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真っ白に染まった意識の中で、琉歌は懐かしい夢を見た。
それは幼い頃の夢だ。
父に手を引かれ、初めて彼に会った時の……。
彼は白銀の光だった――
「――か!」
「琉歌!!」
「……ぅ、ん……」
自分をの名前を呼ぶ声で琉歌は目を覚ました。
「琉歌! 気が付いたんだね!!」
ぼんやりとした視界に映り込んだのは、黒髪を肩まで伸ばした少女――藤堂 桃香だ。
「桃香? ……ここは……」
横になっていた身体を起こし、目覚めたばかりの霞みがかった頭で何があったのか思い出す。
……たしか、放課後の教室で悠と話をして……っ――!
「悠! 悠はどこ!?」
悠を捜すために周囲を見回す。
そして視界に入ってきたそれは異様な光景だった。
少し離れた場所には教室に残っていた生徒数名、そして騎士の姿をした者たちが琉歌を含め、全員を取り囲むようにして立っている。
騎士は頭からつま先まで甲冑を身に着けており、その表情を伺うことは出来ない。腰には剣と思われるものが携えられているようだ。
それはまるで物語に登場する騎士のような格好だった。
その光景に呆気にとられるも、どこにも悠の姿がない事に気がついた。
そんな琉歌の様子に、桃香は騎士の視線を気にするように囁くような声で言った。
「私が目を覚ました時にはもう騎士の人達が取り囲んでて、高円寺君もどこにもいなかったよ」
桃香も先程目を覚ましたばかりで、正確にいつから囲まれていたのかは分からないらしい。
けれど、その時にはすでに悠はいなかった……。
全員が目を覚ました事を確認した騎士の代表と思われる人物は、一つ咳払いをすると話し始めた。
「突然の事で混乱していると思いますがお聞き下さい。私は騎士団長のクラウド・ヴァルガンと申します。
この世界の名は<オリシード>、あなた方は我が国の神官により召喚されました」
その後クラウドと名乗った騎士によって琉歌たちは何故自分達が召喚されたのかということを説明された。
けれど沢山の情報の中、この世界の知識もないのに理解できるはずもなく……。
理解できたのはここが自分達のいた世界ではないこと、そして元の世界には帰れないということだけだった。
「……そんなの漫画やゲームの世界だけだよ……」
「俺達はどうすればいいんだ……?」
「ふざけるな! お前ら何様だ!!」
「やだよ……っ! 死んじゃうかもしれないんでしょ!?」
「帰して! 元の世界に帰して!!」
現実逃避をする者や怒る者、泣き崩れる者と反応は様々だが、皆現状に下を向き座り込んでしまった。
そんな中、琉歌はクラウドに詰め寄るように問い掛けた。
「悠は……銀髪の男の子はいなかったんですか?」
「我々はあなた方が召喚される前から此処で待機していました。ここに召喚されたのはあなた方八名だけです」
そんなはずがない! あの場には確かに悠もいたのだ!
そう思うも、彼に嘘を言っている様子はなく、その理由もない。
「そろそろよろしいですか? これから王の間へ行き、あなた方にはこの国の王に会っていただきます。詳しい説明は国王がなさって下さいますので今は付いて来て下さい」
何も言わなくなった琉歌に、用件は済んだと思ったのかクラウドはこれからの予定を告げ、付いてくるように言い歩き出す。
皆はその様子に付いて行くしかないと思ったのか一人、また一人と戸惑いながらも騎士に付いて行く。
皆が付いて行く中で、琉歌は騎士の一人に付いて行くよう促されてもその場を動かず、一人立ち尽くす。
「……行こ? 琉歌」
そんな琉歌の姿に桃香は心配そうに声を掛けるが、何も聞こえていないかのように反応はない。
いや、実際に悠の事で頭がいっぱいで桃香の声は聞こえていないのだ。
ぺちっ!
