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先輩、好きになってもいいですか。  作者: 雨宮ツムグ


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教わる後輩

「いやぁ……はは……」

何してんだあいつ。

大学の入口付近で腕を掴まれ、絡まれてる奴が居ると思えば、それは西宮の姿で。

いつぞやと同じ、困り笑顔を浮かべているから俺の眉間にはシワが寄る。

あいつ、この間は断れるようになったとか言ってなかったか?

つい先日の、ティッシュ配りを断れたと島田に報告していた西宮の姿を思い出しながら、歩み寄る。

「おい、行くぞ」

「先輩!」

「あ?何君、今俺が話してるんだけど」

俺が声を掛けると、嬉しそうにする西宮と、反して不快そうにする知らない男。

多分、西宮の知り合いじゃないよな。

さっき西宮困ってたし。

現に俺が来た途端、西宮はこの男から離れて、俺の方に来ている。

それなら、と考えて、正直こちらも睨みたくなる気持ちを抑えながら、僅かな笑顔を作った。

「すみません先輩……俺達今日、朝一で教授に呼ばれてて。鴨井教授、って方なんですけど……」

「げ」

鴨井教授はやたらと厳しいことで話題の人だ。

一年以上ならその存在を知っているだろうと名前を出せば、目の前の男は明らかに嫌そうな顔をしていて。

「遅れると理由を述べないといけないので……先輩のお名前、伺っても宜しいですか……?」

大変申し訳ないですが……という体で言えば、男の顔は余計に嫌そうな顔になる。

「も、もういいよ!じゃあな!」

それから踵を返して去っていくので、そいつが遠く離れた頃に、フンッと鼻から大きく息を吐いた。

「先輩……かっこいい……」

「はあ?」

変な奴が去ったと思えば、今度はこっちが変な奴になりやがった。

俺はさっきの奴以上に嫌そうな顔をして西宮を見ると、抱き付きでもされるのかというほど近くに寄ってくるから後ずさる。

「ありがとうございます先輩、なんかウォーターサーバーいらないかって声を掛けられて……」

「どこの営業だよ!」

反射で大声を出せば、大学の入口なせいもあって周りがざわつき始めて。

「ああもう、移動するぞ」

「はい!」

さっきは腕を引かれようとてこでも動かなかった西宮が、俺の声には嬉々として反応して付いてくるのがかわ……いくはない。

従順な犬みたいでかわ……じゃなくて、俺の自尊心が満たされるような心地がして良い。

「違うからな!」

「へ?はい!」

何も分からないくせに、俺がそうだと言えばそうなのだと信じかねない勢いで同意する西宮に、若干の不安を覚える。

本当にこいつ、ちゃんと生きていけるのだろうか。

社会に出た途端変なツボやら数珠やら買わされて、稼いだ金を全部飛ばしそうな雰囲気がして心配でならない。

大学内ですら既に二回もカモられかけているというのに。

もっと危機感を持てと教え込まなくてはいけないな、と俺は構内を進みながら決意する。

西宮は変わらず俺の後ろをピッタリと付いてきていて、すれ違う人が俺の後ろばかりを見るので、きっとあのだらけきった笑顔を晒しているのだろうなと思うと朝からどっと疲れた。


「鴨井っていうのは超絶細かくて、うるさくて、ややこしくて、厳しい教授」

「はあ!そういうことでしたか……!咄嗟であんなに機転の効いた追い払い方ができるなんて、先輩本当に凄いです」

「そ……んなことより、お前断れるようになったんじゃないのか?先輩だろうがなんだろうが変な奴からはさっさと逃げろって」

構内を適当に歩いた末見つけた休憩スペースで、俺と西宮は並んで座りながらお説教をしていた。

「はい……断ろうとは思ったんですけど……もし先輩のお知り合いだったら、ご迷惑をおかけしちゃうかも、って思ったら……」

「ご迷惑って」

じゃあ俺の為に断りきれずにいたのかよ。

なんだそれ健気でかわ……じゃなくて。

「俺の知り合いだろうがなんだろうが変な奴からは逃げろ。特に売りつけてくる系の奴!そんなん例え俺の知り合いでも今後付き合いから除外するレベルだろ」

「……かっこいい」

「はああ?」

何言ってんだこいつ、と顔を顰めれば、西宮はまた距離を詰めてきて。

「助けてくれてありがとうございます、先輩。次からはちゃんと逃げます。あと……今日も会えて嬉しいです」

「……かっ」

「か?」

可愛い……だろこれは。

いやちげぇ。

ちげぇよ。

そんなんじゃない。

断じてない。

キラキラした顔で会えて嬉しいなんて、言われて嬉しくない奴が居るか?

