ep7-タラバガニは種類的にはヤドカリ-
「わぁなんかすごいねー」
より良い関係を始めるために互いに挨拶を済ませた僕達は、咲が用意していた三段重を開封していた。
蓋を開ければ豪華絢爛というか、なんらかの祝い事や行事なのではないかと思うような艶やかな具材達が登場する。
「たしかにこれは凄いな……」
「ねぇねぇっ、これは?」
目を輝かせながら具材を指で指し示し訪ねる。
「えっと、それは……」
どうしよう、僕が作ったわけでもないのでまるで分からない。
見た感じカニ料理だとは思う。
『それは……ズワイガニですね』
言葉に詰まっているとイヤホンから助言がやって来た。
「ズワイガニ、たしかズワイガニだうん」
「へぇーじゃあこれはっ?」
さらに無邪気な瞳は輝き問いは続く。
『タラバガニです』
「タラバガニだよ」
「これはこれはっ!?」
『タカアシガニ』
「タカアシガニ」
「これ!!」
「ゼニガニ」
「ゼニガニ……」
「これにこれにこれっ!」
『上海ガニ、ベニタラバ、ケガニ』
「上海ガニにベニタラバにケガニ」
カニばっかじゃないかっ!!
なにこれ? なんで僕の昼飯がこんなカニ責めされてるの!?
「そ、そろそろ次の段行こう!」
カニ責めの流れから逃れようと次の段を開封すると、反り返った海老達が登場した。
『えっと次はですね、向かって左から伊勢海老、手長海老、車海老……』
「もういいよ……」
直ぐ様に次の段に移る。
海老の行列に柏本さんがより目を輝かせていたので早く次に進まなければ、昼休みの時間の内に食事すら始められないと思ったからだ。
「おっこれはいよいよ」
「わぁ、最後の段も美味しそうだね」
次に辿り着いた世界は白米の白、玉子焼きの金色、焼き鮭の紅、山菜の鮮緑に彩られた世界。
いわゆる普通のお弁当だった。
さらに目を輝かせた柏本さんが前のめりなっていく。
「ねぇねぇっ少し前の貰っていい?」
「もちろん、というか僕から誘った訳だし、一人じゃ全て食べられそうにないし」
「やた、ありがとうっ。はーむっ!」
勢いよく具材を頬張ると表情がとろけ気味になる。
その表情だけでどれだけ美味しいのか伝わってきそうな程に。
「そう言えば大丈夫だった? 僕がいきなり誘っちゃったけど誰かと食べる予定があったり、持参の弁当あったりしたりとか」
食事に箸が進んでいった所で少し不安だった所を口に出した。
「大丈夫大丈夫!今日は誰とも予定なかったし、いつもは学食でカツカレーやカツカレーやカツカレー食べてるだけだし」
頬にご飯粒を付けながら笑顔で返してくれる柏本さん。
その綺麗な容姿に風に撫でられる髪、そして子供みたいな仕草や笑顔につい見とれてしまう。
「んと……どうしたの? そんなぽけっとしてるとカニカニゾーン食べちゃうよ?」
「えっ!あっ!なんでももなんでもないっ!」
不思議そうに僕の顔を覗き込んでくる柏本さん。
そして顔がとても近い。
「そう? なんかおかしなの」
自分でも胸がバクンバクンしてるのが分かる。
そして鼻に残る甘い残り香のせいで鼓動は落ち着くどころか高ぶってしまう。
『隼人様隼人様』
「……な、なんだ?」
咲との会話を不思議がられないように小声で答える。
『今よろしいですか?』
「ああ、柏本さんはただいまカニに夢中でこっちには気付いてない」
『なら会話も問題ありませんね、では次のステップに移ってください』
「次の……ステップって?」
『もちろん次の約束を取り付けるのです』
「次の約束って!?」
思わず声を上げてしまった。
それに反応して柏本さんはこちらに意識を向けてくる。
「どうしたのなにか言った?」
「いやいいんだ、そうだ良かったら海老もすべて食べていいからね」
「えっやった! ありがとう!」
そう言うと再度弁当箱に夢中になる、よかった上手く事態をレストアできた。
「で……次の約束ってなんだ咲?」
『一度程度食事を供にしたくらいで相手を射止めるのは難しく思います、必要なのは回数です、会う機会が増えればチャンスも増えますからね。そして次の約束は今済ませるのが得策です』
「今の方がいいのか? 柏本さんは今楽しそうにしてくれてるし、変に流れを変えるような事はしない方が」
『よく考えてみてください、この良い流れの中で誘うのと、また教室に訪ねるなり人の目がある場所で誘うの、どちらがいいですか?』
「そりゃ……前者だなうん」
『では五武運を』
深く深呼吸をする、しても胸中の鼓動は落ち着くことはなく高まり続ける。
けれど昼休みの残り時間も迫っているのだ。数回の深呼吸を挟み、意を決して息を呑む。
「あ、あのさ、明日もお昼一緒に……いいかな?」
「んぅ? 明日も……」
口から言葉を紡ごうとしたが、口に物が入ってるのに気付き飲み物を小さな口に流し入れてから彼女は返答を再開する。
「いいよっ、そうだ明日は私もお弁当持ってくるね」
「でもお弁当の準備って大変じゃない? 無理して持ってこなくてもまた今日みたいにさ」
「それこそいいのっ、私が個人的にそう言うの嫌なんだから、ね?」
指先で僕の口を塞いでまくしたてる。
口を塞がれて返答を言えない僕は首を縦に動かす。
「よろしいっ!」
僕の返答を受けとるとその指先は唇から少し右に移動する、そして僕の口元に付いていたらしいご飯粒を摘まみ取りにかっと微笑んだ。