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最強勇者なのに、人間関係がしんどくて辺境に逃げたら元仲間が追ってきます

作者: 理寿人
掲載日:2026/03/28

 俺は今、魚を焼いている。


 川べりの平たい石を並べ、その上に網を置き、さっき釣った銀鱗マスをじゅうじゅう言わせている。塩は控えめ。皮はぱりっと。中はふっくら。


 完璧だ。


 異世界に転生して三年。魔王討伐から一年。世界を救った英雄としての俺の結論は、いろいろあるけど、いちばん大事なのはたぶんこれだった。


 人は多すぎると疲れる。


 王都は人が多かった。城はもっと多かった。

 期待が多かった。視線が多かった。恩義が多かった。好意が多かった。ついでに面倒も多かった。


 だから俺は逃げた。


 いや、もっと正確に言おう。

 俺は“人間関係をリセット”した。


 それは地球にいたころからの、あまり胸を張れない癖だ。

 スマホの連絡先を全部消したことがある。学生時代の友達のグループを黙って抜けたこともある。バイト先を辞めたあと、誰のメッセージにも返事をしなかったこともある。前の会社を辞めたときなんて、引っ越し先を誰にも言わなかった。


 悪いやつではなかったと思う。

 ただ、ある日ぷつっと切れるのだ。


 ああもういいや、全部まっさらにしたい、って。


 で、その癖は異世界に来ても治らなかった。


 王都から千二百キロ離れた辺境の村、ミレア。

 ここで俺は「カイ」という偽名で暮らしている。木を切り、魚を釣り、ときどき畑を手伝い、夕方には川辺で飯を食う。


 最高だ。


「……カイ兄ちゃん!」


 村の入り口のほうから、子どもの叫び声が飛んできた。


「また空が変!」

「変ってなんだよ」


 嫌な予感しかしないので、俺は焼き魚をひっくり返しながら聞き返した。


「なんか、紫!」


 終わった。


 俺はゆっくり立ち上がって空を見た。

 西の空に、でかい魔法陣が開いていた。紫色。金の縁取り。中心でぐるぐる回っているのは王立大魔導院の紋章だ。


 見覚えしかない。


「リリア……!」


 魔法使いの女の子。いやもう女の子って歳でもないか。十九歳だし。

 俺が魔王討伐の旅で出会い、なんだかんだ恋仲っぽくなった天才魔導士リリア・フェルン。あいつの探査魔法だ。


 しかも今回は、空間共鳴型の広域走査術式。

 国ひとつぶんを舐めるように探す、だいぶ大人気ないやつである。


 村の子どもたちが「うわー、きれー」とか言っている。

 きれーじゃない。あれは俺の平穏に対する宣戦布告だ。


「カイ兄ちゃん、知り合い?」

「いや、知らない。空の趣味が派手な人だ」

「変な人?」

「ものすごく変な人」


 俺は魚を布で包み、荷物をまとめ、三歩で荷馬車の陰に隠した。


 その瞬間、魔法陣の中心から細い光が一本、ぴしっと地上へ伸びた。

 まっすぐ、こっちへ。


「見つけたあああああああああああっ!!」


 空から拡声魔法の声が降ってきた。


 村人たちがびくっと跳ねる。


「やっぱ知り合いじゃん!」

「違う! たまたま叫び方に聞き覚えがあっただけだ!」