という音とともに琉歌の両頬に軽い衝撃が走る。
琉歌は我に返るも、一瞬何が起きたのかも分からず呆然とした。
「高円寺君が心配なのはわかるよ。でも何もわからない状況で下手に動くのはマズイと思う。
今はあの人に付いて行って、それから考えよう? 私も力になるし、他の皆も一緒に考えてくれる」
琉歌の頬に手を当てたまま、そう言う桃香の表情は言葉とは裏腹に不安に満ちていた。
気丈に振る舞い諭す桃香に、琉歌はどれだけ自分が盲目になっていたか気付かされた。
皆が不安なのだ。それでも現状を理解しようと我慢している。
今はこの状況を何とかしなければならない。探すにしても何も知らない世界では無謀過ぎる。皆のこともある、必要なものは情報だ。
琉歌は自分を落ち着かせるため、目を閉じ深呼吸をする。
「……ありがとう桃香、もう大丈夫よ」
そう言って桃香に微笑みかけ、現状を打開すべく歩き出した。
召喚された場所は城の一室だったようで、王の間への道のりは豪華な造りになっており、高そうな壺や、絵画が飾られていた。
窓からは光が差すだけで、外の様子を伺うことはできない。
騎士団長に付いて歩いて行くと、一際大きな扉の前に着いた。
その扉の前には騎士が三人ほど立っており、周囲にその目を光らせている。
どうやらここが王の間らしい。
クラウドは三人の騎士の一人に何事か話す。それに騎士は頷くと、残りの二人に扉を開くように指示を出した。
二人が何かを操作すると、大きな扉はゴゴゴッという重そうな音を出し開いていく。
そこは言うまでもなく王の間だった。
入り口から王座まで赤い絨毯が伸びており、左右の壁には等間隔で騎士が立っている。
王座には黒髪の40代半ばの威厳のある男性が座り、その横にまだ20代と思われる燃えるような赤い髪の若い男性が立っていた
その雰囲気は一様にピリピリしている。
「連れて参りました」
クラウドは王座の前まで行き、片膝をつき頭を垂れながら報告する。
「ご苦労様です」
赤い髪の男性が労わりの言葉をかけ、クラウドを下がらせる。
琉歌を除く七人は緊張でガチガチになっていた。
自分の国の大物とさえ会ったことがないのだ、異世界とはいえ国王という国のトップが目の前にいることに緊張しないわけがない。
「さて、ようこそお越し下さいました。あまり緊張なさらなくて大丈夫ですよ。あなた方は客人です」
そんな様子を見た赤い髪の男性は緊張を和らげるためなのか微笑みながらそう言った。
「私の名はフリード・ハルモニア、そして此方にいらっしゃるのはこの国の王に在らせられるマハト・フェンデルング様です。
一度の説明だけでは理解できないことは分かっています。
けれど、この国の……いいえ、この世界のためにあなた方の力を借りたいのです」
唐突に言われたその言葉に琉歌は眉をひそめる。
「……力とは何ですか? そんなものが私達にあるとは思えないのですが…」
緊張が解けてきたのか召喚された中の一人、眼鏡をかけた少年が中指で眼鏡を押し上げながら、怪訝そうに問う。
疑問に思ったのは彼だけではない。皆が首を傾げ不思議そうにしている。
今まで力とは無縁なただの学生として平和な日々を送ってきたのだ。誰もが“力”という言葉の意味を理解しかねていた。
その問いに対し、
「まずは改めてこの世界のことと、あなた方を喚んだ理由をお教えします」
フリード・ハルモニアはこの世界の話を始めた。
この世界<オリシード>は精霊という存在により成り立っている。
世界は七属性を司る大精霊が創ったとされ、それを<創世記>という。
<成世紀>になると世界には様々な生命が溢れていた。
人間は国というコミュニティーを作り独自の文化を築いた。
全ての人々が精霊と言葉を交わし、エルフや獣人という他種族とも協力し合う関係だった。
しかし<暗黒記>と呼ばれる時代に何かが起こり、人間は争いを始めた。
その頃から精霊と言葉を交わすことは難しくなり、エルフや獣人などの種族も人間の前に姿を顕わさなくなってしまった。
さらに世界には魔物という人間に害を及ぼす生き物が生まれるようになり、その脅威から逃れるために人間はさらに力を求めた。
けれど精霊術と呼ばれる精霊の力を借りた術を使える者は少ない。魔法を使うための魔力を持つ者も限られている。
力を力で制するようになると、力を持つ者と持たない者で階級が生まれた。
力を持つ者を<貴族>
力を持たない者を<平民>
そこから<衰世紀>がはじまる。
