可憐なる彼女とその彼氏、そしてその彼女(1)
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校庭に出ると、そこでは野球部が練習をしていた。
僕は休憩まで待つつもりだったのだけれど、四月一日はお構いなしにキャプテンらしき人を手招きで呼び寄せ、聞き込みを開始するのだった。
「こんにちわ。私は四月一日、こっちは月見里よ」
四月一日が、近付いてくるキャプテンらしき人に挨拶をしながら自己紹介をする。
それにキャプテンらしき人は帽子を取って挨拶を返す。
「こんにちわ。どうかしました?」
四月一日は困ったような顔で言う。
「ちょっと落とし物を拾いまして。西條可憐って女の子の物らしいのですが、誰か彼女の知り合いとかいないですか?」
さらっと嘘を吐いたな四月一日。
「あー、えっと、ちょっと待ってくださいね――おーい、みんな! ちょっと聞いてくれー! 西條可憐って女の子知ってる奴いないかー?」
キャプテンが大声で野球部員達に呼びかける。
すると六人の野球部員達が駆け寄ってくる。
そしてキャプテンの両側に、僕達を囲むように扇状に並ぶ。
「えーなにその子ー。ちょーかわいーどしたのー? 困り事?」
「俺が力になろうか? なんならその後も親密な関係を……」
戯言をほざく野球部員を他の部員が小突く。
そして耳打ち。
「おいバカ、どう見たって横のアレ彼氏だろ」
聞こえないようにしたつもりだろうが聞こえてんだよ。
そして、僕は四月一日の彼氏じゃない。
「――で、なんの話? 西條可憐さんがどうとかって言ってたっけ」
と、小突いた野球部員。
すると、小突かれた野球部員は、
「西條可憐って誰? 知ってる?」
と、小突かれた野球部員の反対側ににいる部員に聞く。
しかし、聞かれた野球部員は肩を竦めて、
「いや知らね」
なんで来たんだこの二人。
野次馬根性を発揮したのか、練習をサボりたかったのか不明だけれど、なんの役にも立ちそうにない二人をキャプテンは追い返そうとする。
「お前ら、野次馬ならさっさと練習に戻れ! サボんな!」
「まあまあ、せっかくここまで来たんですから、その好奇心を尊重して、話を聞くくらい許してあげましょうよ」
四月一日がトボトボと練習に戻ろうとした二人を見て助け舟を出す。
助け舟。と言っても四月一日の場合、無償運航ではなさそうだけれど。
「それで、話を戻してもいいかな。西條可憐さんの事なのだけれど」
「ああ、落とし物を拾ったそうで、知り合いを探しているみたいなんだ」
キャプテンが改めて野球部員達に簡潔に説明する。
「なるほど、俺達四人は西條さんと同じクラスなんで、多少は知ってますよ」
四人となると、野次馬だった二人を除いて、他はちゃんと西條可憐を知っていることになる。
知っていると言った部員が親切な提案をする。
「落とし物くらいなら、俺が渡しておきましょうか?」
だが嘘である以上、それは有難迷惑な訳で、
「あー、ごめんなさい。それはできないの。男子には見せられない物だから」
見せられない以前に物がないからな。
「男子には……見せられない物……ゴクリ。それは一体」
野球部員全員が息を飲む。
「乙女のヒ・ミ・ツ。です」
四月一日は唇に人差し指を当て軽く微笑む。
その所作に若干名後ろにのけ反る。
僕の場合はドン引きののけ反りだけれど、彼らは恐らく違うな。
心打たれる、って奴だろう。
ハートを射抜かれる。
四月一日と彼氏彼女の関係ではないとはいえ、幼馴染としてこんな場面に多少の嫉妬を覚えたりもするものだ。
しかし、でも、幼馴染でしかない以上、僕には四月一日のハニートラップ染みた行為を禁止する権利はない。
野球部員の反応が終わる暇なく、四月一日は切り出す。
