プロローグ【2】
もしも私がどこか別の家で産まれていたなら、もっと違った人生を送れていたのだろうか。
母が求める私は本当の私じゃない、父とは仕事だとかで1年は会っていない。
幸せじゃないわけではない。むしろほとんどの人が憧れるような人生を送っているんだと私は思う。
それでも私は自分の生まれを嫌い。それに抗うことのできない自分を嫌う。
どこかに自分を自由にしてくれる人はいないのか、そんな妄想を毎日している。
今日も周りの求める自分を演じて1日過ごす。
「まだ高校生なのだから」という言葉はこれからもまだまだこの人生が続くことを意味している。
「おはようございます。お嬢様、朝食のお時間です」
世話役の多恵が部屋の外から声をかける。
「多恵さん、おはようございます」
「本日は始業式と入学式、放課後は茶道、夜は真知子様と夕食です」
「分かりました。今、行きますので」
真知子との食事は1週間振。父のところに度々行っているみたいだ。
部屋から出ると扉の脇に多恵さんが控えていた。毎朝私が起きた頃合いに部屋に来て声をかけに来る。早起きした時は合わせて早く来るので、どこかから監視しているのかと不安になったこともあったが、どうやらそうではないらしい。
感情が見て取れないが、従者としてはこれ以上ないくらい優秀だ。
彼女は私が物心ついた頃からいるが見た目はどう見ても20代前半で昔から変わってないように思える。
この家で唯一父や母ではなく私に従ってくれる従者で聞いたことにはなんでも答えてくれるが、年齢の部分だけは教えてくれない。
いつも通り朝食の揃えられた席に着く。
「多恵さん、今日は始業式のみなので昼過ぎには学校が終わりますが予定は詰めますか?」
「いえ、お稽古の都合が合わせられなかったのでいつも通りの時間からです。お迎えの時間はお嬢様に合わせますがいかがしましょうか」
「では14時ごろに車を回してください。昼食はお弁当で済ませますので」
「かしこまりました。では14時頃にいつも通り」
「お願いしますね」
その後は会話もなく朝食をとり、始業式のためにいつもより早く出る準備を整え玄関の外に出る。
多恵さんは私が声をかけなくとも車を回して玄関で待機をしてくれている。
「お嬢様、真知子様からの伝言です。メールでしたのでプリントアウトして持って来ました」
なんでもないコピー用紙には仕事に関する内容と家のことに関する内容に紛れて私宛の一文が書かれていた。
『清乃へ。今度お父様が帰って来ますので、そのつもりでいてください。』
「これだけですか?」
他の要件の文章量に対してあまりに少ない文字数に思わず聞いてしまう。この1文を読んで何を準備しておけばいいのか。
「これだけでございます。必要であれば返信もできますがどうなさいますか」
少し考えてから答える。
「いえ結構です。今晩会えることですし、その時にでも聞きますわ」
こちらが急ぐような案件でもなさそうなので、返信は不要だろう。
「それよりも今日は始業式の準備がありますので急ぎましょう」
そう言うと、多恵さんは無言で車の扉を開けて私が座るのを確認してから運転席につく。
多恵さんは運転手も兼ねてくれている。
学校まで車で15分。
窮屈な生活に嫌気はあるが、今日から新学期2年生に上がって最初の学期。少し期待をしてみるのもいいのかなと妄想したりしなかったり。
何度目かの期待をしながら、ゆらゆらと揺れながら行き慣れた高校に向かっていく。