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 「…………ん……こ、こは?」


 目を開けると、目の前には青い空が広がっていた。

 しばらくぼーっと空を見ていたが背中に硬い感触を感じ、少年はそこでやっと自分が地面に倒れている事に気が付いた。


 少年は身体を起こすと、自分のいる場所を確認するために辺りを見回した。

 一面に色とりどりの花が咲いている。けれど、その周囲は木々に覆われていた。



 

 そして、


「……あれ…? ……僕は……」



 僕は誰なんだろう……?


 何も思い出せない事に不安に駆られ、何か一つでも記憶の手掛かりがないかと身の回りを調べる。


 けれど、その身一つだけで倒れていた少年には所持品もなく…。

 肩を落としかけた時、自分の首に何か掛かっている事に気が付いた。


 首に掛かっていた物、それはプレートの付いたネックレスだった。


 そのプレート部分には“Haruka”と刻まれていた。


「…は、るか? ……ハルカ……?」


 それは自分の名前なのだろうか?



 そのネックレスを見つめながら、少年は思い出す様にハルカという言葉を繰り返す。



 ニィ~ニィ~


 その時、少年しかいない筈の場所に何かの声が響いた。


 突然聞こえてきた鳴き声に、少年は弾かれたように顔を上げた。

 少年が声の聞こえてきた方向に目を向けると、そこには背中に真っ白な羽を生やした小さな黒い猫がいた。


 その猫は少年に近づいてくると、服に噛み付き引っ張るような動きをする。

 見たことのない生き物に困惑するのを余所に猫はこっちへ来いとばかりに引っ張る。


「……付いて来いって?」


「ニィ~!」


 猫は肯定するように羽を羽ばたかせた。


 ……付いて行って大丈夫なのだろうか?


 猫が連れて行こうとしているのは森の中だ。森の中は、暗く鬱蒼としていて迂闊に足を踏み込めばどうなるか分からない。


 それでも服を引っ張ってくる猫に一つ息を吐くと、頷くことで付いて行くと伝えた。


 猫は嬉しそうに一鳴きすると服から口を離し、時折こちらを振り返りながら先導するように森の中へと入っていく。


 森の中に一歩足を踏み入れるとすぐに周りは闇に覆われた。生い茂る木々が太陽の光を遮断しているからだ。


 けれど、そこは光が差し込まなくとも周りが見えるという不思議なもので、先導する猫もそれを理解しているのか足を止めることはない。





 どれくらい歩いただろうか……。


 少年は同じ景色の中ずっと歩き続ける。




 歩いた時間も分からなくなってきた頃、少年の目の前に一条の光が差した。





 その光の先には他の木と比べられない程大きな、大樹と呼ばれる様な木があった。

 その木の周囲は開けた場所になっており、根元には先の猫や他の生き物が沢山いた。

 しかし、一番に目を引くのは大樹でも猫たちでもない。



 そこには沢山の生き物に囲まれるようにして、豹のような姿の神々しい存在が佇んでいた。



 その体躯は闇よりも深く、その翼は黄昏の神秘的な色をしている。

 そして、その瞳は紅い色をしていた。



「……………………」



 その圧倒的な存在感に言葉を失い立ち尽くす少年に、その存在は静かに近づいて来た。



『私が怖いですか?』



 頭の中に声が響く。その声は落ち着いた女性の声だった。

 それは目の前にいる存在の声らしかった。


 突然頭の中に響いた声に驚き何も応えられないでいると、その存在は再度同じ言葉を少年へ投げかけた。


『私が怖いですか?』


 質問の真意が分からない少年は、それを探るようにジッと紅い瞳を見つめる。

 その瞳にあるのは、不安、愁傷、恐れ、……それに、期待だろうか?


 どのような理由でそのような瞳をしていのか、少年にはわからない。



 けれど、怖いと言ってはいけない気がした。

 それを言ってしまったらその紅い瞳は絶望に染まってしまう予感がしたのだ。




「……怖くない」


『……何を根拠に言うのですか?』


「……優しい色を、してる」



 その言葉を聞いた途端、紅い瞳は見開かれた。豹の様な姿で表情は判りづらいが、それは明らかに驚愕を表していた。



『私の色は闇の象徴! 瞳は血の色をなのですよ!? それを――』


 彼女は言葉に詰まり、下を向き沈黙してしまう。



 確かに見る人によっては恐ろしい闇を連想させるのだろう。

 けれど、少年は違った。


「……夜と、夕焼けの……優しい色」


 その闇は恐ろしいだけのものではない、やさしく包み込む夜のような色。


 その紅は血のような暗いものではない、夕焼けを思わせるような暖かい色。



 その姿はまるで夜の化身の様だ。


 そっと彼女の頭に手を置き、その艶やかな黒い毛並みを撫でながらなんでもないようにそう言った。


 けれど、それは紛れもなく少年の本心だった。



『……あぁっ、貴方は本当に………』




 彼女は少年の手に自らの頭を擦り寄せ、その暖かさを感じるかのように目を閉じていた。


 そんな彼女を少年は何も言わず、静かに撫で続ける。










 しばらくの間そうしていたが、


『……ありがとうございます。お恥ずかしいところをお見せしました』


 落ち着いたのか、彼女は恥ずかしそうに目をそらし離れていく。


 


『遅くなりましたが、私の名はシャンティーン・シャドウ・アルフォルトと申します。シャドウと呼ばれる存在です』




 シャンティーン・シャドウ・アルフォルトと名乗った豹、シャドウはその姿で深々と少年に頭を下げた。


「……僕は……」


 少年も名乗ろうとするが、できなかった。

 自分自身の記憶を失ってしまった少年には名乗る名がなかった。


 そこでふっと脳裏にネックレスのことがよぎった。


 “Haruka"


 その文字を見た時、自分は何を感じた?