まるで今のあざとさは計算ではないのだと言うように。
「ですので、私が直接家に届けたほうが早いと思いまして、流石に帰ってるでしょうし……校舎に残っているなら別だけれど。誰か彼女の家を知っている人いませんか?」
四人は顔を合わせ首を振る。
どうやらいないみたいだ。
そして、野球部員達は会話を始める。
「西條さん、女友達はそれなりにいるんだけど、俺はクラスで男子と話してるの見たことないな」
「確かに。見た目はちょっと幼めだからか、女子達には妹分みたいに扱われて可愛がられているようだったけど、俺も話したことないな」
俺も、俺も、と残りの二人も同意する。
となると、男子から得られる情報はほとんどないことになるのだろうか。
代わりに西條さんの友達を紹介するよ。と部員の一人。
「いえ、でも、こんな時間まで残っているんですか?」
部員の一人は親指で後ろの校舎を指して言う。
「大丈夫。生徒会だから」
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生徒会室前。
僕達の一時的救済処置のような仮住まいではなく、しっかりとした生徒会専用の部屋。
流石、学校の中で一番権力のある学生達だ。
扱いが少しは違うらしい。
「いーなー、私もちゃんとした部室が欲しいなー」
四月一日は、豪華な扉を前にして指をくわえる。
「部室があったところで大した用途もないと思うのだけれど」
どうせ、依頼が来るまでの待ち時間と荷物置きにしか使っていないからな。
四月一日は不貞腐れながら言う。
「失礼ね。ちゃんとあるわよ。依頼が来るまでの間に見るテレビだとか、依頼が来るまでの間に読む本を置いておく書籍棚だとか」
部活内容に直接関係ないじゃないか。
そして、言ってみただけのようで続ける。
「ま、実際あの教室で十分に必要な設備は整っているけどね。それはともかく生徒会室、這入っていい? 月見里」
「僕が引き留めたみたいに言うなよ……どうぞ四月一日」
僕は、扉の方に手を向ける。
コンコンコンと、三回ノックをして四月一日は観音開きの扉を開ける。
「失礼します」
生徒会室の中に這入ると、意外にも普通の感じのする部屋だった。
教室にあるものと同じ机、椅子、違うのは黒板が無い代わりにホワイトボードがあるくらいで、狭目の教室といった感じだろうか。
そして、教室中央で向き合った机に二人の男子に二人の女子。
僕達が生徒会室に這入ると、一番年上らしき、背中の中央まで伸びた黒い髪、高い身長の大人っぽい女性がこちらに近付いてきた。
「なんの用でしょうか?」
「初めまして、四月一日空音と言います。こっちは月見里真実。こちらに西條可憐さんのお友達がいると聞いて尋ねてきました」
軽く紹介されたので、それに習って一応軽く頭を下げる。
すると、近寄ってきた大人っぽい学生も自己紹介をする。
「私は生徒会長の太刀洗祢子よ――西條可憐さんの友達って誰?」
太刀洗さんは自己紹介の後、翻して机に座っている三人に問いかける。
「あ……それ私です……」
と、作業を止め小さく手を上げるおかっぱの女子。
そして、ゆっくりと立ち上がり、おどおどしながらこちらに足を運ぶ。
「ど、どうも、水道橋美里です。可憐ちゃんになにか用事でしょうか」
照れ屋なのだろうか、顔を若干赤らめながら俯き気味に僕達に話しかける。
「単刀直入に言わせてもらうと、今、西條さんの事が気になっている男子がいるんですっ! だから西條さんの事聞かせて貰っていいですか!?」
四月一日は声を大にして、水道橋さんの手を握る。
「えっ! もしかしてそれって隣の男子……!」
水道橋さんは僕を見て顔を一層真っ赤にして口を手で押さえる。
ん? 僕?
僕が西條可憐のことを好きだって!?
有らぬ疑いだ!
