子ども家庭センター
(コンコン)
ノック音で目を覚ます。
眠っていたようだ。
「はい」
僕の返事の後、ドアが開いた。
「こんにちは、子ども家庭センターの阿部です。子育て支援センターからお電話もらって来させてもらいました。隣にいるのが斎藤です。」
「こんにちは、裕久君。斎藤です。」
僕は立ち上がり自己紹介をする。
「初めまして。瀬尾裕久です。よろしくお願いします。」
「じゃあ、あとお願いします。」
部屋まで案内してくれた藤井所長がそういってドアを閉める。
全員が着席してから会話が始まる。
「まず、お家で何があったんのか聞かせてもらえるかな?」
阿部さんが口を開く。
「はい、えっと。お母さんに首絞められたり、叩かれたり。閉じ込められたりして、お母さんのことが怖くなって逃げ出してきました。」
僕は伝えられるだけの情報を何とか伝えようと言葉を絞り出した。
だが正直何から話したらいいのかわからないぐらいに、家の状態は壮大で、きっと今僕が二、三十分話したところで阿部さんも斎藤さんも僕の置かれている状況を理解はできないだろう。
でも、少しでもお母さんの狂気を伝えるために頭をフル回転させる。
「うんうん。ありがとう。家族構成はどうなってるか教えてくれるかな?」
そう言いながら二人とも紙にペンを走らす。
「家族構成はお母さんとお姉ちゃんと僕の三人です。お父さんは僕が小学六年生の時に自殺しました。」
そう僕が答えるとペンの走るスピードがより一層早くなる。
「うんうん、お母さんが裕久君に暴力をふるうことに理由ってあると思う?」
阿部さんが問いかける。
基本的には阿部さんが僕に質問をして、斎藤さんはメモを懸命にとっている。
お母さんが僕に暴力をふるう理由か。
「愛」
……。
一瞬沈黙が流れる。
「愛?」
阿部さんが何とも言えない表情で僕に訊く。
「お母さんは僕のことを愛してくれているんです。それはわかってるんです。でもその愛が歪んでいて、僕のことを苦しめるんです。だから、距離をとるために家から出てきたんです。」
僕が話し終えるのを待っていた阿部さんが、頷きながら質問を考えている。
「そっかそっか。……お母さんのどんな愛し方が裕久君を苦しめていたのかな?」
「どんな愛し方……。わかりやすいのかどうかわからないですけど、走って転んだらけがをするからそもそも走らせない。みたいな感じですかね。僕は成長していくけどお母さんは子離れが出来ていないみたいな」
「うーん、なるほどね。」
変わらず阿部さんは僕が話し終わると必ず相槌を打ってくれる。
「ちょっと、わかりにくいですよね。でもほんとなんて説明したらいいかわからないです。束縛っていうんでしょうか。あとはモラハラ?言葉の暴力みたいな感じで。僕のことを毎日罵ってくるんです。」
「言葉の暴力……。どんなことを言われたりする?」
阿部さんが質問をする。
「死ねとか、お前なんて生まなきゃよかったとか、あと僕同性愛者なんですけどお母さんはそれが気持ち悪いらしくて、ストレートに気持ち悪いとかこどもを産めないのに生きてる意味がないとか雑種とか言ってきます。」
「それはしんどいね。ちょっと相談したいことがあるから一瞬席を外していいかな。斎藤さんと一緒に待っててくれる?」
「はい、大丈夫です。」
「ありがとう。」
そういってスマホを操作しながら阿部さんが部屋の外へ行った。