#2 ダンジョンコア
謎の声が途切れ、俺は気がつくと見知らぬ遺跡の一室にいた。
というのも、ここに来てから少し歩いてみて漸く現実を見られたというか、最初はただ呆然と足が運ぶに任せてそこら辺を徘徊していたわけで、来ていきなり「ここは遺跡だ」と冷静だった訳ではない。
歩いて分かった情報をまとめると俺が今いる様な部屋は合わせて30部屋。そしてその他に此処よりも大きい部屋が5部屋あった。
その部屋の一つに扉が56扉も有る不気味な部屋もあったが、いざその扉を開けようとしてもびくともしなかった。
あとは大浴場を見つけたくらいだろうか。水が流れる音が聞こえたので辿って行ってみたらあった。
「しかし、一体何処なんだ、此処は。」
ふと、思った事を口にしてみた。何も無く、静寂ばかりのこの空間で一人はやはり寂しかった。だから誰か第三者に話しかけるようにため息交じりで聞いてみた。
『はい、マスター。ここはダンジョン第101号です。』
「……」
またか。声が聞こえてくる。幼さがまだ残った思春期間近の可愛い女の子の声だ。
内容に触れておくと俺が『マスター』でここは『ダンジョン』ということになる。
何をふざけててこんな場所に子供が来ているのだと保護者的な視点から心配したい気にもなったが、ひょっとしたらここが彼女の家で、ダンジョンごっこに興じているという可能性もあり得るとみた。
「ごめんね。ちょっと道に迷っちゃったんだ。ところで君はここの家の子かい? 姿を見せてくれると嬉しいんだけど。」
聞いていることがもう怪しい。下手したら少女を狙った誘拐犯だと間違われてもおかしくない。
だが、仕方のないことだ。気になることはやはり気になるのだ。研究者の性だ。
『家? そうですね。ここはマスターのお家です。そして私がそのお家です。ああ、今姿を見せますね。』
次の瞬間、地面に魔法陣の様な紋章が浮かび上がったかと思えば、そこからエメラルド色で長髪の、年齢でいえば童女辺りの女の子が俺の前に地面から湧き出る様にして現れた。
これには、流石に俺も驚いた。不可能の文字が頭をよぎる。そう、俺の地元ではまず不可能。数々の手品で場を盛り上げるマジシャンでさえも見たら卒倒間違いなし。
そして俺は悟った。ここは……異世界だ。
「マスター、マスター!! 何でぼーっとしているんです? 顔色も冴えないみたいですが。」
情報整理を脳内で行っている途中で容量をオーバーしたハードディスクの様に微動だにせずフリーズしていた俺は彼女の言葉でふと我に帰った。
「ん? ああ、大丈夫だよ。うん。大丈夫だ。」
自分に言い聞かせる様に、自分自身に暗示をかける様に、ここが自分の新しい現実であると己に諭す様にそう答えた。
漸く気持ちの整理がついたところで疑問に思ったことを聞いてみる。
「ところで、マスターって俺のことかい?君の主人になる様なことをした覚えはないんだけどなあ。」
「いえいえ。何をおっしゃる、我が偉大なるマスター。貴方様は私が生まれてからこの命尽きるまで付き従えると決めた唯一のお方なんですよ。」
うん。返答になっていないな。俺はその理由を聞いているのに。まあ、取り敢えずこの子が何者かだけ気になる。俺が主人であることの真相はまた今度でいい。
「分かった。じゃあ俺をマスターと呼ぶ君は一体何者だい?」
童女はその言葉を聞くとズビシッと人差し指をこちらに向け、ドヤ顔で饒舌に語り出した。
マスターに指を向けていることには触れないでおこう。
「良くぞ聞いてくれました。私はこのダンジョン第101号のダンジョンコアであります!!
私の座右の銘は主人愛。マスターの為なら危険を顧みず火の中水の中、雷の中、ベッドの中何処へでも。料理、掃除、ビジネスから世界征服まで一家に一台以上欲しくなる高性能な機能を兼ね備えたこの私は、惜しむことなく身体の隅から隅まで全てマスターのものです。」
ピピー。俺の元いた世界で今の台詞言ったら間違いなく警察署に連れて行かれるよ。まあ、残念なことに連れて行かれるの俺だろうけど。
ここは冷静に話を進める。
「ダンジョンコアか。つまり君はこの遺跡の主人みたいなものなのかな。」
「そうです、そうです。流石は我がマスター、物分りがお早い。ですが、私とマスターの間の理解に齟齬があると困るので一応説明を。
大まかに説明するとダンジョンコアの主な役目は自分のダンジョンを成長させること。そしてその為には人間の生命力が必要なのです。私たちダンジョンコアはダンジョンに来た人間から生命力を吸い取り、それを燃料としてダンジョンの階層を増やしたり、アイテムを生成したり、魔物を生み出したりします。つまり、生命力を多く獲得すればする程ダンジョンで可能な事が増えるというわけですね。」
人間の生命力。そんなものは概念でしかないと思っていた。だが、目の前の童女はそれが概念ではなく燃料という一種の物質として扱っているという事実に、長年生命に向き合い、研究材料としてきた自分は興奮を隠せずにいた。
「では君も人間の生命力を集めてここを作り出したとそういうことだね。実に興味深い。生命力……一体それはどういうものなんだい。どんな形で、どんな匂いで、そしてそれはどれほど美しいものなんだい?
色は?質量は?そもそも触れられるのかい?人によって特徴とか有るのか、それともそれとも……」
自分の中の好奇心が絶えない。今なら我を忘れて彼女となんだって話せそうだ。
「生命力というのは人間の発する気の様なものです。質量は有りません。ただ溜まってゆく感覚は有るので確かに存在しますよ、生命力は。目で見たことは有りませんけど。」
そうかそうか、生命力というものにはまだまだ謎が多いのか。しかし、地球にいた頃よりもより生命の本質に近づけた気がする。不老不死にまた一歩近づいたんだ。俺の悲願が叶うのも近いかもしれないと思うと気持ちが昂ぶってくる。
「ですが、私はもう生命力は必要有りません。いや、必要がないと言うと嘘になっちゃいますね。具体的に言えば私に必要な生命力は別に他の人間から頂戴しなくても、もう既にマスターから充分な量頂いているということです。」
生命力を俺が彼女に与えた? 記憶には無いが気を失っている間に彼女に何かされたのだろうか。それとも俺をここに送った声の主の仕業なのだろうか。
「心配ですか?生命力を奪われるというのは。しかし大丈夫です。私一人を賄うなんてマスターにとっては序の口の筈です。何せマスターは『不死鳥の加護』をお持ちなのですから。」
不死鳥……俺が目指し憧れた幻獣の名を確かに目の前の彼女は口に出してそう言った。
主人公設定
年齢 28歳
身長 179㎝ (180㎝台の人間にコンプレックスを抱いている)
髪の色 黒 (大学時代は茶髪だった)
好物 ピーマンの沢山入った青椒肉絲
趣味
趣味はコロコロと変わる性格ではあるが、最近は朝にランニングをして脳の血液循環を促してから研究に取り掛かるのが趣味。