君は僕がいないと何もできないと言われ続けた
「ソフィー君との婚約は破棄させてもらう、皆にも伝えたくて貴族学校の卒業式に宣言するのを許して欲しい」
このようなことを言うのは私の婚約者である王太子ジャックだ。
私は公爵家の娘である。
みんなの雰囲気はざわついている……
私は何か言わないと思うけど、上手い言葉が出ない……
「君はまともに返事もできないからダメなんだ、だから婚約破棄されるんだ、反省しろ!」
そうなのだ、私はいつもいつもジャック様にダメ出しをされている。
僕がいないと何もできないと。
僕しか君を相手にするような奴はいないと言っていたのに、どうしてここで婚約破棄?
私はショックだったが、何故か異様に冷静である自分も察した……
今まで散々泣いてきたのに……何で?
そうか、やっとダメな私が王太子の婚約者なんて重責から解放される喜びなんだ……
ジャック様のことを愛していないといけないっていう重圧からの解放なんだ……
そう思うと、私はこの婚約破棄はむしろ僥倖なのでは?と気づいてしまった……
私がこうやって考えていて黙っていると……
「ソフィーよ、いつもいつも君は駄目だから今日は荒治療をした!みんなすまなかった!本当は婚約破棄をする気は無いんだ。だがソフィーがしっかりして欲しくて、私はあえてのショック療法をしたんだ、お騒がせして申し訳ない!」
何だそういうことかと他の貴族達はホッとしたような雰囲気だ……
だけどね、申し訳ないけど、お父様お母様ごめんなさい、私は恥知らずな娘になります。
「いえ、私は駄目な子らしいので、王太子様の婚約者なんて無理です、婚約破棄承ります!」
「え?」
ジャック様も他の貴族達も私の言動に一瞬放心状態な雰囲気になるでは無いか……
「お前は何を言い出すんだ!だからソフィーは駄目な子なんだ!感情で物を考えるな!」
「駄目な子の私なんて捨てて下さいお願いします!」
私はもうジャック様との婚約なんて続けたくないって気持ちに支配された。
だからもう恥も外聞も無い、何としてでも断って見せると思った。
「黙れ!駄目なお前を僕が何度助けてきてやったと思っているのだ。今さらそんなことは許されないぞ、貴族ならば責任を取れ!大人だろうが!」
「いえ、私は駄目な子です、それを言い続けてきたのはジャック様です」
「……なんだすねているのか?分かった分かった、僕が悪かったよ、荒治療で君のためとは言え傷つけたようだ、僕ももっと君のことを気を使ってあげないといけなかったよ」
……そうなのだ、たまに私が爆発するとこうやってなだめてくるから、私は今まで何度も私が悪いと思って来た。
でももう無理、みんなの前であんなことを言われて、私の心はもう折れてしまったのだから……
「私は治療不可能な駄目な子なので婚約破棄をします」
私の宣言に、他の貴族達も困惑している……
「何だその態度は、君の父親である公爵や母親である公爵夫人がそれで納得すると思っているのか?」
いつもよりも頑固な私に対して、ジャック様は荒っぽい言い方をするようになった……
そうだ、今思えば自分が思い通りにならない時に、こうやって脅してくるのがジャック様の手口で、私はそれを恐れて抵抗をやめていたんだった……
「お父様とお母様に勘当されても婚約破棄を承ります」
私はジャック様と婚約するくらいなら、修道院にでも行く方がマシ、そのように今まさに思ったのである。
「馬鹿なことを言うな!公爵令嬢じゃなかったら今みたいな生活はできないんだぞ!分かっているのか?」
「私は駄目な子なので公爵令嬢に相応しくないんです……」
私の断固とした駄目な子発言に、ジャック様も少し困惑しているようだ……
「こ……この王太子である僕が君を許すと言っているのだ、もう意固地を張ることは無いだろう、駄目な子でも愛する私に感謝せよ!」
「……いいえ、駄目な私ではジャック様に愛される資格などありませんから、婚約破棄承ります」
……私も自分で言ってることがおかしいと思うのだけど、ジャック様から逃れるためには何だって言うつもりだ……
「お前は僕がこんなにも譲歩しているのに、まだそんなことを言うのか!」
ジャック様がいつになくみんなの前で激怒したことで、みんなも普段と違うジャック様の様子に困惑している。
そうなのだ、ジャック様は人前では非常に爽やかな王太子を演出している。
というか今気づきました、ジャック様はそうやって取り繕う名人なのでは?