 俺は反射的に飛行魔法を発動した。

 足元に風が渦を巻き、体がふわりと浮く。


 そのとき、森のほうから矢が飛んできた。

 矢といっても殺傷用じゃない。先端に銀の鈴がついていて、命中すると位置情報をずっと鳴らし続ける、最低の追跡矢だ。


 俺は空中で身をひねって避けた。


「外した」


 森の陰から、薄緑の髪が揺れた。

 エルフの少女、セレスティア。長い耳。無表情。森と風を読むのが異様にうまい。旅のあいだ、何度も命を救われた相手だ。今はたぶん、俺の社会的死を狙っている。


「次は当てる」

「当てるな!」


 さらに道の向こうから地鳴りがした。


「おおおおおおい相棒おおおおおお!!」


 来た。

 来やがった。


 全身鎧の大男が、馬より速く走ってくる。

 ガルド。戦士。親友。信頼のおける男。笑顔がまぶしい。声がでかい。追跡に向いていない見た目のくせに、気配を消さずに最短距離で現れるタイプの厄介さを持つ。


「見つけたぞおおおお!」

「だからなんで毎回そんな嬉しそうなんだよ!」

「再会は喜ぶものだろうが!」


 喜ぶな。追うな。帰れ。


 そして最後に、村の入口へ豪奢な馬車が止まった。

 ドアが開き、白銀のドレスの裾が見える。


 俺は頭を抱えた。


「アルシア姫まで来てるのかよ……!」


 国王の娘。頭がいい。気品がある。根性もある。国の事情も、人の気持ちも、だいたい見えてしまう人だ。

 そして見えてしまうぶん、諦めが悪い。


 姫は村を見回し、俺を見つけると、上品に片手を上げた。


「ごきげんよう、勇者様」

「ごきげんようじゃないんですよ」

「一応、村の皆さんの前では穏当に始めようかと」

「その配慮を追跡自体に使ってください」


 リリアの声が空から降る。


「アキト! 今度こそ逃がさないから!」

「名前を呼ぶな! 偽名生活が終わるだろうが!」


 村の子どもがぽかんとして俺を見る。

 村長も見る。

 魚をくれたおばあさんも見る。


 まずい。これはまずい。

 カイとして築いた平穏な人間関係が、アキトとしての過去に飲み込まれる。


 俺は空高く飛び上がった。


「悪いみんな! 焼き魚は好きに食ってくれ!」

「カイ兄ちゃん何者!?」

「ただの釣り好きだーっ!」


 そうして俺の第二十七回異世界関係リセット生活は、わずか三週間で終わった。



 俺の名前は秋人。三十二歳。

 地球では会社員だった。趣味は釣り。休日に防波堤で足を滑らせ、海に落ちて死んだ。


 目が覚めたら、剣と魔法の世界だった。


 よくある話だ。

 少なくとも、転生してから読んだ勇者伝承とか吟遊詩人の歌では、わりとよくある扱いだった。やたら親近感がわいた。


 ただし、俺の場合、能力がちょっと盛られすぎていた。


 剣を握れば魔力が爆発し、魔法を使えば城壁が消し飛び、飛ぼうと思えば飛べた。治癒も結界も強化も索敵も、だいたい全部できた。


 最初はそりゃ嬉しかった。

 地球で冴えない会社員だった男が、異世界で無双。ダンジョン攻略。魔王討伐。英雄扱い。酒場で奢られ、城で歓迎され、女の子に好かれ、王様から「娘をどうだ」とまで言われる。


