表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

ハッピーエンド

「ねぇ、起きて」

誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる

目を覚ますと高校生くらいの少女がいた

山吹色の夕陽に目が眩む

「君は、誰だ?」

なんだろう、思い出せない。そもそも今いる教室自体がまるで僕が知っている世界ではないみたいだった

「もしかして記憶喪失ごっこ?」

少女が尋ねる

相手を不安にさせるのもあれだし乗っておく

「そう、記憶喪失」

「私は浅生翔子、あなたの彼女なんですけどー」

翔子はむくれて僕の頬を引っ張る

「いてててて!」

その時殴りかかるように翔子との記憶が脳裏をよぎる

確か彼女は幼馴染で去年の夏に告白されたんだっけか

それでも僕の中には違和感が拭いきれない

「思い出したよ、翔子。ありがとう」

「そう、それはなにより」

翔子は視線をそらす

「どうしたの?」

どこか調子悪いのかな?それとも怒らせちゃったかな?

「別になんでもない!全くゆうちゃんのバカ!」

「ごめん」

僕はゆうちゃんらしい、ネームプレートには芳川悠貴と書いてある

「いいけど、帰りどうせ暇でしょ?ならパフェ奢ってよ」

「はぁ!?今月もうヤバいの知ってるだろ!?」

自然と言葉が出る

「知ってるけどそれ以上に女の子に恥をかかせたことのほうが大罪だよ」

ビシッと人差し指を突きつけられる

僕は諦める

「わかったよ、いつものところでいいよね」

いつものところ、って言うと急にその場所が思い浮かぶ

まるで何かによって強引に修正されているみたいだ

違和感は更に僕の心を塗りつぶすはずだったが徐々に薄れていく

「うん、じゃあ行こっか」

翔子は半ば強引に僕の腕を掴み立ち上がらせカバンを持たせると駆け足で教室を出る

「はやくはやくー!」

「はいはい」

ふと教室を振り返る

「!?」

視界の片隅に長い黒髪の少女がいた...気がする

その少女の目は金色で瞳孔が縦に切れていた

きっとクラスメイトだろう

僕は無理矢理納得させ翔子を追いかけた


「そんでさー、あのときって聞いてるのゆうちゃん?」

「ん?ああ、聞いてるよ。怪我しなくてよかったよ」

「本当だよ、私って結構ドジなのかも」

「翔子は昔からよく転んだりしてたからね」

「ゆうちゃんだって」

互いに昔話を語る

「そう言えばクラスに黒髪で金色の目をした人っていたっけ?」

僕が唐突に話を切り替える

「もしかして浅葱さんのこと?もしかして気になるとか?浮気とかダメだよ、そんなことしたら寝取られてやる!」

翔子がなにか物騒なことを言ってる

「そんなんじゃないよ、たださっき教室にいてさ」

「あの人いつもそうだよ、顔は綺麗だけど不気味なんだよね」

翔子は率直な感想を述べた

なんでだろう、何故かすごく気になった

「ありがとう」

僕は礼を言った

「浮気、ダメ!絶対!」

「しないって」


「悠貴」

翔子を送った帰り道、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえる

振り返るとその目の見覚えがあった

「浅葱さん?」

暗闇の中で金色の瞳が輝く。それがまるで人ではないなにかのようだった

「私のこと、少し知っているのね」

「うん、翔子....浅生さんから教えてもらったんだ」

「言い直さなくてのいいわよ」

浅葱さんは無愛想に言った

「それと私のことは浅葱さんじゃなくて美鈴でいいわよ」

「うん、じゃあ美鈴。僕になにか用かな?」

「ええ、貴方に忠告しておきたくてね」

なんだろう、その場の空気が少し冷えてきた

「忠告?」

僕は恐る恐る聞き返す。心の奥底では聞いてはいけないと警鐘を鳴らす、しかしそれとは相対的に抑えようのない好奇心が暴走する

僕は好奇心に負けていた

知りたい、知らなければならない。そんな気がしたんだ

「いい加減目を覚ましなさい。じゃないと飲み込まれるわよ」

この人は何を言っているんだろう。あまりに意味のわからない忠告に興が削がれた

「それと手を出して」

美鈴の言うとおり僕は右手を出した

美鈴の暖かい手が僕の右手を包むと何か冷たい物が手の上に落とされた

それを見る、鍵だ。タグがついておりアライハイツ204と書いてある

不思議だ、どこか懐かしささえ感じる。同時に帰りたくないという衝動に駆られる

でもどこに帰りたくないっていうんだ?