 暖かいものを感じたのではなかったか?

 ならば“Haruka”は自分にとって大切なものなのだろう……。


 それなら、


「……ハルカ、……僕の名前はハルカ」


 

 少年、ハルカは自分自身を確かめるよう拳を握り、力強くそう言った。





『“ハルカ”それが今の貴方の名ですか……良い名です』


 ハルカ、ハルカとまるで刻み付けるように二度三度と名前を繰り返すシャドウ。



 けれどその言葉に引っかかるものを感じた。


 彼女はなんと言った? 今の名前と言わなかったか? “今の”とはどういう意味だろうか……以前の自分を知っているのか? 様々な疑問が浮かんでくる。


「……今の名前って、……どういう、意味?」


『…………』


 ハルカの問いにシャドウは何も答えない。


「何か知ってるなら……教えて欲しい」




 ハルカは自分に記憶がないことを話した。自分の名前はペンダントに刻まれていたもので、なぜあの場所にいたのかも分からないということを。



 それを聞いた彼女は少しの間を置いて言った。



『………私の知っている貴方のことを一つだけお教えします』






――貴方は人間を憎んでいました――







 その言葉に、ハルカは頭を殴られたような衝撃を受けた。


 彼女は何と言った? 人間である自分が人間を憎んでいた?


 そんなこと信じられるはずがない。しかし、彼女の瞳はあまりにも静かで、とても冗談を言っているようには感じられない。



「……なぜ?」


『お教え出来ません』


「……どうしてっ…!?」


『まだその時ではないからです』



 ――では“その時”とはいつなのか!

 


『遠くない未来にその時は訪れます』


「………………」



 その時が訪れたら何かがわかるのか……。


 モヤモヤとした気持ちを抱えながらも、シャドウにはそれ以上教える気がないとわかり、ハルカは深く息を吐く。




 シャドウはそれ以外のことは教えられるとハルカに言った。



 だからハルカはたくさんのことを訊いた。世界<オリシード>のこと、精霊のこと、魔法のこと……。



 そして最後に、なぜあんな場所に自分がいたのか。



『貴方を呼んだのはこの世界の人間です。私達は人間の使う魔法に干渉し、貴方をこの場所へ召喚しました』


 その魔法は、異世界からこの世界を救う術を持つものを召喚するために、人間が使ったものだそうだ。

 その魔法で異世界の人間が数人この世界に召喚された。本来は魔法を使用した人間の元に召喚されるのだが、それに干渉し、ハルカ一人だけこの場所に召喚した。

 ハルカ以外はハルモニアという国に召喚されたらしい。


 何故ハルカ1人だけなのか…。


 それは、世界が衰退することによりシャドウたち大精霊の力も弱っているせいだと言う。

 本来の力があれば干渉どころか魔法自体を乗取ることも出来るらしい。

 けれど弱っている大精霊には七体の力を持ってしても全ての属性が集まるハルカしか干渉出来なかった。


 そしてハルカにもその力があるという。




 シャドウは居住いを正し、ハルカの瞳を見つめ、


『貴方は人間を憎んでいた、と言いました……。ですがもう貴方しかいないのです。

 この世界を救って下さい! 貴方にはその力がある!』



 そう言ったシャドウの声は震えていて、まるで自身の罪を告白しているかの様だった。


 ハルカは力になりたいと思う一方で、自分のことで精一杯の現状に頭を悩ませる。



 そんな様子を見て、


『貴方の心のままに行動すれば良いのです。自分自身の事を知るということ、それは自ずと世界の事を知ることにもなります』


 そして己を知り、世界を知った時に貴方が思うことをすれば良い。

 出来ればこの世界の存命を望みますけどね? そう最後に締め括った。



 不思議だった。

 この世界を救って欲しいと言いながら、選択は自分にに任せるという……。

 彼女はどうしたいのだろうか?



 それを見透かしたかのようにシャドウは言った。


『世界の存亡は人間に託されたのです』


 そんな重大な事を任されるとは思いもしなかったハルカは何をどうするべきか、皆目見当もつかないというようにに天を仰いだ。


 なぜ自分なのか、そんな疑問も湧いてくるが彼女に応える気がないことはわかっていた。



 彼女の言った通り、自分を知るために世界を回るのが良いのだろうか?


 けれど、問題は“力”だった。

 ハルカは自分の手に目を落とした。

 その手は何の力も持っていないような細く真っ白な手だった。


 世界を回るならば魔法なり精霊術なりの力が必要になる。

 力があると言われたが、使い方が分からない。


 ……彼女は教えられる事は教えてくれると言った……。ならば――



「世界を回るための力…教えて欲しい」


 


『そうですね、貴方ならすぐに覚えられると思いますが、お教えします』


 シャドウは少し考える様な素振りを見せた後、承諾したのだった。














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