第8話 招かれざる客
シャワーを浴びて少し顔色が戻ったあきほは、休日の遅い朝食――といっても、コンビニのおにぎりを一つ――を口にしていた。
スマホの着信は止んでいた。
だが、それが逆に嵐の前の静けさのように感じられ、僕は落ち着かなかった。
あの男は、ただの遊び人じゃない。
昨夜の、あきほを見る目。
あれは所有欲に飢えた捕食者の目だった。
『あきほ、今日は家から出ないほうがいい』
僕は根拠のない不安に駆られて、彼女に語りかける。
彼女はぼんやりとテレビのニュースを眺めている。
画面の中では、どこかの政治家が汚職について言い訳をしていた。
ピンポーン。
唐突に、電子音が部屋の空気を切り裂いた。
インターホンだ。
あきほの肩がビクリと跳ねる。
彼女は恐る恐る玄関の方を見た。
宅配便の予定はないはずだ。友人が来るなら連絡があるはずだ。
彼女は足音を忍ばせて玄関へ向かい、ドアスコープを覗き込んだ。
次の瞬間、彼女は息を呑んで後ずさった。
顔から血の気が引いていく。
「……なんで」
彼女の唇が震えている。
僕もドアをすり抜けて、外の様子を確認した。
そこにいたのは、工藤だった。
昨夜と同じ、仕立ての良いスーツ。片手にはコンビニの袋を提げている。
整った顔立ちで、ドアスコープ越しに「笑顔」を作っていた。
「あきほちゃーん。いるんでしょ? 電気のメーター回ってるよ」
ドア越しに聞こえる声。
明るく振る舞っているが、その声色は冷たく、湿っている。
「お見舞いに来たよ。スポーツドリンクとか買ってきたからさ。開けてよ」
嘘だ。
どうしてここが分かった?
昨夜のタクシーか? それとも、もっと前からつけ回していたのか?
あきほは口元を両手で覆い、声を殺して震えている。
鍵はかかっている。チェーンもかかっている。
それでも、薄い鉄の扉一枚隔てた先に「悪意」があるという事実は、彼女を恐怖させるには十分すぎた。
「ねえ、開けてってば。心配してるんだよ?」
ドンドン。
ノックの音が強くなる。
「無視するなよ。昨日はあんなに楽しそうだったじゃんか」
男の声から、丁寧な装飾が剥がれ落ちていく。
『帰れ! 帰れよ!』
僕はドアに向かって叫んだ。
あきほを守りたい。
その一心で、僕は男の前に立ちはだかる。
だが、僕は幽霊だ。
男は僕の体をすり抜けて、ドアノブに手をかけた。
ガチャガチャ。
鍵がかかっていることを確認するように、ノブが乱暴に回される。
その金属音が、あきほの悲鳴のように響いた。




