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一時保護  作者: 夜叉
7/7

足の伸ばせる風呂

車が公道を外れて私有地らしき道へと入っていく。

広大な敷地の中に、いくつかの施設が点在している。

その中央に「それ」はあった。

「裕久君、着いたよ。」

「はい」

斎藤さんが先に車を降り、ドアを開けてくれる。

「ここが『あおぞらプラット』っていう一時保護所だよ。」

「『あおぞらプラット』……。」

僕は建物を見回しながら、斎藤さんと玄関口へと向かう。

目の前に着いたら、斎藤さんがインターホンを押した。

ピーンポーン

しばしの沈黙の中応答が飛んでくる。

「はいー。」

女性の声だ

「あっ、子ども家庭センターの斎藤ですー」

「はーい」

返事とともにドアが開く。

自動ドアだった。

中に入ると目の前にもう一枚のドアがあり、ドアとドアに挟まれた狭い空間が現れた。

斎藤さんは慣れた手つきで下駄箱からスリッパを取り、靴を履き替えている。

僕がぼーと立っていると、奥の扉が開いた。

「こんにちは、初めまして。『あおぞらプラット』へようこそ。」

さっきの声の人だろうか。

「初めまして……」

「今から館内で使うスリッパを選ぶから、靴のサイズを教えてくれるかな?」

「二十八センチです」

「おっきいね!はーい。ここらへんかな」

独り言を言いながらサンダルがいっぱいに入ったかごを物色している。

「これで合うかな?」

僕は目の前に置かれたサンダルに足を入れる。

「これで大丈夫です。」

咄嗟に答えてしまったが、正直言って大きい。しかし履けないことでもないのでこれでいいかと妥協する。全くもって正直なことを押し殺してしまう自分が憎い。

「じゃあ中入るねー」

ドアが開くとそこには膨大な空間が広がっていた。

天井は吹き抜けで二階分の高さがあった。入って右手には職員室があり右奥には通路が続いていた。

左手には二つ部屋があり、それぞれ『相談室』と『面接室』と書かれている。

左奥には通路が伸びており、その通路の入り口近くに自分からみて左から右へと続く階段が二階に続く。

斎藤さんが優しい声で僕を案内する。

「じゃあ、こっちだよ」

僕は斎藤さんについていく。

方向からして左手に見える二つの部屋のどちらかだろう。

案内された部屋は二つ並んだ部屋の右側に位置する『相談室』だった。

中に入ると三畳ほどの空間の中に正方形の机といすが置かれていただけの簡素な部屋だった。

驚いたのはこの空間にもエアコンがついたいたことだ。

職員が電気をつけ僕は椅子に案内される。

「じゃあ、少し待っててね。ご飯は食べた?」

職員が僕に尋ねる。

「はい、食べました……。」

「はーい、じゃあまた来るね。」

そういって職員は部屋を後にする。

斎藤さんと二人で待つ形になった。

「今日は待ってばっかりだね。ごめんね。」

「いえ、とんでもないです。僕のためにありがとうございます。」

「裕久君は礼儀正しいねぇ。私も事務室行ってくるね。」

「あっ、はい。」

とうとう部屋に一人になってしまった。

この殺風景な部屋に一人……形式的に鍵はかけられていないけれど、外には出れない。

パニックに陥りそうになる。


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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

十分程待っただろうか。

ノックが鳴り、ドアが横にスライドされる。

「おう!はじめまして!裕久君やな!こんな部屋に一人でなんもなしに待たされたら大変やろ!」

関西弁がかなり強い人だ。まあ、ここは大阪なので関西弁が普通なのだが、それを加味してもかなり大阪節の濃ゆい人だ。僕は東京で生まれ育った父と中国の母の間に生まれたハーフなので、基本的に家で関西弁を喋ることは少ない。見た目は五十代で髪には白髪が混じり始めている。男性によくある、ぷっくらとしたお腹を持っていて眼鏡と医療用の青いマスクをしている。

「いえ、全然待ちますけど……」

「自分、漫画とか読むか!」

この人が喋るとクエスチョンマークにもエクスクラメーションがつきそうな勢いだ。

「漫画は……少しなら読みますけど。」

「なんか持ってきたろうか!なにがええか!」

「なにがあるんでしょう……」

「スラ〇ダンクとかな!あとは名探偵コ〇ンとかやな!コ〇ンとかはこんなん(こなん)やけどとか言うてな!

「………」

「………」

「ごめんな!わしダジャレしか頭回らへんからな!こんな話は置いといて、やな!読みたい漫画あるかいな!」

なんなんだこの人は!キャラが濃すぎるぅ!