はじめは小さかった火種も徐々に大きくなり、国同士の争いまでに発展した。
国同士の争いで大地は焦土と化し、自然が失われた。自然が失われれば食物は育たなくなり、生活は困窮する。そのせいで次は少ない食物を巡り争いが生まれる。
それは悪循環になり、世界を疲弊させた。
世界から自然は減って行き、反対に砂と乾いた大地が増えて行った。
このままでは世界が滅びてしまうと誰もが思った。
そこでやっと、国同士は争いを止め話し合うことを決めた。
そして今のに至る。
「……自然はなかなか育たず、最近では生き物も生まれにくくなっています。減らすのは容易く、増やすことは困難という現状……。
今は<退世紀>、その名の通り後のない時代なのです」
そこまで語るとフリードは疲れたように息を吐いた。
滅びゆく世界。
自分の世界とのあまりの違いに言葉を失う。
「……ここまでがこの世界の説明で、次はあなた方を召喚した理由です」
そう言い、彼は再び話し始めた。
精霊術を使える者は精霊と言葉を交わせるという。しかし<成世紀>に比べ、会話というものは成立しない。
精霊は人間の言葉を理解出来るが、人間は精霊の言葉を理解出来ない。
精霊といっても様々な精霊がいる。力の弱い精霊もいれば、力の強い精霊もいる。そして力の強い精霊は総じて高い知性を持つ。
精霊術を使えるといっても<高位精霊>を使役出来る者は世界に十人にも満たないと言われている。
その十人にも満たないと言われている精霊術師が声を聞いた。
“――主――異世界に――る――我―――救い―――主よ――”
不明瞭ではっきりと聞き取れた者はいなかったが、全員が同じ言葉を聞いた。
全員が、だ。
十人にも満たない高位の精霊術師全員が同じ日、同じ時に同じ言葉を聞いたのだ。
何かがある、と精霊術師達は感じたのかその話を各国の王へ伝えた。
精霊術師にその話を聞いた各国の上層部は過去の文献を探し出した。
不明瞭な言葉の中で唯一わかった“異世界”という言葉。
異世界というものが語られる文献は少なくなかったが、手掛かりと成り得る文献はなかなか見つからなかった。
しかし、ついに見つかった。それもこの国の下町の古本屋でだ。
それを見つけたのは休暇で書店に訪れていた神官だった。
開いてみても何も書かれていない白紙の本だったが、神官はその本を表紙が綺麗だったからという理由で購入したという。
本を購入した当初はコレクションとして飾って置こうとしていたが、帰る途中で雨に濡れてしまい飾る事が出来なくなってしまった。しかし捨てるのも勿体ないと思い書庫に仕舞って置いたらしい。
その本を、たまたま訪れていた同僚が表紙が綺麗だという理由で手に取り中を開いた。
同僚がその本を見ている事に気が付いた神官は「何も書かれていない本だ」と言ったが、同僚はその言葉に「何を言っているんだ?」と不思議そうな顔をして中身が書かれている事を言った。
その言葉に神官は驚きその本を見ると、水に濡れたであろうページに文字が浮き上がっていた。
水で文字が読めるようになる本など見たこともない彼らは1ページずつ慎重に濡らし文字を読んでいく。
そこには一つの魔法の陣とそれを行うための手順が事細かに書かれていた。
そして、その魔法というのが異世界からの召喚魔法だったのだ。
それを見た二人は慌ててこの事を国王へ伝えた。
この事を聞いた国王は、珍しい書かれ方をしている本ながら古書店に売られていた物なので半信半疑だった。
けれどこれも一つの手掛かりだと思い、ある程度は何が起こっても対処出来るよう準備をし、その魔法を実行した。
そうして異世界の人間と思われる者達が現れた。
「……理由と呼べるものではありませんね。ですが、あなた方には力がある。この世界の人々が失ってしまった力が。その力が何なのかは分かりませんが必ず世界の鍵となるでしょう」
力というものが明確には分からないと言った彼は、ここまでで質問はあるかと皆に尋ねた。
「……此処にはずっといなくてはなりませんか?」
自分でも驚くくらい低い声で、琉歌は言った。
「……それは……」
「……探さなければならない人がいるんです」
「…………」
どう答えたものかと沈黙するフリードに、自分達が来てから一言も声を発しない人物に琉歌は視線を向けて言う。
「……臣下である貴方にならわかりますよね? 行方不明の主を思う気持ちが」
その視線の先には国王と紹介されたマハト・フェンデルングの姿があった。