可憐なる彼女が天から落ちた理由(3)
「そのまま、包まって黙秘を突き通すのも勝手ですが、この流れですと沈黙を肯定と捕えますがよろしいでしょうか?」
四月一日が布団を被って反対側を向いてしまった西條さんに話しかける。
僕が見る限り反応は無い。
すると、四月一日は全く関係の無さそうな話を笑顔で始める。
「いやー、最近の情報網って便利ですよね。インターネット。これは世紀の大発明
だと私は思いますね。誰でもそう思うでしょうが」
四月一日は相変わらず笑顔を浮かべたまま続ける。
「年齢、出身地、性別等、現在分かるものから”西條さんの過去”なんて簡単に割り出すことができるのですから」
今度はピクリ、と僕にも分かる程度の反応を示す西條さん。
四月一日は続ける。
「西條可憐。子役時代は最上香恋ですか――いやー、子供の時も随分可愛いですねー」
そこから四月一日は最上香恋であった時の、彼女の、西條可憐の説明を始める。
要約するとこうだ。
西條可憐は、子供時代。正確には三歳から十二歳までの間、最上香恋の芸名で子役を務めていた。
だが目立った経歴は無く、テレビ等の表舞台に出たことはほとんどない。
しかし、当時の講師の個人ブログにはこうあった。
『私の教えている子で、とても演技のうまい子供がいる。とても演技とは思えないような演技だ。本当にそう感じて、そう考えて行動しているかのような、全く台本を思わせない演技だ。』
これに続いてこうも書いてあった。
『しかし、彼女は本番では全くうまくいかない。声が上ずるし、台本は忘れる。非常に惜しい人材だ。』
――と。
「ま、それこそが演技だったのでしょうが。講師すら騙しうる最高の演技力。感服します」
ここまで、西條さんの素性を語ってきた四月一日だが、重要なところは想像でしかない。
根拠が無いのだ。
そして、諦めるつもりは無いらしいと判断した西條さんが布団をどかして、ベットの横に座り直して四月一日に正面から向き合う。
「根拠が無いのよ、根拠が。証拠は何? あたしが演技をしているって証拠」
西條さんが黙秘権の行使を取りやめる。
事実、西條さんににはこの手しか残されていなかった。
つまりは、四月一日の推理を論破して、四月一日の推理が間違えていたと証明すること。
なにも、わざわざ四月一日の虚言に付き合う必要はない。
全ては妄想だと切り捨て、頭のおかしい奴だと無視をすればいいだけのことなのだ。
しかし、西條さんにはそれができない。
きっちりと否定できなければ、黙秘は四月一日の推理が”間違いでは無い”という事実を生む。
それでもここまでならただの妄想で済ますことができる。
では今一度、四月一日が正しいことを前提に西條さんの利益を考えてみよう。
一つ、ストーカーである凍島麗奈さんを隔離、つまりは刑務所に入れること。
二つ、一之宮先輩との愛を深めること。
三つ、その他人物の同情を誘うこと。
事件の責任を犯人である凍島麗奈さんに押し付け、以上の利益をあくまでも副産物であると証明しなければならない。
つまりは、四月一日との間に禍根を残したまま帰すことは出来ない事になる。
これは、四月一日が間違えていたとしても発生する利益であり、その利益は西條さんにとって捨てがたい物だったのだろう。
「証拠はありませんよ。ただ根拠はあります」
澄ました顔で、四月一日が西條さんをまっすぐに見つめて言う。
しかし、四月一日の口から出てきたのはトンデモ理論だった。
「あなたの行動の全てがあざとい」
「「はっ?」」
僕と西條さんの声が重なる。
言いがかりもいいところだった。
西條さんが、顔を引きつらせながら四月一日を挑発する。
「はっ、なんですか。あれですか、自分は恵まれていないから、恵まれているあたしが羨ましいんですか」
「恵まれている? あはっ、確かにそうですね。西條さん。あなたは恵まれている方だと思いますよ? イケメンの彼氏にそれを妬むことなく応援してくれる周りの人々。恋愛は時に人間関係を難なく崩壊させます。しかし、それを回避しているだけでなく、周りとの関係も友好と来た」