「じ、じゃあスラ〇ダンクでお願いします。」

「あい!わかった!ついでにお茶も持って来るからな!もうちょい待っててな!」

「はい。」

この人が出ていくときに首からかけていたネックストラップに目がいった。

中田さん……というのか。

このキャラが濃ゆい人は中田さん。

中田さんがいなくなったこの部屋は嵐が過ぎ去ったあとの静けさをしていた。

さっきの話で言うと自分はアニメはよく見るほうだ。

ただ、アニメの中でも部活動を題材にしたアニメは自分に合わないことが多かった。

ただ、先入観なしに物語に向き合ってみようと思い、ス〇ムダンクを選んだのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

しばらくしてノックが鳴った

「中田さんかな」

ドアが開くとそこには斎藤さんと初対面の職員が立っていた。

「はじめまして、裕久君。職員の西原です。よろしくお願いします。」

「瀬尾裕久です。よろしくお願いします。」

今日だけで何回自己紹介をしたのだろう。

西原さんはとにかく優しい声をしている。

こちらも五十代の男性でちょび髭が生えている。

「今からね、入所の手続きと改めて裕久君についてのお話、聞かせてくれるかな?」

「はい」

「じゃあまず所持品の確認からだね。なにか持ってきたものはあるかな?」

「……自転車のバブルキャップですかね。」

「おお、自転車のタイヤの空気止め!」

西原さんが微笑する。

「なんでそんなもの持ってるの?」

「お母さんが自転車で追いかけてくるのを防ぐためです。」

「……なるほどね。そのほかには何か持ってるかな?」

「あっ、あと名刺持ってます。」

辻さんは離れる際に連絡先を持たせてくれたのだ。

「名刺ね、預からせてもらうね。」

「これで全部です。」

「荷物少ないね。お金とかは持ってない?」

「ないです、家飛び出してきたので……」

「そっかそっか、はーい。そしたら服着替えようか。一応今着てる服もこちらで預からせてもらうことになるからね。」

「あっ、はい。」

「じゃあ衣類庫に行くからついてきてね。」

そういって部屋を出る。

「わたしはここで待ってるね。」

斎藤さんが言う。

「あっ、はいわかりました」

向かう先はどうやら入り口からみて右奥に続いている通路のようだ。

まずこの建物に入るとだだっ広い吹き抜けの空間が広がっている。

なかなかこの規模には慣れないものだ。

通路に入ると一番手前に入浴室と書かれた部屋がある。

そのもう一つ奥にまた入浴室と書かれた部屋がある。きっと女子と男子とで分けているのだろう。

そのさらに奥に目的の部屋はあった。衣類庫と書かれた部屋がある。

中に入ると隅に机と椅子があり、その奥にさらにドアがあった。

西原さんが部屋の電気を点けながら僕に尋ねる。

「服のサイズとかわかるかな。背が高いけど痩せてるからLサイズとかかな。」

「あー、多分Lで大丈夫だと思います。」

「うんうん、よいしょっと」

西原さんが重そうに奥の扉を開く。

扉の先にはプラスチックケースに入れられた服たちがずらりと並んでいた。

「Ⅼ、Ⅼと……。どこだったかな。」

あちこちを開けては閉めと物色する西原さんの後姿をただぼーと眺める。

「ん、あ、これかな。色なにがいいー?」

物色する手を止めず、背中越しに僕に問いかける。

「えーと、なんでもいいですよー」

「じゃあ、黒色にしよっか。よいしょ、はい」

そういって黒色の長袖のTシャツを渡される。

「着替えるのちょっと待ってねー。ズボン、腰回り細いと思うからMとかにしとこうか?」

「はいー」

「あと靴下と下着だね。はい、どうぞ」

「ありがとうございます。」

「じゃ、着替えれたら教えてねー。」

そういって西原さんがドアを閉める。

知らない場所で服を着替えるのは少し違和感だ。

不慣れならがらもトップスを脱ぎ、手渡された黒Tシャツに着替える。

片足立ちになり、靴下を脱ぐ。

ズボンに関してはゴムがかなり緩い。

ドアの外から少し大きめの声で西原さんが問いかける。

「全部着替えれたー?」

「着替えれました」

「開けるでー。」

「はい」

「おお、やっぱり顔がいいから何着ても似合うね」

「あ、ありがとうございます。」

「じゃあ脱いだ服は洗濯かけて保管しとくね、さっき預かった荷物も金庫に入れとくからね。」

「はい、あの、ズボンのゴムが少し緩くて……。」

「あーそかそか。ほんまやねー。ちょっと待ってな。」

「はい」

僕は今日だけで百回は「はい」と言っているだろう。

たくさんの大人たちと出会った。

その大人たちの前で必死に大人っぽく取り繕うにはただはいと言うしかあるまい。

そう思っているとまた、西原さんがまたプラスチックケースを物色し始める。

「ゴムかー、痩せてるからなぁ。あっ、これパジャマか。ごめんね、渡した服パジャマやった。上の服はこのままでもいいけど……いや、でももう六時前だからな……。いっか。もうパジャマで。ゴムが緩くないやつを探せばいいんだな。」

