可憐なる彼女は如何様にして天から落ちたのか(2)
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僕が教師と現場に駆け付けると、四月一日が少女を傍らに広い場所に移動していた。
華奢で発育途中の様な体躯。
幼い顔つき。
短めの髪の毛を、サクランボのアクセサリが付いた可愛らしいゴムで、一か所だけまとめている。
近くで見た少女は、とても五階建ての学校の屋上から飛び降りたとは思えないくらい無事だった。
無事だった。と言っても意識は無く、むき出しの皮膚には木の枝が刺さっていたり打撲、擦り傷がある。
そんな、とても目も当てられないような惨状ではあった。
救急車が到着し、少女が運ばれるまでの数十分。
僕達はなにもすることができず、ただ無言でその場にいるだけだった。
少女が運ばれた後、教師に帰宅を促され僕達は荷物を取りに、部室に戻ることになった。
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『探偵部』とは言っても学校内活動であり、活動実績も一年しかない。
実際、命に関わる事件は初めてだ。
僕達は、終始会話を交わさず黙々と帰り支度をしていた。
そして、重い口を初めに開いたのは四月一日だった。
「彼女、私達と同じ高校二年生だった。名前は西條可憐」
高校二年生。
見た目が幼く、つい年下のように思っていたけれど、同い年だったのか。
「ん? でもどうやってその情報を?」
僕は唐突に出てきたその情報に驚くも、その情報がどこから手に入れたのか疑問に思って四月一日に聞いてみる。
四月一日は帰り支度をしながら、当たり前のことのように答える。
「彼女を救護するときに生徒手帳をちょちょいと。ポケットから」
「おい」
なにやってんだこいつ。
慌てて四月一日。
「い、いえ、初めからその気が有ったわけじゃないよ! 彼女が余りにも可愛かったから、ちょっと救命に託けて脱がそうかと」
本当に何やってんだこいつ!!
僕が体の前で手をバタバタさせて、言い訳をしている四月一日にドン引きしていると、四月一日はゴホンと咳払いをした。
「冗談よ。単純に運ぶときに腰に硬いものが当たって、見てみたら生徒手帳だっただけ」
僕はその言葉を疑わずにはいられなかったけれど、状況が状況なのでその話は流すことにして、飛び降りについて素朴な疑問を投げかけた。
「高二。十六歳。なにが理由で自殺なんて」
四月一日は、僕の素朴な疑問に真剣な表情で、厳しい答えを返す。
「自殺《《未遂》》ね。彼女は死ねそうにない。で、なに? 月見里、理由が知りたいの? 自殺する理由なんてその人の闇の部分よ。関係ない私達が関わって良い事じゃない。それとも、私に依頼する? 彼女の自殺の理由を教えてください。って。関係ない赤の他人のくせに、興味本位で」
本来であればそこまで言われる筋合いはない、と怒るところだけど、実際その通りなのだろうけれど、僕にはどうしても引っかかることがあった。
「あの時、目が合ったんだ。自殺しようとしてる人があんな悲しいような、助けを乞うような目をするかなぁ?」
自殺するなら……全てがどうでもよくなって。
全て投げ出したくなって、それこそ身を投げるのではないのだろうか。
「そりゃあ現実で助からないから、あの世に助けを求めて自殺するんだからするでしょ……って今月見里なんて言った?」
言いかけて、四月一日は僕の言葉に何かひっかかった様で、僕に先の発言を繰り返すよう頼む。
「え? 全て投げ出したくなってそれこそ身を投げ出す」
「そんなことは言ってない!」
僕の発言に、前屈みなりながら大きな声を上げる四月一日。
あ、これは心の声だったか。
「えと――あの時、目が合ったんだ。自殺しようとしてる人があんな悲しいような、助けを乞うような目をするかな?」
思い出しながら、先の発言の繰り返す。
僕の発言に対し、四月一日が食い気味に喋る。
「そうそれ! 目が合うってことは校舎側を向いてたって事。ちなみに頭から落ちてた?」
僕はあの時の、時間が長く感じた、西條さんが落ちた時のことを思い出す。
正確に。
「いや? 背中から。正確に言うならお尻から」
「それよ、なんで自殺する人が”校舎側を向いて落ちているのよ”。しかも木の上に。確実に死ぬなら校舎裏側の草木が茂る場所を選ばずコンクリートの校舎正面を選ぶべきだし、頭から落ちるべきよ!」
四月一日は興奮気味なのか、いつもより声を大きくする。
「校舎正面を選ばなかったのは誰にも見られたくなくて、後ろから落ちたのは高さで決心が揺らぐから、見ないようにして飛び降りたんじゃない?」
僕は一応、考えられる可能性を提示してみる。
こういった状況で四月一日が僕に求めるのは反論だ。
同意はいらない。
四月一日の考え付かない解を提示することで、四月一日の思慮が固定化されることを防ぐ。
大体論破される訳だけれど。
こんな風に。
「結果論だけど月見里に目撃されている訳だし、後ろから落ちる方が断然怖い。それなら目を瞑って頭から落ちたほうがいいと思う。後ろから落ちるのって落とされる感覚だから」
人間が死ぬとき、そこまで論理的に考えることができるのだろうか。
そう、思った。
そして、想像する。
落とされる感覚。
自分から落ちる感覚と、誰かに落とされる感覚では、確かに落とされたほうが怖そうだ。
落とされる感覚?
