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柏本七海は振り向かない  作者: 蒼意二流
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ep1-すべての始まり-

初めまして、気紛れで小説を書き始めた蒼意二流です。

連載ペースも安定せずつたない文章ですが、誰かの暇潰し程度に慣れれば幸いです。

『一目惚れ』という言葉を知っているだろうか。意味は『一目見ただけで心を奪われること』、だそうだ。

僕はこの『一目惚れ』というロマンチックな言葉を、はっきり言って信じていない。

初見で印象が良いという事はあっても、その場で恋愛的に心を奪われるなんてことはない。

本能レベルで異性に飢えていたり一時の衝動をすぐ愛だの恋だのと自分の中で錯覚させる恋愛中毒者や、生粋の面食いなら話は別だろうけど、それは惚れ込むというより飢えを潤そうとしているだけだ。

故にこの世に『一目惚れ』なんて物は存在しない。

というのが僕の持論だった。

だがそんな持論は桜の花びら舞い散る中淡く華やかに、そして唐突に崩れ去った。



春の香りが香る中、僕大明寺隼人(だいみょうじはやと)は始業式を終え自宅の前にまで帰ってきていた。

「ただいまー」

家の前にある直径約百メートルはある無駄にでかい正門に向かい帰りの挨拶をすると、しばらくしてギギゴゴと重々しい音を立て正門が開き始める。

「さて、と……」

軽く深呼吸した僕は、正門が完全に開くのを待つこともなく扉の間をくぐり抜け走り始める。

正門を抜けそこから家の玄関までの約千二百メートルを走り抜け、一際でかい玄関の扉を力強くでこじ開ける。

やっと自宅内に入ったが目の前にこれまた異状な量の階段が出迎えてくれる、僕はそれを自分の部屋のあるフロアまで一気に駆け上がった。

「はぁはぁ……あと、ちょっと」

肉体を酷使して自室のある階層にたどり着いた時には体力の限界ではあったが、最後の力を振り絞り自室に向かっていた。

「お疲れ様です、正門から二分四十三秒とは新記録ですね」

自室に入るなりメイド明西咲(あかにしさき)がストップウォッチ片手に出迎えてくれる。

「計ってたのかよ、というかそんな余裕あるならタオルでも持ってきてくれればいいのに」

このメイド明西咲は十七の若さにして仕事はできるし、ツインテールにまとめた綺麗で長い髪や整った容姿も合わさってとても素晴らしい使用人だ。だが、いかんせん配慮とか優しさが足りない。

「汗を拭う布でしたら一応はあちらに、ほら」

「ほらって……」

咲が指差した先にはテーブルの上にタオルが無造作に置かれていた。

「もう少し渡し方ってのがあるだろ手渡しとか、まあ今日はいいけど 」

もやもやしながらもタオルを自分で取ると僕は溢れ出る汗を拭う。

「おや珍しいですね、いつもはクドクドとうるさいのに」

「今日はほかに重要な事があったからな、お前の態度なんてナノスケールな問題に構ってられない」

今の僕にとっては実の主人に置いてあるタオルを自分で取るように指差したり、『クドクドとうるさい』なんて発言したりするメイドの悪態なんて物は小さすぎて構ってられなかった。

