#5 ダブルスクエア
普通、街の建物の殆どが人目につく場所とそうでは無い場所に分けられる。そして稀にどっちつかずの、人にはあまり知られておらず、だからといって警戒される程人通りが少ないわけでもなく、最も人間の死角になりやすい建物が存在する。
その建物の中の一つ、『ダブルスクエア』という名の店を捜し、財宝家、メレディス・ロッセオは手に持つ地図を頼りに歩を進めていた。
(しっかし、こんなところに店なんか出てんのかよ。)
アクセスと集約率を考えるなら人目につかない店は大切な顧客を失う原因となる。だが気密性を重視した場合、それは逆に最大の利点となる。
つまり、それが意味するのは『ダブルスクエア』は秘密裏に営業されており、手足を掴ませない系統の、裏の仕事を専門にしているということ。
メレディスが持っている地図は通称『思念の紙』と呼ばれるマジックアイテム。紙に書かれている情報を心から欲する人間の元にのみ届くと言われる。
内容は
――今宵、不老不死を欲する者よ、己が大切にする物一つと引き換えに、我その者に力を与えん。下の店に来れよ。――
街の大通りを抜けて喧騒が静まった丁度そのあたり、地図の示す地点に到着し、寂れた一軒家を確認する。インターホーンはなく、ドアノブの所には『ご自由にお入り下さい』の文字が書かれた看板がかかっていた。
少しの躊躇いを感じながらもドアを引く。ギシッと音を立てて、ドアは六十度程開き、その隙間から中を覗くとダンジョンでよく見かける宝刀や宝石の類でレトロな雰囲気を醸し出す店内が見えた。
「「いらっしゃいませ」」
ゆったりとした男の声に可愛らしい女の子の声が聞こえる。
定員に見つかったため、後に引けずそのままの勢いで中に入る。
店内は哀愁漂う記憶に残りそうもないうらぶれた外装とは打って変わって、何処にこれ程の空間があったのかと言わんばかりの豪邸に、店主の趣味が加わった幾つもの年代物の装飾といかすオブジェが立ち並ぶ。
「どういったご用件で来られましたか?」
扉を開けて正面、そこまで高度差のない階段、その向こうに声の主がいた。
一歩一歩慣れない足取りで階段を進み、その先の部屋に足を踏み入れる。
「いや、この紙が届いたんで寄ってみたんだが……。単刀直入に言うぜ。俺を――――
――――俺を、不老不死にしてくれ!!」
思い切って『思念の紙』を前に差し出す。
男は紙を見て頷くと女の子に飲み物を持ってくるように伝え、この場はメレディスと男の二人だけになった。
「そうでありましたか、では、手続きが必要になりますのでこちらにどうぞ。」
勧められた椅子に座り、男と対面する。目の前の机にはペンと契約書のような紙が置いてあった。
男は白衣と装束を合わせた変人の格好で、ロマンの欠片も無さそうな外見、飄々としたイメージを感じる佇まい、その割には筋肉密度が高そうな身体、まるで摑みどころのない青年だった。
「自己紹介が遅れました。私はこの店のオーナーのロロカンデ・ヘンドリアリと申します。そして、こっちが、」
丁度奥の厨房から戻ってきた女の子はメレディスの前にスイートピーの香りがする紅茶をそっと置き、
「この店のウェイターを勤めます、エスカ・K・ル=グウィンです。以後お見知り置きを。」
少女は礼儀正しく自己紹介をした後深々と頭を下げた。
どこかあどけなさを漂わせつつも、年の割には妙に気品があり、つい目を引き寄せられてしまう。
翡翠色の髪がたなびき、メレディスは、彼女がつくる誘惑の幻想世界から暫く抜け出せないでいた。
「お?おう。……俺は趣味でトレジャーハンターをしているメレディス・ロッセオだ。今後ともよろしくな!」
手を差し出して握手を求める。
実はこのメレディス、握手で相手の人間性と性格を読み取る、一種の読心術や心理学に近い技能を持っていた。
(お、結構強く握ってくんのな)
ロロカンデを、初見の相手でも構わずがっしりと手を握られる、結構芯の通った人間だと判断した。
しかし、だからといって頑固というわけでもなく、かかる負担に合わせて柔軟に曲がる芯を持っている。
「では、早速儀に入りたいのですが、その前に……『不老不死』を手に入れて何に使うかだけお聞きしても宜しいですか?」
メレディスは待ってましたと言わんばかりの手早さで手に持っていた収納型空間魔法のかかったバックを徐ろに机の上に置き、その中から、自分が最近集めたばかりの財宝をロロカンデに見せつけた。
「俺はこれまでダンジョンやら遺跡やら、はたまた盗賊団のアジトまで色んな所を旅してきたんだわ。そんでこれが、俺が苦しみ紛れ、やっとの思いで手に入れてきた宝の山さ。」
『翼馬の靴』、『鯨王の鱗』、『心臓の石板』、その他諸々、ロロカンデは宝の全てを見下ろし、
「これは凄い。良くこれ程の財を揃えられましたね。相当な手練れだとお見受け致します。」
これに気を良くするメレディス。
「いやいや、そんなことは無えぜ。俺にゃ拝むことすらもままならねえ伝説級の財宝がこの世にはまだまだ存在するんだからなぁ。
というか、俺はそいつらを手に入れる為にこうして、今日、『不老不死』になりに来てる。」
メレディスは上半身の服を脱ぎ、背中を二人の前に晒した。
傷だらけ――焼かれた痕、抉られた痕、刺された痕、殴られた痕、削られた痕――の背中。メレディスの苦労を物語るには充分だった。
「これは、俺が宝を手に入れる為に負った傷だ。別に傷を負うことはそんな気にしちゃいねえ。見返りにガッポガッポ儲けられるんだからなぁ。代償としちゃ充分だ。だが、次、俺が潜入するターゲットではそう悠長なことは言ってらんねぇんだ。
受けちまった少しの傷が命取りになるんだよ。俺は今度――」
少しの気の緩みが致命的になる次のメレディスの戦場、それは、
「――――【魔勇の時計塔】に潜入しようと思ってんだわ。」
【魔勇の時計塔】―――そこに足を踏み入れて戻ってきた人間は、ファティマの機関を除いて誰もいない。
そして、その最深部を目撃した人間はゼロ。未だ、人類のいき届かぬ場所、それが――魔勇の地に佇む時計塔。
主人公が店を出す経緯はまた次の話で。