四月一日が微かに笑みを浮かべながら、西條さんが恵まれていることを認める。
そして続ける。
「でも、その幸せを守るために凍島さんを貶めたとも考えられる」
「だから……」
西條さんが何かを言おうと、身を乗り出すが直ぐさま四月一日に遮られた。
「あーはいはい。根拠ですよね。根拠。まず第一に、イケメンエース、独占。しかしなぜ周りは応援する? 第二に、なぜ『男子禁制の誓約』を? 第三に、現場を発見することができたら証拠が直ぐに見つかった?」
四月一日は肩をすくめる。
「西條さんがそうなるように操作しているからですよね? 第一のイケメンエース独占。普通ならば、お子様体系の誰にでも優しい女の子が彼女になったら、それこそいじめの対象となってもおかしくない。美少女であるならなおさらね。」
さらに、続ける。
「第二に。こちらは西條さんと男子間の交友関係を良好に保たないようにでしょうか。男子と会話をすると、自分を言い様に見せてしまって惚れさせてしまう可能性があるから。だから、会話を拒むことによって自分の価値を有から無に変えた」
四月一日が解説している間、西條さんはただ黙って耳を傾けていた。
「そして第三。こちらは西條さんを犯人。もとい、黒幕だと思い始めた理由ですが。こちらは至極単純です。私ほど捻くれていなければそのまま情報を鵜呑みにしたことでしょう。教室に入った瞬間簡単に分かりました。乱れた机。指紋が擦れたような跡の付着した窓ガラス。警察ならば指紋を採取して、犯行現場と決定づけることでしょう」
西條さんはただただ、俯いていた。
四月一日が真剣な表情で語り掛ける。
「その反応。やはり、計画通り。ってことなんですかね? 反論してくださいよ」
「ち、違う! そんな事考え付くなんてどうかしてる。確かにあなたの提示する利益は実際に発生するけど、わざわざ死にかけてまですることじゃない」
顔を上げて四月一日と見つめあう形になった西條さんに、四月一日はあることを教える。それはつまり、
「嘘ですね。知ってますか? 人は嘘を吐く時、無意識のうちに視線をずらしてしまう」
だからですね、と、とてつもなく良い笑顔で四月一日は言う。
「だからですね、人は意識して嘘を吐く時、”視線を真っすぐにする”んですよ?」
「――っ!」
声にならない声を出す西條さん。
「ま、こんな小手先のテクニックは初心者でもできる大したことのない物ですよ。さっき言いましたよね。コールドリーディング。私の取得しているこの特技の内容を説明しましょうか?」
「…………」
無言で四月一日を睨み付ける西條さん。
四月一日は臆することも無く、笑顔で言う。
「嘘を吐く時、人は多からず少なからず罪悪感を感じます。それは無意識の行動に現れる。例えば、目線。例えば瞬き。例えば仕草。あとは会話のスピード等ありますね」
「そんなの証拠の無いただの言いがかり……」
西條さんの反論を、四月一日は言わせない。
「証拠? ふふふ、ほんと、犯人って証拠って言葉好きですよねー。何かあったら証拠。追い詰められたら証拠。そんなの自白しているのと変わらないじゃないですか」
「チッ。だからなんですか。あたしがわざと落とされたとして、どうやって裁くつもりですか? 落とされたのはあたし。落としたのはあの女。それは事実だし、あたしは悪くない」
もはや逆切れとも言える反論だが、実際のところそうだと僕も思う。
証拠は無し、落としたのは凍島さんで、推理した四月一日も、落とされた西條さんも、そして何より落とした凍島さんがそう証言しているのだ。
しかし、四月一日は一歩も引くことなく、あるものを取り出して言った。
「どうやって裁く? こうやって」
取り出したあるものとは、今ではほとんど見ることは無いかも知れない。
銀色の”ボイスレコーダー”だった。
西條さんの顔が青ざめる。
「なっ、だ、だからなんですか! 何罪ですか!」
「そんなの知らないけど」
四月一日は、何言ってんの? といった顔で西條さんの質問に答える。
