第1話 終わりの音、始まりの静寂
初めまして。
本作は「切ないすれ違い」と「無償の愛」をテーマにした恋愛小説です。
第1章は、衝撃的な再会から始まります。
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマ・評価をお願いします!
ピー、という無機質な電子音が、脳の芯に突き刺さる。
それが自分の生命活動の終わりを告げる音だとは、すぐには理解できなかった。
ただ、どこか遠くで誰かが泣き叫んでいる声だけが、水底に沈んでいく泡のように響いていた。
「……かえで! 嘘でしょ、ねえ!」
あきほの声だ。
どうして泣いているんだろう。
今日は記念日だったはずだ。
僕は仕事帰りに、彼女が欲しがっていたネックレスを買って、駅の階段を降りて――。
そこで、胸が焼け付くように熱くなって、膝をついた。
それだけの記憶しかない。
重たい瞼をこじ開けると、視界は白く濁っていた。
酸素マスクのゴムの臭い。
消毒液。
そして、医師たちの緊迫した怒号。
『あきほ……』
彼女の名前を呼ぼうとした。
けれど、喉からは空気が漏れる音しか出ない。
視界の端で、彼女が看護師に羽交い締めにされているのが見えた。
いつも穏やかで、僕のシャツのボタンが取れかかっているだけで笑うような彼女が。
髪を振り乱し、獣のように泣き叫んでいる。
『泣かないで。僕は大丈夫だから』
その涙を拭ってやりたくて、僕は腕を伸ばした。
指先があきほの頬に触れようとした、その瞬間。
ブツリ、と世界の電源が落ちた。
次に感覚が戻ったとき、僕はアスファルトの上に立っていた。
「……ここ、は」
強烈な光と音の奔流に、思わず目を細める。
極彩色のネオンサイン。
大型ビジョンから垂れ流される流行歌。
行き交う人々の話し声が、何重にも重なって鼓膜を叩く。
見慣れた駅前の繁華街だということは分かった。
だが、なぜ病院のベッドから突然こんな場所へ移動したのか、思考が追いつかない。
僕は呆然と歩き出した。
体が妙に軽い。
足裏が地面を蹴る感覚が希薄で、まるで低重力空間にいるようだ。
ふと、強烈な違和感が僕を襲った。
すれ違う人々は皆、厚手のウールコートやダウンジャケットを着込み、マフラーに顔を埋めている。
白い息を吐きながら、寒そうに肩をすくめている。
自分の体を見下ろす。
僕は、半袖のワイシャツにスラックスという軽装だった。
なのに、寒くない。
肌を刺すはずの冷気が、僕の皮膚の上を素通りしていく。
――季節が、違う。
僕が倒れたのは、残暑が厳しい九月の終わりだったはずだ。
なのに、今のこの街は真冬の様相を呈している。
クリスマスソングさえ聞こえてくる気がした。
僕は一体、どれくらい眠っていたんだ?
一ヶ月? 三ヶ月?
それとも……。
不安というよりは、もっと根源的な恐怖が胸を駆け上がってくる。
あきほは?
あきほはどうした?
あの時、あんなに泣いていた彼女は、今どこにいる?
雑踏の中、焦燥感に駆られて視線を走らせる。
どこかに彼女の姿はないか。
僕の帰りを待っているはずの、あの温かい笑顔はないか。
その時だった。
交差点の向こう側、信号待ちをする無機質な人垣の中に、見慣れた後ろ姿を見つけたのは。
初めまして。主人公のかえでです。
気がついたら冬でした。これからどうなるのか、見守っていただけると嬉しいです。