今までだって私のことを散々駄目だ駄目だと言っておきながら、私が泣いたりするとなだめて取り繕って来た……
……私はそう思うと初めてジャック様、いやジャックの野郎に怒りが湧いてきた。
王太子様を呼び捨てなど不敬ですが、私は貴族、いやこの国の人間として王太子様という存在に敬意は示すべきだと思いますが、ジャックという中身は違う、あいつに敬意など無いことに今気づいたのであった……
「駄目な私だから、譲歩も分からないんじゃないんですか?」
今までと違い明らかに悪意がある言い方である。
他の貴族達は気づいていないが、ジャックは気づいたようだ……
「何だその態度は!私は王太子だぞ!不敬であるぞ!」
……ああそうくるんですか、じゃあこうしますよ
「王太子様なら駄目な女と結婚なんて問題でしょう?」
王太子を全面に出すのならば、駄目な女と婚約継続するほうが問題だと言い続けてやるつもりだ!
お前なんかと誰が婚約継続するか!
「……駄目だろうが政略結婚だ!私は我慢してやったのだ!」
「そうですか、じゃあもう我慢しなくていいのですよ良かったですね」
私の物言いが流石に悪意があることに、他の貴族も気づいたのか、ざわついている……
「これは王命だぞ!政略結婚を破棄するなんてお前は貴族の責任感が無い子供だ!だから駄目なんだ!」
「……陛下も駄目な女が将来の王妃になるのを嫌がるのでは無いんですか?私が駄目ならむしろ駄目さを露呈してくれたほうが将来の国のためですよ。無能に王妃は務まらないのだから!」
私は陛下が何をお考えになっているかは分からない、でも単純に考えて、私が駄目な女であればあるほど、王妃になんぞなられたら困るのは間違いない。貴族の責任感や大人なんてそれを思えばどうでもいいでは無いか。
「なぜそんなにいじけるんだ!」
「駄目だと散々言い続けてきたのは王太子様ですよ、だから王太子様の仰ることなら正しいのでしょう!」
私は論理的に詰んだと思った。
何故なら、王太子様だから偉いって理屈で散々威張ってきたジャックだ。
そのジャックが散々私のことを駄目だ駄目だと言い続けてきたのだから、私が駄目だと思うのは当然だってことになる。駄目じゃないとか言い出すことはプライドの高いジャックのことだからありえないだろうから。
「そんな駄目なお前をずっと我慢して支えてきた私への感謝は無いのか!」
「おやおや、感情は駄目だと言ったのは王太子様ですよ、ならば駄目な女である私なんて合理的に切り捨てて下さい、不要じゃないですか」
そう来るとは思わなかったけど、私は怒りの余り今妙に冴えている。
ジャックという重しがなくなれば、こうも自分は物事が考えられるんだと驚いてすらいるのだ!
「みんな聞いたか?こんな無礼な女許されないでは無いか!」
なるほど、他の貴族の空気を操作しようとしているのですね?
「じゃあ無礼で駄目な女など婚約破棄をすべきですよ」
私の宣言に、何か妙に同意する雰囲気だ。
無礼な私が同意されるという妙な空気になっているのである……
「だが婚約破棄はしない!」
「何故ですか?」
「僕はお前を愛しているからだ!だからこそ駄目でも許し続けてきたのだ!」
何が愛しているだ、こうやって私をおもちゃにしたいだけに過ぎない。
もう見抜いている、万が一仮に愛だとしてもこいつはクソ野郎だ、愛があろうがなかろうがどうでもいい!
これに私は気づいてしまった!
「愛で国は動きません!そんな私情は捨て、王太子様として国のために駄目な女は切り捨てて下さい!」
ふん、散々子供扱いしておいて、お前こそ子供の発言じゃないか。
私のほうが大人なことを言ってやったぞざまぁみろ。
散々私のことを駄目だ駄目だと言い続けた以上、お前の自滅なんだよ!
「王たるもの非情だけでは国は動かせぬ、私は情を持ち合わせている男なのだ!」
「そうですか、じゃあ情があるのでしたら、私は婚約破棄したいので、どうかそれをお認め下さい!」
私は奴が情を持っているかどうかなどどうでもいい、仮にあったとしても奴の情など身勝手なものに過ぎない。
だがこれでもう何も言えないはずだ。ざまぁみろ!
