#1 異世界転移
気がつけばそこは蒼白が彼方まで続き、身体から倦怠感を根こそぎ奪っていく不思議な空間だった。
死後の世界がここだと言われれば軽く信じてしまう程に気持ちが良く、しがらみの多い生から解き放たれた開放感が感じられる。
過去への執着すらも微塵も無くなっていた。ここが、どこであろうとも、此処こそが新しい自分の住む世界なのだと受け入れてしまえる。
しかし、何故だろうか。生に執着は無くなったが、未だに俺は、俺が忘れているはずの記憶を欲している。これだけは忘れてはいけないという記憶を。
仕方なく、己の生を振り返る。薄っすらとした記憶の断片がやがて大きな記憶の塊となり全てを思い出すことができた。
そうだ、俺は死んだんだった。あの時、一羽の『鳥』を助けて。
*** これは過去の話
俺は研究室で働くしがない勤務者だった。研究テーマは『不老不死』。「何を馬鹿げたことを」と良く周りからは馬鹿にされたこともあった。
しかし、俺からすれば他人の批評などどうでも良く、亡き父の悲願の為に淡々とこの研究を続けた。
父は医者だった。とは言っても別に手先が器用なわけでも、先端機器を取り扱うハイテクな人間でも無かった。しかし、患者に一心になって接することの出来る優しい医者だった。近所さんからの評判も良かった。
しかし、父は優し過ぎるが故に落ち込むことも多くあった。当然だが、父がどれだけ手を尽くし、治療を施そうとも死んでしまう患者さんは沢山いた。
それが父には耐えられなかったようだ。普段は常に笑顔を忘れない父も、自分の部屋では毎日のように泣いていた。このことは息子の俺だからこそ知っている彼の一面だ。
その姿を見た子供の頃の俺は思った。人が死なない世の中が有ればどんなに幸せだろうかと。
しかし、日が経つにつれて『死』が失われれば今の世界は崩壊してしまうという当たり前に気がついていった。死も一種の風流で有る。日本人が彼方より大切にしてきた概念も此処に有る。死は俺にとって尊いものになった。
だが、俺は貪欲に永遠の生を求めた。死の尊さを知ったが故に生もまた自分には一層輝いて見えたのだ。
研究に進展は殆ど無かった。が、ある日、一匹の鳥が俺の家に忍びこんできた。窓、扉といった家の外と中を繋げるものは全て閉まっていた筈なのにだ。その鳥は、青白い光を身体に宿した美しい鳥だった。
鳥は俺が窓を開けてやるとそこから出て行った。
その数日後、街を歩いているとまた偶然その鳥を見つけた。いや、見つけてしまった、その鳥が道路の中央で羽を傷つけ横たわっているのを。
車が近づいてきていた。距離は既に残り10メートルを切っていた。何故だろうか、俺はその時、考えるよりも先に身体が動いていた。
ブルースリーも見習えと言わんばかりの咄嗟の行動力だったと思う。無事鳥を外に押し出し救う事に成功したのだから。
まあ、当の本人が死んでしまったのだが。
***
――聞こえますか?優しきお人よ。
あゝ声が聞こえる。柔らかく、空間そのものを包み込むような声だ。初めは自分の頭を疑ったが、どうも気のせいでは無さそうだった。
――私のペットを救ってくれてどうもありがとう。お礼に貴方に私の出来る最高の恩返しをさせてくれませんか?
声の主は自分が何者か告げる事なく、真っ先に俺への恩返しを口にした。
言っていることの意味は不明だったが、俺はどうすれば良いのか分からずただただ頷いた。
――それでは、第二の人生を貴方が最も欲する形で叶えましょう。
第二の人生か、言わずもがな俺は『不老不死』に憧れ、父に憧れ、そしてあの鳥の様に美しくありたいと思った。
そして、その思いは思わぬ形で現実となった。