西原さんの独り言。

「はい、これどうぞ。」

「ありがとうございます」


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お腹がすいた。

僕はさきの相談室で一人、暇を持て余していた。

まだ来たばかりの服には慣れず、旅行先で宿泊するような感覚に陥っていた。

そういえば西原さんが部屋を出るときにそろそろご飯持ってくると言っていた。

どんなご飯なのだろうか、暇であるし、お腹もすいてるしで、時の流れが遅すぎて嫌気がさしてくる。

ゴンッ

一つ、ドアが鳴いた。

えっ、なに。

ドアが開くとそこには………………………………中田さんがいた。

「おう!えらい待たせてもうてすまんかったな!これな!お茶とスラ〇ダンクな!」

「あ、ありがとうございます……って分厚ッ!」

「そやろ、そやろ。読み応えあるやろ!ちょっとな上のほうのこどもたちの面倒もみなあかんからそう頻繁には来れへんけど、ま!そろそろお食事来るからな!また来るわな!ほな!」

そう言い残すとまた、部屋は静寂に包まれた。

上のこどもたち……。

こどもたちの居住スペースは二階なのか。


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夕方、五時五十分を過ぎたころ。

なにやら騒がしくなってきた。

騒音は主に『声』だ。

それもこどもの。

耳を澄まして聞いてみれば確かに二階の方から聞こえる。

と思った矢先、ドアが開く音がした。それは部屋のドアではなかった。

子どもの声が大きくなる。

階段をドタドタと降りる音も聞こえてきた。

部屋のドアの一部は縦長のすりガラスになっている。さらにそのすりガラスの下の方はクリアなガラスになっている。

ドタドタが近づいてきたとき、カラフルなサンダルがクリアなガラスを通して僕の前に飛び込んできた。

「ちっちゃい足……」

こども、それも低学年か。

こどもたちの甲高い声が複数ぶつかり合って、言語として聞き取れる音ではないものが聞こえる。

こどもたちは列をなして進んでいっているようだ。

その列は入り口から見て左奥の通路に進んでいった。

「……。あれがここで生活するこどもたち……なのか。」

静かになった……。

中田さん以上の嵐が過ぎ去ったようだ。


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あれからしばらくしてドアが鳴いた。

(西原さんだ。)

心の中で覚えたての名前を唱える。

「ごめんなー、遅くなって。夕食持ってきたで。」

「ありがとうございます。」

机の上にトレーに乗った食事が置かれる。

(なんと健康的な、一汁三菜がきれいに守られた完璧ともいえる食事だった。)

「今日は魚やな。ごめんな、個室対応の子はおかわりできひんねん。申し訳ない。まあ、ゆっくり食べてな。また下げに来るな。」

「はい、ありがとうございます。」

僕は黙々と一人の部屋で食事を貪る。

知らない場所で、顔も知らない人が作った食事を誰の顔も見ずに食べるというのは、

とても異質なものだった。

「とんでもない違和感だ」

もう六時を回っている。

「お風呂とかどうするんだろう。」

ずっと真夏の炎天下の中走っていたせいで服が体にくっついて気持ちが悪い。

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ノックが鳴る

「裕久君ー。えらい待たせてすまんな。」

そう言いながら中田さんが入ってきた。

「お、完食やな。ほなさげるで。ええこっちゃええこっちゃ。そしたらこのままお風呂行こか。」

「は、はい」

そういうと入り口から見て右奥の通路に僕たちは吸い込まれていく。

一番手前に入浴室と書かれた部屋につき、中に入ると四畳ほどの脱衣所があった。

右側には四角いブロックを縦三、横四に積んだような形の簡易ロッカーが並んでいた。

そのロッカーの横に続くように、ドアがあり、雰囲気的にその先が浴室となっているようだった。

「ほな、三十分後ぐらいにまた様子見に来るからゆっくり入っててなー」

「ありがとうございます」

中田さんが踵を返して去っていくのをしっかり確認した後身に着けていた服を一枚ずつ、脱いでいく。

やはり、温泉とは感覚が違う。イメージで言うと人の家でお風呂に入るようなものだ。

生まれた状態に戻った僕は、浴室へと続くドアを開ける。

正面に見えたのは二つのシャワーと鏡。そしてその前に置かれた浴室用の小さな椅子だ。

入って左側に浴槽があったが、驚くほどでかかった。

「二人で入っても、頑張ったら三人でも入れそうなぐらいでかいな。」

ほかの児童たちはお風呂をもう済ませているようで、湯船に垢のようなものが少し浮かんでいた。

でも垢の量をみると一回お湯を変えてくれたようにも感じる。

「あああああああ」

ここはよく響く。

お湯があまり綺麗ではないので体を洗う前に、湯船に浸かることにした。

湯船が一段高くなっているので小さい子が登れるように小さな踏み台が端に置かれている。

おそるおそる片足を湯に浸ける。

水のちゃぷちゃぷとした音でさえ反響して大きく聞こえる。

あったかい。なにより、足を伸ばして湯に浸かれるのはなんという至福だろうか。

僕が足を伸ばしても浴槽はそれを上回る大きさだ。

「はぁ、落ち着く。」


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