細かい事を気にしない事にした僕はタオルで汗を拭うと、鞄や上着を咲に預ける。

「それは助かりました、それと隼人様シャワーでも浴びてきたらいかがですか?」

渡された荷物を受けとると咲は、荷物を片付けつつ気の効いた提案をしくれた。

「気が利くなありがとう、さすがに拭いただけでは気持ち悪いし浴びてくるよ」

「いえ汗臭いのも迷惑なので」

いや、やはりこいつは気なんて効いてない。今も僕のハートにエグいほどのクリティカルヒットを叩き込んできた。

「お前の素直すぎる口元はなんとかならないのか? 少し傷付くぞ」

「あら素直なメイドは嫌いですか? 主人に嘘つく嘘つきなメイドをご希望ですか?」

「素直で優しいメイドがいいんだよ僕は」

「あら私は隼人様にとてもお優しいですよ。例えて言うなら我が子を谷に落として鍛える獅子のごとく、優しいんですよ」

「なんて過酷な愛情なんだ!」

「大いなる愛を持つメイドは着替えでも用意しておきますから、問答はここまでにしましょう」

あと少し言いたいこともあったが、やはりこれも小さな問題だろうと自身を納得させ僕はシャワールームに入ることにした。

「ところで隼人様、ナノスケールではない問題とは何なのです?」

汗を流して用意された服に着替えたところで、質問が投げかけられてきた。

「なあ咲、一目惚れって信じるか?」

「一目惚れ……ですか? あるんじゃないですか、余程劇的な出会いでもすれば」

「劇的なって、例えば?」

「生命の危機を救われたり、ムード溢れるロマンチックなシチュエーションで出会ったりとか。もしく出合い頭にナイフを突きつけられたり」

「待て、前の二つは分かるが、最後のはなんだ」

それは出会いと言うよりエンカウトバトルだぞそれ。

「劇的かつ印象的で、きっとドキドキしますよ?」

「それは違う種のドキドキだ!」

そもそもナイフ突き立てられてお前は恋に落ちるのか。

「話が見えませんね……結局はなにが仰りたいのです?」

咲はムスっとした顔で話の本題を突く。

「結論を言うと、僕は女の子に一目惚れをして恋をしたらしい」

恐らくは恥ずかしい台詞であるけれど、本当の事なのだから恥ずかしげもなく結論を述べる。

「それは、おめでとうございます……?」

咲は意表を突かれたような顔で、対応に困った反応をした。

「今日始業式の終わりにさ、担任の先生からクラスの皆に配る配布物を教室に運んでおいて欲しいって頼まれてな」

クラスの委員も決まっていないタイミングだったが、今回の担任の先生が前年度のクラスで僕のいたクラスの担任だったこともあり、仲も良かったので僕に頼みやすかったのだろう。

「頼まれたのはいいが新学期関係のプリントや二年生から使う教科書も両手にいっぺんで運ぼうとしたから、バランスを崩して廊下に落としてしまったんだ」

「怪我は、なかったんですか?」

「それは大丈夫、荷物はド派手に散乱しちゃったけど」

話を聞いて少し不安そうな咲の問いに答えつつ、僕は独白を続ける。

「そんな時に後ろから彼女、柏本七海(かしもと ななみ)さんが声をかけてくれたんだ」

ふわりとした長い髪が風に揺られ、少し心配そうな顔をしながら『大丈夫? よければ手伝うよ』と言って散乱した荷物を供に集めてくれた。

「拾い上げるのを手伝って貰って、お礼を言って彼女が去っていったんだ」

始まりは他愛ない事だと思う、でも。

「それから短い時間の間に何度もその時の事を思い返してしまって、僕は彼女を好きになったんだと気付いたんだ」

「それだけでですか? それだけでその……恋に落ちたんですか?」

自分でもたいした話じゃないと思う、なんでもない事だと思う、でも確かに想う。

「落ちた物を集め終わって、風が少し吹いて、彼女の髪が揺れて、爽やかな香りが流れて、彼女がとても綺麗に笑ったんだ」

その素朴な優しさや、清々しい表情が綺麗で。

「それで心から、ああ好きだなって思ったんだよ」

ロマンチックでもないし劇的な出会いでもない、でも確かに恋と呼べる気持ちが心に灯った瞬間だった。

「それは、素敵なお話ですね」

内心ではこんな気恥ずかしいはなしなんて弄られるのではと不安を少しは抱えていたが、咲は真っ直ぐな目をして話を聞いてくれた。

「それで、どうしたいのですか?」

咲が指をピンと立て問いかけてくる。

「その気持ちを密かに抱えて満足するのか、その……柏本様と恋仲になりたいのですか?」

「恋仲志望……かな。こんな風に誰かを好きになったことなんてないから、この気持ちをこの衝動を逃したくない」

家が少し裕福でなんでもレールが用意された中でなんとなく生きてきたけど、そんな中でこんな気持ちになったことはなかった。だから自分の意思で、上手く行くか分からないけれど最後まで行ってみたい。

「それが隼人様の望みなら微力ながらこの私、明西咲も尽力させて頂きます」

そう言うと綺麗な姿勢で礼をし協力の意を伝えてくれる。

「助かるよ、なんせ僕は恋愛には素人だからな」

現役の女子高生でもある咲の助力を得られるなら心強い。

「では、参りましょう」

協力体制が成り立つや、咲はその場でクルっと反転し部屋を後にしようとする。

「参りましょうって、どこに?」

僕の問いに少しの笑みを返して、すこぶる優秀なメイドはこう言った。

「決まってるでしょう、作戦会議です」

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