#4 異世界事情
ダンジョンにある数多の部屋の一つ、中央に広がるホログラムにそれを見る二人の、研究者と童女。
ホログラムに映るのはこの世界を表す球体とその名称、つまりは異世界版地球儀。ありとあらゆる場所の地理を正確に映し出している。
この星の自転周期は24時間。公転は365日。地球と至って変わらない。ただ変わるのはその地理。この星は人の住める場所が三層に分かれている。天界、現界、魔界という名で区別され、そこに住む種族にも大きく偏りがある。天界には天人族、現界には真人族、魔界には魔人族が多く暮らしており、その割合は9割を占めている。
そして、この星には未開の地がまだ残っており、人の行動範囲は科学技術が進歩した現代の地球に比べれば狭い方である。
しかし、驚くことに陸、海の割合が7対3であることがホログラムを見て判断できる。地球とは真逆の割合だ。これがこの星に如何なる影響を及ぼしているのか、それはまだ俺には分からない。
「この黒い霧が掛かっている場所は何だい。故障かい?丁度魔人族の活動範囲だけれど。」
「ああ、そこには魔力結界が張られていてそこの地理が分からない様になっているんですよ。
何でも魔人族は皆生まれながらに魔法の才持っているらしく、その中でも魔王クラスの猛者になれば国一つ覆い隠す程の魔力結界を張ることも可能なんです。
これは噂の域ですが、何でも魔人族は他の種族と戦争を起こす準備をしているとか。それで、地域の警戒網をこういう形で強化しているって聞いたこと有ります。」
物騒な話だ。戦争なんて……。
先程、童女が俺に入れてくれた紅茶を嗜みながらホログラムを回して地球全体を見回す。
紅茶を掻き回すのと同じ速度で回る地球儀のところどころに赤い点が散布されている。
「この55個ある赤い点は何だい?先の大きい部屋で見た扉の数と同じだが。」
「良くお気づきですね。あの部屋の扉の一つ一つはこの赤い点が位置する場所に空間的に繋がっているんですよ。
元々、ダンジョンは異空間に出来た部屋の様なもので、それが意思を持っただけに過ぎません。そしてその異空間と現世の地球を繋ぐのがあの扉です。」
先に俺が扉を押しても引いても開かなかったのは童女がロックをかけていたかららしい。
童女が後ろで手をカチャカチャし始めた。手に握っているのは鍵。それもすごい数だ。
「こんだけあると面倒ですからね。まとめて一本にしましょう。マスターキー的な。」
みるみる鍵が一つに集約されていく。結果、一つの小さな鍵になった。
へえ、そんなことも出来るんだなぁと彼女を見つめる。
それに気がついた彼女は、
「アイテムの創造、合成、変換などは何でも出来ますよ。今や私はマスターのお陰でダンジョン界でもトップレベルの実力です。出来ないことを探す方が難しいってヤツですよ。えっへん!」
小さいお腹を一生懸命に張りながらアピールをしてくる。腹じゃ無くて胸を張れよと言いたいが、俺のおかげだなんて少し照れ臭い。
「じゃあさ、透明になれるマントとか生成出来るかい?」
ジェスチャーで四角いマントの形をつくる。
童女はそんなの当たり前ダゾと言わんばかりの顔で、
「生成 『不可視マント』」
と唱えた。
ボンッ
という音とともに彼女の手には黒と黄金色で装飾されたマントが握られていた。
俺はそれをまじまじと見つめながら、手で少し触ってみる。ポリスチレン性の肌触りだ。
「おお、 現物自体は透明では無いんだね。素材も結構頑丈そうじゃないか。」
「そうですね。マントそのものが透明だとどこにいったか分からなくなっちゃいますしね。
マスター。折角ですし羽織ってみます?」
その言葉に甘えてマントを背中から被せる。冬に着るコートの様に全身をくまなく包みこんだ。
「ではマスター。左手を腰にあて、右手人指し指を上に挙げ、イナバウアーしながら、大きな声で『インビシブル!!』と唱えて下さい。コツは大声でお腹の奥から叫ぶことです。」
え……それちょっと恥ずかしいんだけど。大の大人がさあ、なんか子供っぽくない?まあでも羞恥より好奇心を俺は優先する。
左手を腰にあて、
ビシッ!
右手人指し指を上に挙げ、
ビシッ!
イナバウアーしながら、
グニンッ!
腹から大きな声で、
「イィンビシィィィブルウウゥゥぅーーー!!!!!!!」
沈黙が走る。
………。え? 何にも起きないんだけど。
横を向けば、隣でプークスクスとが笑いを堪えきれず嘲笑をかましている童女の姿が目に入る。
なんか、ムカッ!
「正直に言え! 俺を騙しただろ。」
「い、いえ、そんなことは…くすっ、あるわけ、フフッ、ないです、ブフッ!」
嘘だ。絶対嘘だ。笑ってんじゃん!……俺は――こんな童女に騙されたのか。
口元がにやけすぎて三日月型になっている童女はそのまま俺の前で笑い続ける。
暫くして、呼吸が元に戻り、笑いはやっと収まったらしい。
「冗談はさて置きマスター。『ロスト』と唱えるだけでオッケーですよ。それで透明になれます。」
「先言えやい。超絶恥ずかしかったわ。もう嘘じゃないだろうね。」
一応念を入れとく。
「心配ご無用! 次は本当です。」
「よし、じゃあ、『ロスト』」
その詠唱と共に俺の体は段々と透けていき、最終的には俺の身体は全てが見えなくなった。今俺の視界からは俺の胴体と足では無くダンジョンの地面が写っている。
「おっ、成功の様ですね、マスター。どうです。これで私の凄さ、理解して貰えました?」
「うん。君が凄い(S)ということが良く理解出来たよ。」
童女のSっ気はさて置き、これからこの世界でどう生きていくか、俺は良く考える必要が有りそうだ。
次回、『不老不死』始めます。