#6 サービス中なんです
「何日程度不老不死をご所望ですか?今なら初回限定サービスで三日以上で一日無料ですが。」
そして、ロロカンデの懐から出てきた紙――料金表だった。
一日不老不死で依頼主の大切な物を一つ。三日間以上で一日だけ大切な物を献上する義務が無くなる。大切な物が依頼主の本当に大切な物かどうかは店主であるロロカンデが判断する。
「そうだなー。じゃあその三日間+一日コースで頼むわ。」
「畏まりました。では、お客様にとって大切な物を――」
「此処にある宝全部やるよ。」
「はい?」
ロロカンデの口から気の抜けた声が聞こえる。
何故なら宝は全部で二十数個。三日間と云わず二十日間は不老不死になれる。
「宜しいので?」
「ああ、気にすんなよ。客が店主に媚び売ってんだ。それに、【魔勇の時計塔】は一日ありゃ最深部まで行けることにゃ行ける。罠を抜けて死ななきゃだけどな。まあ、そういうこった。その代わり、次回は俺だけに取って置きのサービス頼んだぜ。」
「え?……ええ、畏まりました……。では此方にサインをお願いします。自分だと分かる名前で結構です。」
メレディスはペンを持つ。契約書にサインしようとするが『カツカツ』とペンと机の擦れ合う音が聞こえるだけで字が書けない。
「ん?字が書かさらねえぞ、オーナー。まさか俺の宝じゃぁまだ足りねえってことか?」
「いえいえお客様。このペンのインクは契約者の血と決まっているので御座います。隣に有るインク溜めに自分の血を注ぎ、ペンを浸しながら契約書にサインをするのです。血を出す際は目の前のナイフをお使い下さい。数滴で結構です。説明不足だったことはお詫び致します。」
「いやいい。だけど、いちいち面倒くせーからよ――」
そう言うとメレディスは片手にペンの先を突き立て、そのまま直線を描く様に上から振り下ろした。血が噴き出しペンも赤く濡れる。
その行動にロロカンデ目を丸くして驚く。なんて破天荒なのかと。
メレディス自身は気にも止めずに契約書にサインしていく。『メレディス・ロッセオ』
「これでいいよな。」
「は、はい。では契約の儀を始めます。」
ロロカンデは手を合わせ、親指を十字に交わらせる。そして、詠唱を始めた。
【我、汝に永遠の生を与えん 不老故に老いず、不死故に死なず 身体を蝕む咎を討ち払わん 不死身の祝福を今 此処に顕現する――――『アスクラピア』】
魔法陣がメレディスを中心に展開され、紫苑の光が彼を包み込んだ。手の甲には不老不死を示す蛇遣い座の象徴である蛇と杖の紋章が浮かび上がる。
暫くして光は消え、これで完全にメレディスは不老不死の肉体を手に入れた。
「ふむふむ。違和感は感じられねえのな。」
机の上にあったナイフを片手に取り、腕に傷を付ける。傷は青い光と共に跡形も無く消えていった。
「御満足頂けたでしょうか?不老不死の身体は。」
「ああ、満足だぜ。これなら【魔勇の時計塔】もイケる気がしてきたわ。命に変えられるもんはねえからな。最低、死にまくって最深部まで行けなくても人生をリスタート出来るんだからそれだけで御の字だ。」
この後メレディスは高らかに笑い、「また来るぜ!」という言葉を残し『ダブルスクエア』を後にした。
この時、ロロカンデとエスカは目を見合わせ、ホッとした表情だった。
内心、上手く初回の客をもてなせた事に安堵していた。
「マスターちょっと良いですか。」
「何だい? 何か手違いでもあったかい?」
「いえ、ただ、メレディスさんが持って来た宝の山……私なら今すぐにでもあの宝を倍に出来ますが。」
「そういうさあ! 人の努力を踏み躙ること言うのやめない!!!?」
***
そもそも、俺はこの世界に関する情報を余りにも知らなすぎる。
そこでだ。俺は提案した。地球には公安やFBIなどの諜報機関が存在し、上手く社会に紛れながら情報を獲得していくのだ。
酒場の店主をしながら世間から情報通の人間を頼りに諜報活動したり、空港会社のライセンスを取得して、国家間の情報も共有していると聞く。
つまり、俺たちも何か店を開き、そこで情報集めをして、俺のさらなる研究の材料とするというわけだ。
そして、店内作りはエスカに任せ、『思念の紙』に店の情報を書き込み、55個あった扉の一つを違う部屋に移動させて、そこで営業を始める事にしたのだ。
アイテムはエスカが何でも創造する事が出来るらしく、店の完成は直ぐだった。
因みにこの『ロロカンデ』と『エスカ』は偽名だ。こっちの世界で通用する名前を選択した。
店の開店当日、早速『思念の紙』をもって第一号の客が姿を現した。
意外だったのが、店に来て早々、疑うことも無く「俺を不老不死にしたくれ!」と濁りの無い眼差しをこちらに向けてくるのだ。結構胡散臭い店だと自分でも思ってたんだが、流石は異世界。地球の常識を普通に超えてくる。
んで、契約は終わり、熱血漢で、でも何処か腐っている様な印象を持ったその客は俺の店を出て行った。
そして今。
「じゃあ、俺らも行こうか。【魔勇の時計塔】。人類未踏の最深部だって。気にならない?」
「めちゃくちゃ気になりますね〜。必要なアイテムを揃えて、あの客を追いかけます?」
「いや、俺たちは俺たちのプロセスで【魔勇の時計塔】を目指すよ。人に合わせる必要は無いさ。ホログラムで場所を確認し次第行こうか。ふぅ、研究者としての血が騒ぐね。」
ロロカンデ・ヘンドリアリ、人類未踏を目指していざ出陣。