 人生大逆転ってやつだ。


 でも、人間は贅沢だ。


 そのうち俺は、英雄として求められ続ける生活に、じわじわ息苦しくなっていった。


 朝。

 姫から政務の相談が来る。

 昼。

 リリアが新魔法の実験に付き合えと言う。

 午後。

 セレスティアが森を散歩しようと無言で待っている。

 夕方。

 ガルドが訓練しようぜ!と木剣を持って現れる。

 夜。

 国王が晩餐に呼ぶ。

 寝ようとすると、各方面から「明日は空いてる?」が飛んでくる。


 いや、全員いい人なんだ。

 そこが余計にきつい。


 悪人に絡まれているなら切り捨てればいい。

 でも、善意と信頼と好意で囲まれると、逃げる理由を説明しづらい。


 しかも俺は、魔王を倒してしまった。

 世界を救った男に対する期待は、だいたい世界規模になる。


 街を歩けば手を振られ、酒場に行けば肩を組まれ、地方貴族からはぜひうちにも来てくれと招待状が積まれ、恋愛関係はなぜか整理されるどころか増える気配を見せ始めた。


 ある日、城のバルコニーで、俺は思った。


 あ、無理だ。


 それは別に劇的な絶望ではない。

 静かな断念だ。


 換気の悪い部屋に長くいたときみたいに、気づけば息が浅くなっていた。

 誰が悪いわけでもないのに、ただ全部を一回切りたくなった。


 だから俺は手紙を一枚だけ残して、飛んだ。


『探さないでください』

 と書いた。


 今思えば、あれは薪に油を注ぐ文面だった。



 二十七回目の逃亡先は、港町ヴァレントだった。


 俺は髪を黒く染め、眼鏡型の幻術具をかけ、港で荷運びの仕事を始めた。偽名はまた変えて「ロイ」。平凡そうな名前である。


 海のある町はいい。

 潮の匂いがするし、人がよそ者にそこまで興味を持たない。みんな自分の商売で忙しいからだ。


 三日ほど平穏が続いた。


 四日目の朝、港の食堂で魚スープをすすっていると、向かいの席にごつい男が座った。


「うまそうだな」

「……」


 顔を上げる。

 ガルドだった。ひげをつけていた。

 似合っていない。

 むしろ存在感が増している。


「なんでわかった」

「いや、魚スープを前にすると目が少し細くなるだろ、お前」

「気づくか普通」

「親友だからな!」


 そう言って豪快に笑うので、食堂の客がびくっとした。


 俺はスプーンを置いた。

 逃げるべきか、話すべきか、三秒考えて、後者を選んだ。


「……他のみんなは?」

「近くにはいない。俺だけだ」

「ほんとか?」

「今回は、だ」


 “今回は”ってなんだ。怖いな。


 ガルドはスープを二杯頼み、ひとつを俺の前に押した。

 こういうところ、昔から妙に気が利く。


「なあアキト。ひとつだけ聞かせろ」

「なんだよ」

「俺たち、そんなに嫌だったか?」


 その言い方をされると、弱い。


 俺は目をそらした。

 港の外では、帆船のマストが風に鳴っていた。


「嫌じゃない」

「じゃあなんで」

「重かったんだよ」


 ガルドが黙る。


「お前が悪いとか、姫が悪いとか、リリアがしつこいとか、セレスが怖いとか、そういう話じゃない」

「最後のは少し気になるが」

「気にするな。事実でも今は置いとけ」


 俺はスプーンでスープをかき回した。


「みんな俺に期待してた。信じてた。好いてくれてた。感謝もしてくれた。だからこそ、断れなくなったんだ」

「断ればいいだろ」

「断るたびに、ちょっとずつ悪いやつになる気がした」

「……」


「今日は休みたい、ひとりでいたい、誰にも会いたくない。それを言うたびに、英雄のくせにとか、恋人候補のくせにとか、姫の婿候補のくせにとか、親友だろとか、いろんな肩書きが俺の前に立ってきたんだよ」


