第7話 頭痛と着信音
カーテンの隙間から差し込む白い光が、残酷なほど眩しかった。
朝が来たのだ。
僕にとっては意味のない、あきほにとっては憂鬱な朝が。
「……ん」
床で眠っていたあきほが、呻くように身じろぎをする。
彼女は重たそうに瞼を持ち上げると、すぐにこめかみを押さえて顔を歪めた。
二日酔いだろう。
昨晩、あれだけの量の酒をあおったのだから無理もない。
彼女はよろめきながら起き上がると、喉の渇きを潤すためにキッチンへ向かった。
冷蔵庫を開け、ペットボトルの水をラッパ飲みする。
その横顔は、昨夜の化粧が落ちきっておらず、目の下が黒く滲んでいて痛々しい。
『おはよう、あきほ。頭、痛むだろ?』
僕は彼女の背中に声をかける。
もちろん、返事はない。
生きていれば、「飲みすぎだよ」と笑いながら味噌汁を作ってやれたのに。
今の僕にできるのは、ただ彼女が水をこぼさないように見守ることだけだ。
彼女はリビングに戻ると、脱ぎ捨ててあったバッグからスマートフォンを取り出した。
画面をタップした瞬間、彼女の眉間に深い皺が刻まれる。
ブブッ、ブブッ。
短く、神経を逆撫でするようなバイブレーション。
メッセージの通知だ。
それも、一件や二件ではない。画面が通知で埋め尽くされている。
「……しつこい」
彼女は小さく舌打ちをした。
僕は後ろから画面を覗き込む。
『工藤』
そう表示された名前。
昨夜、ホテル街へ彼女を連れ込もうとした男だ。
『昨日はごめんね』
『二日酔い大丈夫?』
『今度、埋め合わせさせてよ』
『いい店予約しておくから』
甘い言葉の羅列。
しかし、その文面の裏側には、「獲物を逃したくない」という粘着質な執着が見え隠れしていた。
あきほは返信もせず、スマホをソファに放り投げた。
深いため息をつく。
「もう……全部、やめたい」
その言葉が、誰との関係を指しているのか、それとも人生そのものを指しているのか。
僕には聞くのが怖かった。
彼女は祭壇の僕の遺影に目をやることもなく、逃げるようにシャワー室へと消えていった。
今の自分を、僕に見られたくないとでも言うように。
『あきほ……』
一人残されたリビングで、再びスマホが震えた。
今度はメッセージではない。着信だ。
画面に光る『工藤』の二文字が、まるで呪いのように点滅していた。