「私は、探偵であって弁護士じゃないし。法律なんて一般人レベルしか知らないから」
いやいや、それは知っていないとまずいのでは。
もはやあっけに取られている西條さんに、四月一日は続ける。
「でもね、こういうのはどうかな。這入ってきて」
這入ってきて。
その言葉と同時にある人物が病室の中に這入ってくる。
それは、
「可憐……」
絶望的な顔をした一之宮先輩と、凍島さんだった。
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詰まるところ、四月一日の考えた今回の落ち。もとい、落としどころは和解だった。
西條さんは凍島さんを告訴しない事。
凍島さんは二度とストーカーをしない事。
そして、一之宮先輩はこれに懲りて、しばらくは女性と付き合わないことにしたようだ。
「はーあ。結局のところ、一之宮先輩も救われないねー。愛し過ぎたいけど、愛され過ぎたくない。永遠に結ばれないよね、あれ」
病院の前の道路。
一仕事終えて肩の荷が下りたのか、アーチ状のポールに腰掛けながら、背伸びをして四月一日は言う。
実際のところ、事件の流れはどうだったのだろうか。
そう思っていると四月一日が説明してくれた。
「今回の事件は、恐らくは凍島さんがいちゃついている一之宮先輩と西條さんを、見つけたことから始まったんだろうね」
二人を目撃してしまった凍島さんは二人が別れた後、西條さんに接触。
話があると言ったところ、ストーカーだと直感した西條さんが、一之宮先輩の教室へ誘導。
わざと窓に座ると罵詈雑言を投げかけ、凍島さんを怒らせ自分に掴みかかるように仕掛けた。
後は、実際に落とされようが落とされるところまでいかまいが、流れに乗って自分から落ちれば完成だ。
病院に搬送されて目覚めた後、凍島さんに落とされたと証言すればそれでいい。
そんなところね。と四月一日。
「なぜ、直接凍島さんを手に掛けなかったんだ?」
僕は疑問に思っていた。
なぜ、障害の直接的排除ではなく間接的排除なのか。
「そりゃあ、誰しも殺人はしたくないでしょ。それこそ、目的と結果が矛盾してしまうし。一之宮先輩とのスイートタイムを永遠の物にするために凍島さんを殺したら、一之宮先輩は殺人犯と結ばれることになるし、それこそ発覚したら、全部がおじゃんだからね」
「でも、下手したら死ぬようなことをよくやったなって思うよ」
そこまでしなくてはいけない事だったのだろうか。
「そこはちゃんと計算したんでしょ。落ちても死ななそうな高さ。木のクッション。土。人は簡単には死なないからね。後は凍島さんに悟られないようにするだけ」
「その演技力で女優とか、有名人をなんで目指さなかったのかな?」
「それこそ安直ね。有名になればお金はいくらでも手に入るけれど、お金以外は手に入らなくなる。西條さんにとってお金よりも愛の優先度の方が高かっただけでしょう」
ともすれば、自分の体よりも。と四月一日。
ふぅん、そういうものなのか。
でも、確かに有名税やスキャンダル。
自分を商品として売り出す以上、自由は無くなる。
僕は思考を切り替える。
「――それにしても四月一日、あれはズルじゃないのか?」
僕は気付いていた。四月一日が嘘を吐いている事に。
「あれって?」
四月一日は、はて? といった表情で考える。
「嘘を見抜く話。心電図で一発じゃん」
一発と言ってもそれにも技術を要するのだが。
「あはは、まあねー。心電図があるなら心電図見るじゃん、普通」
四月一日は笑う。
ということは。嘘が見抜ける話は嘘でミスディクションだった訳だ。
「ミスディクション? いいや? 実際に私は嘘を見抜けるよ? 今回はそれよりも確実な物があったってだけで」
まじかこいつ。
どうやら四月一日は嘘を吐くだけではなく、嘘を見抜く力もあるらしかった。
満面の笑みで四月一日は言った。
そして僕は、その言葉にため息を吐く。
「知らない? 巷で有名よ? 四月一日空音は嘘を吐かない、って」