ep6-女の子の一番の武器は笑顔、二番目の武器は女であること自体-
「先に……着いたのか?」
ほどなくして屋上にたどり着いたが柏本さんの姿はまだない。
ただ棒立ちで立っているのも気が引けたので、弁当箱とセットでカバンに入っていたシートをできるだけ視界の開けた景色のいい所に広げ腰付けた。
『まだ来ていないみたいですね』
「ああ今こうしていて見えるものと言えば、青い空白い雲、そして遠距離に空撮ドローンだ」
トントン。
鉄の扉から小刻みな音が響く、その後ゆっくりと扉が開き柏本さんが顔を覗かせる。
その瞬間自分の中にドクンとした躍動を感じた。咲との会話でペースを取り戻し落ち着いたつもりだったけど、彼女の姿を見ただけで胸が熱くなり思考が慌ててるのが分かる。
「えっと、まった…かな?」
「えっとぜんぜん!今来たとこです!」
僕が返答に答えると扉裏から顔だけを出していた柏本さんがゆっくりと近付いてくる。
ダメだ、分かっているけど緊張してる。我ながら変に裏返った声で返事しちゃったし。
『隼人様落ち着いてください、不自然です』
「分かってるよそんなことっ!」
「えっと、どうかしたの?」
きょとんとした顔で首をかしげる彼女。いけない明らかに不自然だ。
『さすがにこの距離だと気付かれかねませんね、こちらからは話しかけますが、返事は控えてください』
「大丈夫? やっぱりどこか調子悪い?」
下から顔を覗き込まれる、眼前に迫る柏本さんの顔にボクはますます取り乱すが、覗き込んでいる本人は無垢な表情で自然体だ。
「だ、大丈夫。それよりもあんな酷い誘い方したのに来てくれてありがとうございます!」
「いいよいいよー、たしかにあれは驚いたけどなんか面白かったしっ」
にかっと屈託のない笑顔を浮かべ僕の肩をぽんぽんと叩く。
「あと敬語とかもいいからね、ネクタイ緑だし同学年なんだろうし」
「それはそうですけ……だけど」
「それに私達ほかにする事があるでしょう?」
「えっと、ほかに……」
「ほらほら~」
柏本さんはシンキングタイムとでも言いたげに指を振りながら楽しそうに伺っている。
ほかにする事とはなんだろう、この感じだと謝罪とかじゃない気もするし。
『あれじゃないですか、年頃の女性が求めるなら噂の壁ドン的な……』
壁ドンっていきなりそんな事していいのか、それにこの位置からだと壁は遥か彼方だ。
『すいません、その位置からだと壁は遠いですね。なら派生で手すりに追い詰めてドキドキさせるとか……』
屋上で手すりに追い詰めたら殺人未遂だ、あとその時彼女に伝わるのは別のドキドキだ。
もっとほかにあるだろ、最近知り合った二人が食事をする前にするような事がなにか、なにか。
あっそういう事か、僕はこんな事で相手を待たしてしまっていたのか。
「あの僕は、大明寺隼人と言います。よ、よろしくお願いいたします!」
自己紹介、知り合った人と良好な関係を始めるために行う当たり前の流儀。
これが正解だったのか確証はない、けれどそんな不安は彼女が見せたとびきりの笑顔で吹き飛ぶ。
「うん、私は柏本七海。こちらこそよろしく、だねっ」
とびきりに愛らしいく笑って彼女は名乗りを返した。