そこで僕は気付く。
「もしかしてこれって」
僕が気づいたことを確認して、四月一日は自分が考え付いたその可能性の話をする。
「そう、動機は分からないけれど殺人未遂の可能性があるね。勿論可能性があるってだけで、自殺未遂の可能性も捨てることは出来ないけれど」
そして、と続ける
「そして、さっきは月見里が依頼するの? と言ったけれど変更。依頼人は西條可憐本人。私が真相を暴いて見せる」
僕はやる気を出した四月一日に、先ほど四月一日自身が言った言葉を使い、諦めるとこを促す。
「いや、そうは言っても四月一日。自殺の理由はその人の闇の部分と言ったのは四月一日だぜ? それを暴くのか? 他殺だったとしても同じだろう。これはいつものような事件とは違う。人命が掛かったガチモンの事件だ。然るべき機関に任せるべきだし、僕達が関わるべきじゃない」
「でも、彼女はたまたま目が合った月見里に助けを求めたのでしょ?」
でも、それはそんな気がするってだけで。
「そんな気がするとか関係ない。月見里がそう思うならそれは真実よ。私は月見里を信じる――あと彼女の闇を知って脅迫してやる!」
ぐへへ、とだらしなく笑う四月一日だったが、僕は知っている。
四月一日は天邪鬼である事を。
四月一日は誰よりも、なによりも、他人の不幸を嫌う事を。
きっと今も彼女の闇を知り、解決したいと思っているのだろう。
脅迫するというのも、脅迫されたくなかったら自分で闇を解決しろ。
そして脅される理由を無くせ。ということだろう。
「それじゃあ早速、現場検証ね」
四月一日は、鞄を机に置いたまま立ち上がる。
「でも現場はさっき行ったよな」
僕の何も考えずに単純に出た言葉に四月一日は、
「何言ってんの」
四月一日は上を指差して言う。
「現場は屋上もあるでしょ」
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屋上扉前。
階段を登り切った、狭いスペースにただの一つとして存在する扉。
金属のフレームで、上側に小さな窓ガラスが構成されている。
四月一日が扉を開けようと、ドアノブを回すがガチャン、と見事に侵入
を拒否された。
「ふむ、早速閉鎖されてるみたいね。月見里、教師来ないか見といて」
そう言って、四月一日は周囲の散策を始める。
他に這入れるところが無いか探すのだろう。
自殺未遂があった現場をうろついている、こんな場面を教師に見られたらまずい。
そんなことかと思い、僕は階段の下に目をやる。
と、同時に後ろでガチャ、と鍵が開く音がしたので、もう見つけたのかと思い振り向くと、先ほど侵入を拒否された扉の前で四月一日が立ち上がるところだった。
そして、ポケットに何かをしまってドアノブに手をかけ回した。
すると、先ほどは侵入を拒否されたことが嘘のように扉が開く。
「あれ? その扉なにかが引っかかってただけだったの?」
僕は、四月一日に近付きながらそんな質問をする。
四月一日は当たり前のように返す。
「ううん、ばっちり鍵がかかってたわ。でも鍵がかかってただけで助かったわ」
はてなマーク。
なにを言っているんだ?
