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きっかけは何だったのか。思い返してみれば、とてもささいなことだったような気がする。堀田隆弘は、部屋のベッドに寝転んで天井を見つめた。
携帯を取り上げ、時計を見る。夜九時三分。さっき携帯を見てからまだ三分しかたっていない。隆弘は先ほどから、携帯を取り上げてはまたベッドへ放り投げる、ということをずっと繰り返していた。
彼女である御山清美から電話が入る予定になっているのだ。彼女は今頃大学のゼミ仲間との飲み会に参加しているだろう。だからあと少なくとも一時間はかかってこないはずだ。
清美と付き合い始めてからようやく半年が過ぎたというところだった。今日は清美の誕生日でもある。本当なら今頃は隆弘が清美を祝ってやる予定だったのだ。しかし、昨日になって急にゼミの仲間からお祝いの飲み会をやることになったといってそれは延期されることとなった。それで少し清美と言い合ったのである。「先に約束してたのは俺だろ? なんで急にゼミの飲み会なんかに行くんだよ。断ればいいだろ?」
「だって、せっかくみんなが予定合わせて企画してくれたのよ? それに今ゼミで研究しているテーマの中間発表をやる予定だったからちょうどいいねってことになって。確かに隆弘もいろいろ計画してくれてたのに悪いけど、隆弘一人なら予定なんていくらでもたてられるじゃない。私なら、祝ってくれる気持ちだけで十分だから。それは別の日にしよう?」
「俺が嫌なんだよ。また計画しなおせっていうのか?」
言いながら、自分でそれは違うだろう、と思った。けど、どうにも止まらなかった。
清美は無表情のまま黙っていた。清美の顔を見ながら、やっぱりこの顔は好きだと思った。黒い瞳が光に当たってグレー色に澄んでいる。
「とにかく、私は断ることは出来ないよ。明日、飲み会が終わったら電話するから」
最後まで清美は無表情のままだった。
そうして、隆弘は部屋の中で携帯を見つめているのだ。