居る、居るんだよ、ここに。

居なきゃいけないんだよ。

だってそうだろ。

男が男に可愛いとか、それはちょっと違う、だろ。

結局何も言い返せなくて、視線を逸らして。

熱い耳を隠すようにそっぽを向けば、吐息だけの嬉しそうな笑い声が聞こえて、無性に悔しかった。


「先輩!」

「……おお」

午前の講義が終わり、食堂へ向かっていたらよく通る声が響いて。

振り返れば案の定西宮が居たから、廊下の端に避けて立ち止まる。

追いついてきた西宮は相も変わらず嬉しそうに笑っていて、こいつって案外表情豊かだよな、などと思ったりした。

「お昼ですか?一緒に食べませんか」

「……いいけど」

お前友達とか……は、流石に踏み込みすぎか?

迷いながら歩き始めると、西宮も並んで歩き始める。

まあ俺も基本一人だもんな。

たまに島田とつるむくらいで。

「先輩と一日に二回も会えるなんて」

嬉しいです、って斜め上から微笑まれて、呆れた顔を返す。

きゅっとした胸はごしごし擦ってその感覚を飛ばした。

「お前……俺のこと見つけられたらラッキーみたいな遊びでもしてんの?」

「えっ?」

「連絡取りゃ確実に会えるだろ」

「……えっ!!」

「うるせぇ」

ただでさえ通る声で、鼓膜でも爆発でもさせんのかってくらいの爆音を出すから耳を塞ぐ。

周りで同じく食堂へ向かって歩いていた数人も、何事かとこちらを見ているので仕方なく頭を下げて笑った。

「せ、先輩、先輩、あの」

「なに」

「せせせ先輩」

「なにっ」

「せ、先輩、の、メアド聞いても良いんですか……!?」

「メアドぉ!?」

なんだその古の単語!って思ってから、また視線を浴びていることに気付いて、はははと笑う。

こいつと居ると調子が狂う。

俺までこんな大声を出すなんて。

「メアドでも別にいいけど……西宮メッセージアプリやってないの」

「や……ってないです」

「まじか」

再び歩き出しながら考える。

俺ちゃんと通知受け取れるメアドあったかな。

気が付けばいろんな広告やら宣伝やらに埋もれていくから、メアドは私用の連絡手段として使わなくなってかなり久しい。

「あ、こだわりがあるとかじゃなくて、今まで必要が無かっただけで。先輩はやってますか?どのアプリをやってますか?」

「ちょ、落ち着け」

考え事のせいで黙った俺に焦ったのか、西宮がグイグイくるので押し留める。

そんな心配しなくても、メアドでも別にいいって言ったろ、と思いながら、折衷案を考えて。

「アプリやりたいなら教えてやるから」

「っはい!」

くそ、かわ……いくはない、違う。

嬉しそうにキラキラとした笑顔を向けてくる西宮から視線を逸らして、緩く溜息を吐いた。

押すなよ、押すなよ、で、ずっと崖の淵に居るような感覚だった。

落ちたら何処へ行くのだろう。

分からないから、ずっと耐えて留まっている。


「おいこらパスワードまで見せなくていい」

「あ、でも先輩なら良いですよ」

「ダメだっつってんだろ」

食堂に着いて、俺はミニうどん、西宮は日替わり定食を注文して。

今日はスマホが見やすいように並べるカウンター席を選んで座っていた。

それからアプリ名を伝えて、インストールする西宮を見守りながらうどんを啜って。

西宮はインストール中の画面をじっと珍しそうに見ているから、アプリとかほとんどやっていないのか?と思う。

メッセージアプリだって、これまで必要が無かったと言っていた。

一体どんな生活を送ってたんだよ、と、いつかは聞いてみたいな思う。

そうしてインストールされたアプリを開いて、入力が必要な項目を指差しながら教えて。

パスワードまでも堂々と俺に見せながら打ち始めるから叱っていた。

「写真どうしましょう」

「なんでも。顔とか、景色とか、好きな物とか」

「じゃあ先輩を」

「なんでだよ」

本当になんでだよ。

なんでお前のアカウントで俺の顔なんだよ。

西宮とIDを交換した人がビビるだろうがよ。

誰これ!?って叫ばれる未来が見えて、申し訳なさでげんなりする。

「いつでも変えられるし、定食でも撮っておけば」

「あ、じゃあ先輩のうどんで」

「はぁ?食いかけだぞ」

「はい!」

謎に嬉しそうでちょっとビビる。

けれど箸を避けて、西宮に寄せてやると早速撮り始めるので本気かよ、と更にちょっとビビった。

「ぼやける……」

「ん」

西宮は両手でしっかりとスマホを押さえて、プルプルする右手の人差し指はシャッターボタンにあって。

仕方なく横から画面を覗いて、スマホの画面をタップしてうどんにピントを合わせてやると、直ぐ近くで西宮がこちらを向くから、息が止まる。

「っあ、すみません」

「……いや、別に」

キス、になるかと思った。

バクバク跳ねる心臓を外から押さえて、緩く西宮から距離を取る。

西宮も西宮で固まったまま、耳を赤くしているから釣られてこちらまで熱くなった。

いつもキラキラとした顔で寄ってくるくせに、いざキスできそうな距離になると照れるのかよ。

騒がしい胸はなかなか落ち着かなくて、お互い、耳は赤く熱いままだった。


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