。
ロロカンデとエスカは『不死鳥の加護』の力でなんとか回復を果たしたがこんなのはもう二度と喰らいたくないと思う。
「大丈夫です。私達には剛力の指輪が有ります。これであのでかいのを殴って粉々にしてやりましょう。」
「いや、恐らく巨人の体表の独特な光沢は金属によるものだろう。金属は延性が有るからね、殴ったところで凹むだけだ。だから関節を狙って奴が動けない様に『千切る』方が効率がいいと思うよ。」
「了解しました、マスター!!!」
エスカは金剛像に飛び込んで行く。そして、金剛像の肩に乗り、怪力で腕と肩を引き千切った。其れだけでは終わらず、次は顔を狙い、同じく後頭部から切断した。手際がとてもいい。
エスカは千切った頭部を空中に放り投げたが、金剛像も最後の悪足掻きか、顔だけになってもまたエネルギーを収束させ、光線を放ってきた。
先の光線とは違い、空中で一本の線が分裂して幾重もの光線となり襲ってきた。
これも喰らってしまったが、だがこれで終わりだ。もう直ぐ金剛像は動きを止めるだろう。何故だか目の前の残り二体の金剛像は稼働していないから、これでもう二人を襲う敵はいない。
「良くやったな、エスカ。」
「有り難う御座います、マスター。」
二人が目の前の敵に勝利してほっとしていたのも束の間、
ギチ、
ギチギチ、
ギチギチギチギチ、
ギチギチギチギチギチギチギチギチ!!!
「なんの音だ!?」
「マスター!あれを見てください!!」
そう言ってエスカが指を指したのは先エスカが千切った金剛像の身体の一部だった。
ウネウネしながら何処かへ向かって動いている。
「そうか。不味ったねえ。ひょっとしたら俺たちだけじゃないかも知れないよ。不死身なのは。」
地球には形状記憶合金という特殊な金属が存在する。名前の通り、一度形を記憶すれば、後からどれだけ形を歪めても時間、若しくは温度変化を与えることによって元の形に戻る金属だ。
其れに近いのかも知れない。蠢く金属は再び元の金剛像の形に戻ってしまった。傷すらも見当たらない。
「オオオオオオオオオォオォォォォーーーーー!!!!!」
再び、空間に呻き声がこだました。金剛像は復活を果たしたのだ。
「うわあ、あれだけバラバラにしたのに回復しちゃうとかどんだけしぶといんですか!気持ちわっるいですねえ。何とかならないんですかねえ。」
「其れだけじゃない……、みたいだよ。」
金剛像は自分の手を残り二体の金剛像の背中に当てた。
またもや変化を始め、一度大きな金属塊になった後、今度は大きさが先の倍、頭三つ、腕六本の異形の形に変現した。その姿は正に巨大な阿修羅像。
「はは……」
ロロカンデは余りの出来事に言葉を失い、生半可な気持ちでここに来たことを心底悔やんだ。