僕が頭に疑問符を浮かべていると、四月一日は軽く説明してくれた。
ポケットから”ヘアピン”を取り出して。
「鍵がかかっていた。なら解除すればいいじゃない!」
ドヤ顔でヘアピンを胸の前にかざす。
「よくねーよ! おいおいマジか四月一日。なにやっちゃってんの!?」
僕は、なんの戸惑いもなく犯罪を犯す四月一日に驚愕して思わず叫ぶ。
「もうやっちゃったから仕方ないわよね。帰りに閉めれば問題ないでしょう。ここで遊んでるとばれちゃうから、さっさと這入るわよ月見里」
「全く……」
僕は、呆れながらも仕方ないと諦める。
四月一日と行動するといつもこんな感じだ。
いつもハラハラさせられる。
見ていられなくなる。
見ていないといけなくなる。
目を離すとなにを仕出かすか分からない。
今みたいに。
屋上に這入ると、一面コンクリートの殺風景な場所で、他にある物は安全の為の背の高い金網と、僕達が這入ってきた場所。
つまり扉がある所の上にある、給水塔くらいのものだった。
僕は屋上を見回して一言。
「うーん、なにもないね四月一日」
僕の感想に、四月一日が返す。
「金網に給水塔があるじゃない」
そうだけどさ。
屋上を散策しながら四月一日は言う。
「至って普通ねー。金網が壊れていたりもしないし、変な物も落ちてない」
僕は歩き回る四月一日を、屋上の入り口から動かず眺めながら、思考を巡らせていた。
「これだと、屋上から飛び降りるには、金網をよじ登るしか無いみたいだな。有刺鉄線が付いているけれど、多少の傷を我慢すれば乗り越えられないこともない」
「そのようね――月見里、ちょっとあの金網乗り越えてみて」
僕の推理に四月一日が同調したと思ったら、流れでひどい提案をする。
余りにも自然の流れで提案された為、僕は答えてから思考が追いつく。
「オッケー……って! いやいや! 僕今多少の傷を我慢すればって言ったよね!? 多少の傷って言っても刺さったりするよ!? それをちょっと乗り越えてって、コンビニ行ってきてみたいに軽く言うなよ!」
しかも、これ乗り越えろってことは、行きと帰りで二回刺さるじゃねーか!
「冗談よ。やらなくてもいいわ。やりたかったらやって良いけど」
やらねーよ。何が楽しくてそんなことやらなくちゃいけないんだよ。
そんな会話を交わしながらも、四月一日は屋上の端。金網に沿って歩いていた。
そして、ぐるっと一周して僕の元に戻ってくる。
「……なにか分かった? 四月一日」
「――ここを探しても何も分からない事が分かったわ。月見里の方こそなにか分かった?」
腕を組んで、唇に手を当てながら、四月一日は言う。
考えることに徹していた僕は、四月一日が現場調査をしている間に出た予想を披露する。
「うーん、そうだな――もし金網をよじ登ったとして、あの落ち方だと乗り越えた時。つまり有刺鉄線を跨いだ時に、なんらかの理由で手が離れて後ろから落ちた、と予想するくらいかな」
「そうね、ぐるっと回って見てきたけれど、乗り越えずに金網の外側に行けるような場所はなかった。事故の線は薄そうね」
だとすればやはり、金網をよじ登って有刺鉄線を乗り越えた時に手が離れて後ろから落ちたと見るのが妥当だろうか。
でも、これだけじゃ落ちた理由までは分からない。
なんの証拠も無く、どうやって落ちたかが分かっても意味は無い。
ここにいても進展は無いと考えたのか、四月一日が次の行動を提示する。
「となると、探偵の次の基本動作。現場検証に続いて聞き込みね」
屋上から出ていこうとする四月一日の後ろ姿に、僕は投げかける。
「でも大体の生徒は帰っちゃってるぜ? 誰に聞き込みするんだ?」
すると校庭を指さして一言。
「部活、やっているみたいね」