「えっ! いやっ! ちょっと! ちがっ!」
慌てて必死に訂正しようとする僕はすぐに四月一日によって引っ込めさせられてしまう。
「で、教えてもらっていい?西條さんの事」
「――えと、そう言う気持ちは大切だと思いますし、尊重したいと思いますけど、ダメなんです。可憐ちゃん、男子と話したらダメなんです。彼氏さんがいるから。約束だって、言ってました」
相変わらず、もじもじしながら水道橋さんは言う。
「男子と話すことを禁止? 随分と束縛気味な彼氏さんですね。男子と話さずに過ごすことなんてかなり難しいと思いますが」
顎に手を当てて、四月一日は考えながら言う。
「あ、いえ、男子と話さないって言うのは可憐ちゃんが自分で決めたことらしいんです。願掛けだとも言ってました」
結婚するまでの、と続ける彼女。
僕達は学生とは言え、既に結婚できる年齢に達している人もいる。
男性なら十八歳、女性なら十六歳。
西條可憐。
高校二年生。
十六歳。
彼女は、西條さんは既に結婚できる年齢に達している。
いくら見た目が幼かろうが、高校生だろうが、法律的には親の承諾さえあればなんの問題もなく結婚できる年齢だ。
自分の幼い見た目を気にして、決意の表れとして、確固たる意志として西條さんはそんな約束をしたのだという。
「その約束はずっと、一度も破ったことはないので?」
と、四月一日。
俯き気味に水道橋さん。
「はい、業務的に話さなければいけない場面は他の女子が代弁していたみたいですし、今まで一度も破ったことはないみたいです」
「ふぅん――そんな彼氏さんが誰なのか知ってます? そこまで心酔する男がどんな人なのか私が気になるので」
四月一日はまるで、自分が気になっている風に言うが、それは個人的感情ではなく、情報としてだろう。
水道橋さんはほっぺたに指を当てて考えて、
「えーと、確かバスケ部のエースで三年の一之宮先輩です」
「一之宮先輩ね、分かりました。でもそこまで心酔するような人なのなら、一之宮先輩はさぞかしおモテになられるんでしょうね。そのことで女子サイドからのいじめとかって無いんですか?」
四月一日は、心配しているかのように言う。
流れに乗って情報を集めているに過ぎないのだろうけれど。
「いえ、私が知る限り可憐ちゃんと一之宮先輩はお似合いのカップルだってみんな言ってます。みんな応援していますし『男子厳禁の誓約』の手伝いをしているくらいですよ」
「なるほどねー、羨ましい。私もそうやって正直に愛し合える運命の相手、みたいな人と出会いたいな」
四月一日は、そんなこと無理だけど。といった憂いた表情で独り言のように呟く。
「四月一日さんみたいな他人の為に頑張れる人ならすぐに見つかりますよ。私応援しますね!」
そんな四月一日を気遣ってか、水道橋さんは精一杯の笑顔で四月一日を励ます。
四月一日は水道橋さんの思いやりに答え、同じく笑顔で答える。
「うん、ありがとう。それじゃあ貴重な話どうも」
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「四月一日なにか分かった?」
歩きながら僕は、前を歩く四月一日に聞く。
「ん? なにが?」
振り向かずに四月一日。
「西條さんについて」
「うーん、そうねー。私は自殺未遂だとは考えにくいと思うかな」
曖昧にぼかした回答ではあるけれど、四月一日の考えは僕と同じだった。
「僕もそう思う。西條さんの人生は恵まれていると思う。それが幸せだとは一概には言えないけれど、好きな人がいて相思相愛で周りからも応援されるような恋。結婚のことまで、未来のことまで考えている西條さんが自殺しようとするとは思えない」
「でも、自殺未遂じゃないとしたら、なぜ西條さんは落ちたのか」
そう言って四月一日は歩みを止め、僕に向き合う。
僕は提示する。
「――例えば、四月一日は事故の線は薄いと言ったけれど、こうは考えられないかな? 例えば今日は午前で授業が終わる。愛しの一之宮先輩と下校したい。しかし一之宮先輩は部活だ。それならばお昼ごはんを食べなければいけない。そこで屋上に行って弁当の風呂敷を広げる。すると風が吹いて金網の有刺鉄線に引っかかる。それを取ろうとよじ登った結果……」
「考えられなくはないけど無いと思う。まず第一に愛しの先輩もお昼ごはんを食べるはず。もしかしたら愛妻弁当なんか作ってたかもしれないし。一緒にお昼ごはんを食べないとは考えにくい。それならば一之宮先輩が落下地点に来ないのはおかしい。そしてなにより落下した時間が不自然過ぎる。十五時過ぎ。お昼ごはんにしては遅すぎる。一緒に弁当を食べて、その後は一緒に体育館に行って部活を見ているだろうし、屋上にいる説明がつかない」
再び歩みを進める四月一日。
僕はそれについていきながら会話を続ける。
「なにか屋上に用事があったんじゃないかな? それこそ弁当箱だとかを忘れてきたとか」
「うん、その線はあると思う。どちらにせよ空想だけで推理しても真実には近付かない。だからこそ、今こうやって体育館に向かっている訳だけれど」
勿論体育館に行く理由は、一之宮先輩に話を聞くためである。
体育館に這入ると、そこではバスケ部が全面を使って部活動を行っていた。
四月一日は入口近くにいたユニフォーム姿の男子に話しかける。
「あのー、すいません、一之宮先輩いますか? 一之宮先輩の彼女さんの事でちょっとお話が」
「一之宮先輩? ――ああ! 凍島さんの!」
「え……凍島? ちょっと待って、凍島さんって……誰?」
「誰って、そりゃあ一之宮先輩の彼女ですよ。凍島麗奈。彼女のことで話に来たんでしょ?」