頭がおかしくなりそうだった

「この鍵は、なんなんだ?」

「現実よ」

「現実?何言ってるんだ」

美鈴は僕のほうへ歩くとそのまますれ違う

「私としてはその鍵を使って帰ってきて欲しい。でも無理強いはしない」

彼女はどこか悲しげな目をしていた

「またね、悠貴。学校で」

そう言って美鈴はいなくなった


「ただいま」

「お帰り、お兄ちゃん」

自宅に帰ると妹の明日香が出迎えてくれた

「お父さんとお母さんは?」

僕が何気無く聞く

「忘れたの?二人とも去年に死んだよ?」

ああ、地雷を踏んでしまったようだ

僕は慌てて取り繕う

「ごめん、なんでもないんだ」

「お兄ちゃんが言いたいことわかるよ。私だってもしかしたら帰ってくるんじゃないかって思ってるもん」

気まずい空気が流れる

「そうだ、何か食べたいものないか?」

正直言葉が思いつかなかった、とにかくこの感じを壊したい

悪足掻きの末に思いついた言葉だった

「ん...じゃあカレー」

「待ってろ、すぐ作るからさ」

カレーを作りながらふと疑問を抱く

僕はなぜ“ここ”にいるはずなのに情報が圧倒的に少ないのだろうか

周りからは昔からいたように認識されている。しかし僕自身はというと一定のキーワードに疑問を抱いたとき、しかも半ばとってつけたようなちぐはぐな情報が入ってくる

さっきの明日香の反応もそうだ

いや、そもそも明日香とは誰だ?妹、だよな?

そう僕が考えると耳元で“妹だ”と誰かが囁きかけるように情報が入り込む

なんなんだろうこれは、僕はもしかしてみんなの知っている芳川悠貴ではなく全く別の芳川悠貴なのかそれとも僕は僕が本来いるべきではない世界にいるのか

考えるだけで頭がおかしくなりそうだった

額にはべったりとした汗が流れる

ハンカチを出そうとポケットに手を入れると冷たい物が手に当たった

美鈴の言葉を思い出す

「現実、か」

答えはこの鍵にあるのかもしれない、でも僕は怖くて使う気にはなれなかった

現実ってなんなんだ?今この目の前にある事実、風景、感覚が現実ではないのか?

