第11話 焦げたトーストと決意
一時間ほど経っただろうか。
あきほは落ち着きを取り戻していた。
彼女は立ち上がると、洗面所で顔を洗った。
鏡の前で、赤くなった目を冷たい水で冷やす。
そして、リビングに戻ると、キッチンの前に立った。
『あきほ?』
彼女は冷蔵庫から食パンと卵を取り出した。
フライパンに油を敷き、火をつける。
ジュウ、という音が静かな部屋に響く。
料理なんて、僕が死んでから一度もしていなかったはずだ。
コンビニ弁当やカップ麺の空き容器が散乱するゴミ箱が、それを物語っている。
彼女は不器用な手つきで目玉焼きを作り、トースターにパンを放り込んだ。
チン、という軽快な音。
少し焼きすぎて焦げ目がついたトーストと、黄身が割れてしまった目玉焼き。
それが今日の彼女の遅いランチだった。
彼女はテーブルに皿を置くと、手を合わせた。
「いただきます」
誰に言うでもない挨拶。
トーストをかじり、コーヒーで流し込む。
「……焦げてる」
彼女は苦笑いをした。
久しぶりに見た、彼女の自然な表情だった。
「かえでの方が、料理上手だったもんね」
独り言のように呟く。
以前なら、その言葉の後に泣き出していたかもしれない。
けれど今は、どこか懐かしむような響きがあった。
僕が起こしたポルターガイスト現象が、彼女に確信を与えたのだ。
僕が見守っているという確信を。
それが、彼女の背筋を少しだけ伸ばさせていた。
『君の料理も、好きだったよ。味付けは濃かったけど』
僕が軽口を叩くと、まるで聞こえたかのように、彼女がふふっと笑った気がした。
食事を終えた彼女は、ソファに散らばっていた洗濯物を畳み始めた。
澱んでいた部屋の空気が、少しずつ循環し始めている。
止まっていた時計の針が、カチリと一つ進んだ音がした。