 ガルドは眉を寄せた。

 その顔は、魔物と戦うときより難しそうだった。


「俺はたぶん、人よりそれが苦手なんだ。つながりが増えると、嬉しいより先に逃げたくなる」


 言った。

 初めて、ちゃんと言った気がした。


 ガルドは腕を組んだまま、しばらく黙っていたが、やがてため息をついた。


「……それ、本人たちに言ったか?」

「言えるか」

「そこだろ」

「そこなんだよ!」


 思わず机を叩いたら、食堂のおばちゃんににらまれた。


 ガルドは頭をかいて、困ったように笑った。


「姫は怒ってたぞ」

「だろうな」

「リリアは寝ずに魔法組んでた」

「だろうな」

「セレスは森じゅうの鳥を味方にしてた」

「こわ」

「でもな、みんな、捨てられたと思ってた」

「……」


「お前が嫌になって逃げたんじゃなくて、自分たちが嫌われたと思ってた」


 それは、少し痛かった。


 俺は逃げた。

 でも、逃げるときに後ろに残る感情までは、ちゃんと想像していなかった。


 たぶん地球でもそうだったのだ。

 連絡先を消した相手にも、生活があった。驚きも、怒りも、寂しさもあったはずだ。

 俺はいつも、自分が潰れないことだけで手いっぱいで、そこから先を見ないふりをしてきた。


「……戻れって言いに来たのか」

「半分はな」

「半分は?」

「殴りに来た」

「帰れ」


 ガルドが笑う。

 俺も少しだけ笑った。


 その瞬間、食堂の窓の外で空が紫に光った。


 俺たちは同時に顔を上げた。


「ガルド」

「悪い。発信機、つけられてたかもしれん」

「なんでそんなことを爽やかに言うんだよ!」


 窓の外に巨大な魔法陣。

 港の塔の上に、リリアが立っていた。杖を振りかざし、目が完全に据わっている。


「見つけたぁぁぁぁぁ!」

「だから声がでかい!」


 別の屋根の上にはセレスティア。

 路地の向こうには王家の紋章入り馬車。

 アルシア姫が静かに扇を閉じた。


 囲まれた。


「ガルド、お前、半分どころか八割ぐらい囮じゃねえか!」

「いやあ、結果的にはそうなった!」

「笑うな!」


 俺は窓から飛び出した。



 港を駆け、屋根を飛び、船のマストを足場にして、海へ出る。


 後ろから魔法が飛ぶ。

 前から鳥の群れが誘導する。

 横からガルドが「そっちは行き止まりだ!」と教えてくる。敵なのか味方なのかはっきりしろ。


 俺は海上すれすれを飛び、沖の小島へ降りた。

 潮風の強い、岩しかない島だ。


 追ってきたのは四人全員だった。


 リリアは肩で息をしながら杖を突きつける。

「今度という今度は本気で怒ってるから!」


 セレスティアは無表情で矢をつがえる。

「次は鈴じゃない」

「物騒さが増してる!」


 ガルドはぜえぜえ言いながら笑う。

「さすがに海上はきついな!」

「お前はなんで楽しそうなんだよ!」


 そしてアルシア姫だけが、波打ち際まで歩いてきて、静かに言った。


「勇者様」

「……」

「いえ、秋人さん」


 その呼び方に、みんなが少しだけ黙った。


「あなたが疲れていたことに、気づけなかったのは私たちの落ち度です」

「姫」

「ですが、だからといって何も言わず消えられるのは、たいへん困ります」


 困る、の言い方が王族だ。

 でも、その目はちゃんと怒っていた。


「国王は泣きました。リリアは三日眠りませんでした。セレスティアさんは鳥と鹿と狼の連絡網を作りました。ガルドは各地の酒場で三十七人と友達になりました」

「最後だけ役に立ち方が雑すぎるだろ」

「全部、あなたを探すためです」


 俺は何も言えなくなった。


 リリアが一歩前に出る。

 怒っているくせに、少し泣きそうな顔だった。


「……ねえ、逃げるなら逃げるで、ちゃんと言ってよ」

「言えなかった」

「言ってよ! そしたら、もう少しマシな魔法にしたのに!」

「お前の問題はそこじゃない!」


 セレスティアが矢を下ろした。

「私は、待つのは得意。でも、いなくなるのは困る」

「……ごめん」

「三か月、森じゅう探した」

「ごめんって」


 ガルドが腕を組んでうなずく。

「つまりお前は、ひとりの時間が欲しかったんだな」

「ざっくり言うとそうだ」

「なら最初からそう言え」

「言えない人間もいるんだよ!」


 俺はとうとう叫んだ。


「嫌いになったわけじゃない! お前らが重かったんだ! いや違うな、重いっていうか、近すぎたんだよ! 俺、ずっと誰かの期待に応え続けるの無理なんだよ! たまには放っといてほしいし、釣りしたいし、木も切りたいし、知らない村で静かに暮らしたい日もある! 英雄とか勇者とか婿候補とか、そういうの全部脱いで、ただの俺に戻りたいときがあるんだよ!」