何か貴族達の雰囲気も私がかわいそうなのでは?って雰囲気になってきている……
「黙れ!絶対に認めないぞ!お前は僕のものだ!」
駄々っ子か!私はお前のものなんかではない。王家に仕える貴族のつもりはあったが、お前のものになった気は一切無い!
「私はこの国に使える一貴族ではありますが、貴方のものではない!強いていうなら国家のものです!」
「黙れ!僕こそ国家なのだ!」
結局どれほど取り繕っても、この人は結局自分がやりたい放題をしたいだけ……
「僕が国家であることは誰も反論できまい、お前は所詮は貴族なのだからな!だから僕との婚約は継続だ!」
……こうなったらこの男を刺して私も死ぬしか無い……
こんな奴の言いなりになるくらいなら死んだほうがマシ……
私はそう覚悟をしようとしたところ、思わぬ方が発言をした!
「ジャック」
奴を呼び捨てにするお声の主は、先代陛下の妻である王太后様……ジャックの祖母である。
今日の貴族学校の卒業式の来賓にいらしていたのですが、普段は何かおっしゃることはほとんどない。
引退されている方ですからね……
しかし王太后様が発言をしたということで、私も含めて貴族全員がみな驚きと、畏敬すら感じている……
何故なら王太后様が現役の頃は今よりも国の情勢が厳しく、亡き先代国王を支えたのはこの方であると誰もが知っているからだ……
「いつからこの国は貴方のものになったので?」
「僕のものでしょう?だって僕は次の国王なのだから!」
「いいえ違います、国王であってもこの国は国王のものではない!」
「まさか皆のものとでもいうのですか?」
「違います、王がどれほど権力があったとしてもそれは仮のものに過ぎない、王は負けたら王でなくなるうえに死ぬのですよ?」
王太后様の異様な迫力に私も含めてみな唾を飲み込む……
そうなのだ、王太后様の時代には今よりもはるかに脆弱な王家だったらしいから、王太后様の主張には私達には想像もできない迫力があるのだ……
それを先代陛下の頑張りにより、今の礎が作られたのだから……
それを支えた人間の重みは違うのかと私でも思うのであった……
「それがどうしたというのです!」
「ずっと見てきましたが、貴方では勝てない、だから王に相応しくない」
「何故ですか?私は上手くやってるではないですか!私こそ王太子に相応しいと何度言われたことか!」
「……貴方が周りを取り繕って誤魔化しているように、周りの貴族達も貴方が王太子だからおべっかを使っているとどうして分からない。まさか自分だけが頭がいいと思っているのですか?」
「僕は王太子なんだから敬われて当然でしょう!」
「そうね、王太子という肩書にみな従っているだけよ。それを自分の力と勘違いした貴方では勝てない。だから王太子を辞退なさい!」
「いくらお婆様であっても引退したのだから無礼ですよ!」
「……そうね私も口を出したくはなかった、でも貴方の振る舞いは限度がある、これでは亡き夫の元に私は安心していけないわ!」
……なんてことでしょう、王太后様がここまで言うってことは、きっと何かがあります……
「お婆様は引退した身です、僕は絶対に王太子をやめたりしませんからね!」
「……仕方ないですね、では陛下に私から進言をします!」
「引退した身ででしゃばらないで下さい!」
「……そうかしら?私が言えば陛下はきっと耳を傾ける……私の力をお忘れになったので?」
……王太后様の迫力の前に、普段は何を言われても言い逃れるジャックも明らかにビビっている……
そしてその通りだった……
陛下は自分の母である王太后様の意見を聞き、ジャック廃嫡となった……
そしてもちろん当然婚約破棄にも……
ようは王太后様からすると取り繕うだけの馬鹿に王は務まらないということらしい……
しかしそれだけで終わらなかった……
「おいソフィー!僕は今までお前を散々助けてやったんだ!僕が王太子になれるようにお前がみんなに謝罪すべきだ!」
公爵家に現れてこんなことを言っているのはジャック。でもね……
「誰ですか!貴方の身分は伯爵でしょう!公爵家に向かって無礼ですよ!」
やつは王太子をはく奪されて適当に伯爵家のものになったのだ。もはや私の家に文句を言える身分では無い。
「何だと!お前と言う奴は恩知らずめ!」
「黙りなさい!身分を弁えるのです!」
こうして散々身分でやりたい放題していた男は実は嫌われていたらしく、
最早誰からも相手にされないのであった……
王太子=ジャックと言うわけでは無いのですよ……
それに気づかなかった私も間抜けでしたけどね……ずっと……
遅くても分かって良かった……