第10話 魂の摩耗
膝をついた僕の視界が、テレビの砂嵐のようにざらついていた。
「……ハァ、ハァ……」
呼吸をする必要なんてないはずなのに、激しい息切れが止まらない。
指先を見ると、その輪郭が揺らいでいた。
向こう側の床の木目が、透けて見えるほど薄くなっている。
『……くそ、力が入らない』
これが、干渉の代償か。
物理法則を無視して現世に力を及ぼす行為は、僕という「存在のエネルギー」そのものを削り取るらしい。
猛烈な眠気にも似た、意識の消失感が襲ってくる。
「……かえで、なの?」
頭上から、あきほの声が降ってきた。
彼女はまだ、僕がいるはずの空間を凝視している。
その瞳には、恐怖はなかった。
あるのは、縋るような期待だけ。
「そこに、いるの?」
彼女が恐る恐る手を伸ばす。
その細い指先が、僕の希薄になった頬のあたりを通り抜ける。
いつもの「すり抜ける」感覚とは違う。
今の僕には、彼女の体温を感じ取る余裕すらない。
『いるよ。僕はここにいる』
力を振り絞って答える。
けれど、その声は蚊の羽音よりも小さく、彼女には届かない。
それでも、あきほは手を引っ込めなかった。
彼女は目を閉じ、深く息を吸い込む。
僕の残り香を探すように。
「……匂いが、した気がした」
彼女が小さく呟く。
僕の匂いなんて、もう残っていないはずなのに。
部屋に充満しているのは、安っぽい芳香剤と古紙の匂いだけなのに。
「助けてくれたの……?」
彼女はその場にへたり込み、ボロボロと涙をこぼした。
それは昨夜のような絶望の涙ではなく、安堵の涙だった。
『当たり前だろ』
僕は霞む視界の中で、彼女に微笑みかけた。
触れられなくても、声が届かなくても。
君が泣き止むなら、僕の存在が多少削れたって構わない。
そう思えた瞬間、僕の体の輪郭が、ほんの少しだけ濃さを取り戻した気がした。