 波の音がした。


 四人とも黙っていた。

 やってしまった、と思った。これはたぶん、かなりひどい言い方だ。


 でも次の瞬間、アルシア姫が小さく息を吐いた。


「……そういうことでしたか」

「え?」

「勇者様は、役職過多だったのですね」

「役職過多」

「処理いたします」


 姫がさらっと言った。


「まず王都に戻ったら、公務への出席は月二回まで。英雄としての式典参加は事前申請制。面会は予約制にしましょう」

「えっ」

「恋愛関係は」

 とリリアが手を挙げる。

「週ごとの持ち回り……は感じ悪いかな」

「感じ悪い以前になんで制度化しようとしてるんだ」

「じゃあ自己申告制?」

「どこに申告するんだよ!」

「私が帳簿を作る」

 とセレスティアが真顔で言った。

「作るな!」


 ガルドがぽんと手を打つ。

「よし、定休日を作ろう!」

「定休日」

「毎週二日は誰も会いに行かない!」

「それ、店みたいだな」

「あと、年に一度は長期休暇! 好きな場所で釣りしていい!」

「……」


 なんだそれ。

 なんだその、妙に現実的な解決案は。


 俺は拍子抜けした。

 もっと責められると思っていた。泣かれるか、怒鳴られるか、剣を突きつけられるか、その全部くらいは覚悟していた。


 でも目の前の連中は、俺の面倒くさい本音を聞いた上で、わりと本気で対策を考え始めている。


 姫が言う。


「誰かとつながることと、常に応答可能であることは違います」

「……」

「そこを混同していたなら、私たちも反省すべきでしょう」


 リリアもこくこくうなずく。

「探査魔法は緊急時だけにする」

「今までが緊急時じゃなかったのか?」

「全部緊急だと思ってた」

「重い!」


 セレスティアは少し考えてから言った。

「会いたいときは、鳥で聞く」

「聞いてから来るのか」

「返事がないときは来ない」

「えらい」


 ガルドは胸を張る。

「俺はいつでも行く!」

「お前だけ改善しろ」

「えっ」


 思わず笑ってしまった。


 すると四人とも、少しだけほっとした顔をした。

 ああ、そうか。

 こいつらもずっと、どう扱えばいいのかわからなかったのだ。世界を救うくせに急に消える、扱いづらい男を。


「……戻るよ」

 俺は言った。

「でも条件がある」

「言ってください」

 と姫。


「俺はたまに消える。ちゃんと行き先は言う。でも、追うな」

「緊急時は?」

 とリリア。

「世界が滅びそうなら追え」

「基準がでかいな」

「勇者の基準なんてそんなもんだろ」


 セレスティアがこくりと頷いた。

「では、世界が滅びそうでない限り待つ」

「頼む」

「ただし、魚は送る」

「なんで」

「好きだから」

「ありがたいけど重いんだよなあ!」


 ガルドが笑い、姫まで口元を押さえた。


 夕陽が海に落ちていく。

 俺はその光を見ながら、ようやくひとつ、ちゃんとわかった。


 リセットって、たぶん消去じゃない。


 俺はずっと、全部を切ることだけをリセットだと思っていた。

 でも本当は、距離を取り直すことだって、たぶんそう呼べる。


 全部消さなくても、息ができる形に並べ替えることはできるのだ。


 まあ、それをもっと早く学べよという話ではあるんだけど。



 それから一か月後。


 王都の外れ、湖のほとりに小さな家が建った。

 俺のための家らしい。王家持ち。無駄に立派。やめろと言ったのに、なぜか釣り用の桟橋までついている。


 表札にはこう書かれていた。


『勇者休養所 兼 無断失踪防止拠点』


 字はリリア。

 とても腹が立つ。


 俺は桟橋に座って釣り糸を垂らした。

 湖面がきらきら光る。風は穏やかだ。鳥の声がする。今日は誰も来ない――予定だ。


 素晴らしい。


 本当に素晴らしい。


 そう思った瞬間、背後で扉が開いた。


「秋人さん、お茶をお持ちしました」

 姫の声。


 窓の外からひょこっとリリア。

「新しい転移符、置いとくね!」


 屋根の上からセレスティア。

「魚、三匹」


 庭の門を壊しながらガルド。

「訓練しようぜ!」


「定休日って何だったんだよおおおおおおおお!」


 俺の叫びが湖に響く。

 白い鳥が一斉に飛び立った。


 たぶん俺の異世界関係リセットは、今日もきれいには成功していない。


 でもまあ。


 前よりは、だいぶ息がしやすい。


 だから焼いた魚くらいは、四等分してやってもいいかと思う。

 思うだけで、毎回すんなりとは渡さないけど。


 英雄にも、そういう面倒くさい自由くらいはあっていいだろう。

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