考えるのをやめようとしても泉のように疑問ばかりが浮かんだ

もうやだ、やめてくれ。何も知りたくない

僕は受け入れることに決めた


「おはよう、ゆうちゃん!」

翔子が手を振る

この世界に来てから、って言うのもおかしいけど2ヶ月が過ぎた

僕らは通学路である山吹坂を登る

そこの中腹だろうか。ふと視界の隅に見覚えのある、いやできれば見たくなかったものがそびえ立っていた

アライハイツ、美鈴が言っていた現実への入り口がそこにあるのだろう

背中に嫌な汗の感触が心を蝕む

僕はポケットの中の鍵を掴む

「どうしたの?ゆうちゃん」

翔子の声にふと我にかえる

「ううん、なんでもないよ」

僕は慌てて翔子の腕を掴む

「ちょっと、ゆうちゃん強引だよ!」

翔子が僕の手を振り払う

「ごめん」

翔子の腕に僕の手形が浮かび上がっていた

「痛いなぁもう」

翔子が腕を抑える

「ねぇ、あのアライハイツっていつからあった?」

「はい?私たちが幼稚園のころにはあったよ?」

頭にその情報が流れ込む

なんなんだよもう


「おはよう、悠貴」

美鈴が話しかける

「おはよう、美鈴」

「その顔は見たんだね」

彼女は僕の心の中を見透かしたかのように言う

「鍵はまだ使ってないよ」

「そう、でもいずれあなたはその鍵を使う時がくる」

まるで予言だ

「あくまで願望だけどね」

そう言って美鈴は立ち去った


学校が終わって山吹坂を下る

今日は一人だ、翔子は部活で遅くなるそうだ

アライハイツが目に止まる

僕は意を決して204号室に向かう

扉には立ち入り禁止の張り紙が貼ってありここだけやたら寒い

恐る恐る鍵を差し込むと捻る

ガチャンと重い音を立て鍵が開いた

ドアノブに手を触れ一気に開ける

僕は見てしまった。これが美鈴の言っていた現実だろうか?

気持ちが悪い、混沌とした空気が僕に襲いかかる

僕は腰を抜かしながら走ってその場を立ち去った

「見たのね」

後ろから美鈴が聞く

「見たよ、なんだよ!なんなんだよあれ!君の言っていた現実ってなんなんだよ!?」

僕は声を荒げる

「ごめんなさい、でもあれがあなたの本当に帰るべき場所なの」

美鈴は悲しそうに言う

「違う!僕が帰るところはこんなものじゃない!もう構わないでくれ!」

「待って!」

彼女の声を無視して僕は帰った


「ただいま!」

僕は家に帰った。外はすでに暗くなっていた

「おかえり、翔子さんが来てるよ」

「翔子が?」

「うん、お兄ちゃんの部屋にいるから行ってあげなよ」

「わかった」

明日香に言われるがまま僕は自室に向かいノックをする

「はーい」

部屋から翔子の声が聞こえる

「入るよー」

「どうぞ」

扉を開けると翔子は漫画を読んで待っていた

「おかえりなさい」

「うん、ただいま」

僕は軽く挨拶するとベッドに力なく倒れこんだ

「大丈夫?」

翔子が心配そうに聞く

「大丈夫、じゃないかも」

あんなもの見て平気な方がおかしい

今でも思い出すだけで寒気がした

「なにかあったの?」

「あった」

「聞かせて?」

翔子が僕の隣に寝る

「でも信じてもらえないと思うよ」

「大丈夫だよ、私信じる」

「ありがとう」

僕は今まであったことを話した。目が覚めてからの違和感、浅葱美鈴の言葉、今日見た204号室の狂気

気づけば僕は泣いていた。怖かったんだ、ずっと誰かに甘えたかったんだ

「よく頑張ったよ、ゆうちゃん」

翔子が僕の頭を優しく撫でる

「うん、うん」

僕は頷くことしかできなかった

不意に翔子が僕の背中を抱く

「ゆうちゃん、どっかに行ったりしないよね?ずっとずっとそばにいてくれるよね?」

「もちろんだよ、僕はずっとここにいる。翔子の隣にずっといるよ」

暖かい彼女の腕に触れる


あれから70年経った

僕と翔子は結婚し子供が生まれ、やがて孫も出来た

いろいろあったけどとても充実した幸福な人生だった

僕はみんなに看取られながら残りわずかな人生を謳歌しそして最期の時を迎えていた

「みんな、ありがとう」

声にならないけど口でそれを伝えると力を振り絞り翔子に手を伸ばす

翔子が泣きながら僕の手を握る

ああ、楽しかった。ありがとう翔子

それといろいろ迷惑かけてごめんね

天を仰ぐ

視界の隅に美鈴の姿が見える

彼女はあの時のままだった

結局彼女は何者だったのだろうか?

今となってはどうでもいいことだった

彼女が口を開く

「貴方もダメだったのね」

はっきりと聞き取れたが意味が理解できなかった

そして僕は息を引き取った






『本日朝未明アライハイツで男性の遺体が発見されました。死後時間が経っていたため損傷が激しく死因は特定されておりません。警察は殺人と自殺両方からの捜査をー』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